第363話 くっころ男騎士とスオラハティサンド
幸いにも(残念ながら?)、僕はおっぱいで圧死せずに済んだ。スオラハティサンドに挟まれて気絶した僕だったが案外軽傷で、すぐに目覚めることができた。二人からは何度も謝られたが、まあ幸せな感じだったのでセーフである。死なない程度であればまたやってもらいたいくらいだ。
それから、僕たち三人は日が暮れるまでおしゃべりしていた。スオラハティ母娘からすれば、五年ぶりのマトモな会話である。昔のこと、これからのこと……話題は尽きなかった。太陽が没したあと、僕たちは三人で夕食を獲り、そして……
「……」
全身を暖かいモノに包まれた状態で、僕は目覚めた。確認するまでもない。僕は、またもスオラハティサンドイッチの具になっていた。つまり僕は、母娘と同衾して一夜を明かしたわけである。背中側にはソニアが、腹側にはスオラハティ辺境伯……もといカステヘルミが抱き着いている。大柄な二人によって挟まれた僕は、みじろぎすることすら難儀するような状態であった。
「んひぃ……」
昨夜はたらふく酒を飲んだのだが、残念なことに記憶は飛んでいない。すべてを思い出してしまった僕は、一人で赤面した。よりにもよって、実の母娘に対して求婚してしまうとは……恥を知れ恥を! って感じだ。両親にどう説明したらいいのか、さっぱりわからん。
ため息をつきたい心地になったが、全身を包む暖かい感触を堪能していると、『まあいっか』と諦めがついてきた。やっちゃったものはもう仕方ないね。賽は投げられた、というヤツ。今さら後悔してももう遅い。
……やっちゃった、といえばである。別の意味でも、やっちゃった感はある。僕も、スオラハティ母娘も、ほとんどハダカに近い格好だった。そんな状態で密着しているのだから、たいへんに刺激的だ。
いや、言い訳をすると、誓ってユニコーンに蹴飛ばされそうなマネはしていないのだ。流石に初体験が母娘相手とか倒錯的にもほどがあるだろ。ただ、その……感情が高ぶった男女が、密室で酒なんか飲みつつおしゃべりなんかしてたら……ねぇ? ヘンな気分にならないほうがどうかしてるというか、ウン……。なんというか、保健体育の教材にされてしまった、的な。妙な性癖を植え付けられそうなシチュエーションだったのは確かである。
「……」
僕は思わず頭を抱えそうになった。シラフになって考えてみれば、なんということをしてしまったのだ。本番はやってないとか、そんなことが言い訳になるのだろうか? 酒の勢いって怖いよ、ホント。
はぁ……まあ、ここまで来たら引っ込みはつかないよな。腹ぁくくって、責任を取らねば。いやまあ、この世界の常識で考えると、責任を取るべきなのは女性のほうなのだが。
「……あぁ、アル」
そんなことを考えながら一人悶々としていたら、カステヘルミが目を覚ました。彼女はしばらくボンヤリと僕を眺めてから、ぎゅうと娘ごと僕を抱きしめる。
「よかった、夢じゃなかった……」
ひどく湿った声で、カステヘルミはそう呟く。僕は無言で、(かなり難儀しながら)自分の腕を母娘の間から引っ張りぬき、カステヘルミの頭を優しく撫でた。ベッドの中とはいえ目上かつ年上の相手の頭を撫でるなど斬首レベルの無礼な行為だが、どうも彼女は撫でられるのが好きなタチらしい。カリーナちゃんが羨ましかった、というのは本人の談である。
「ねぇ、アル」
「なに?」
「アナタって呼んでいい?」
「……いいよ」
対等の者と話すのと同じ口調で、僕は答えた。これもまた、カステヘルミの要望である。新米城伯が重鎮辺境伯様にため口とか、本当に大丈夫なのかね? 公的な場所でしでかしたら、叱責程度では済まない問題になるのは間違いない。気を付けねば。
「……アナタ」
「なに、カステヘルミ」
「んふ、呼んでみただけ」
照れと喜びが入り混じった顔で、カステヘルミは笑う。その表情は、年齢差などものともしないほど愛らしく感じるものだった。
「……かわいいね、カステヘルミは」
「かわいい? 私が?」
「うん。……あ、ごめん。失礼だね、これは」
「ううん、嬉しい。そういう風に言われたいって、ずっと思ってたのに……誰も言ってくれなかったから。やっぱりアナタは、私の運命の人だったんだなって……」
そう言って、カステヘルミは僕の顔に頬擦りしてきた。……本当にかわいいなあ、この人。これで僕の両親と同年代ってマジ?
「あ……ごめんね。おばさんが、こんなこと。気持ち悪いよね……」
「気持ち悪くなんかない、かわいいよ」
ちょっと不安そうにそんなことを言うカステヘルミに、僕はやさしくキスをした。……ああ、こっ恥ずかしい。歯が浮くようなセリフだね、まったく。少なくとも、カステヘルミの百倍は僕の方が気持ち悪いんじゃないかな………。
「んふ、もう……おばさんをからかって。悪い男」
照れまくった顔でカステヘルミははにかみ、僕の顔や首筋にキスの雨を降らせた。ああ、しんどい。いや、キスは嬉しい。嬉しいが、童貞には刺激が強すぎる。今すぐ叫びながら逃げ出したいくらいの気分だ。こういう甘ったるい空気は、僕のような軍事バカの唐変木には催涙ガスよりもキツいものがある。
「うう……」
その時、背後から謎のうめき声が聞こえてきた。振り返ってみれば、ソニアがまるで口に入れた食べ物が露骨に腐っていた時のような顔をしている。かなり気持ちが悪そうだ。
「だ、大丈夫か? ソニア。二日酔いか?」
「ちがいますぅ……いやちょっと頭も痛いですけど……」
青い顔でそう答えるソニアを見て、カステヘルミは冷や汗をかきながら僕から身を離した。
「あ、す、すまない。ソニア……」
「いえ、いいんです。今までのことを考えれば、これはわたしが自分の力で乗り越えねばならない試練でしょう。どうぞ心のままになさってください、母さん」
試練? ああ、そういうことか。いやまあ、そりゃそうだよな。ソニアはどうも、昔から僕のことを異性として好いていたという話だし。そんな男が、朝から母親とイチャついていたら……いい気分はすまい。僕が彼女の立場だったら、脳が破壊されていたかもしれない。
それでも彼女が耐えたのは、母親に対する負い目からだろう。ソニアはどうも、自分の家出以降の行動をずいぶんと反省したらしい。あれほど嫌悪感を向けていたカステヘルミに対しても、譲歩する一方の姿勢を示していた。母さん呼びも、その一環だろう。
「……わたしはお邪魔でしょう。少し、顔を洗ってきますね」
そういって、ソニアは毛布からもぞもぞと這い出した。そして顔を真っ青にして、「寒い!」と叫んで布団の中にトンボ返りしてくる。……何しろ今は冬で、ソニアは上の肌着一枚というラフすぎる格好だ。そりゃあ寒いに決まってるよ……。
僕とカステヘルミは、思わず顔を見合わせた。ソニアは、明らかに落ち込んでいる。なぐさめてやったほうが良かろう。カステヘルミがコクリと頷くのを見て、僕はソニアの方に身を寄せた。
「カイロになろうか?」
カイロというのは、要するに
「……良いのですか?」
ソニアは不安そうに聞いてきた。昨日はあんなに情熱的に求めて来たのに、突然しおらしくなったものである。あれは酒と性欲のダブルパンチでヘンなテンションになっていたんだろうか……?
「いいもなにも」
少し笑って、僕は肩をすくめた。
「今までだって、冬になったら毎日やっていたことじゃないか。ましてや、僕たちはこれから夫婦になる身。躊躇する理由がわからないね」
「夫婦……」
ちょっと嬉しそうに、ソニアは呟いた。それから僕の方をおずおずとうかがって、顔から喜色を消す。そして、自己嫌悪の滲んだ声で言った。
「で、では、お願いします」
……重傷だなあ。まあこんなことになってしまったのだから、彼女にも思うところがあって当然だ。しかし、僕はソニアやカステヘルミの笑顔を取り戻したくて、こういう選択をしたわけだからな。そのソニアがこうもションボリしていると、なんとも辛いものがある。なんとか元気づけてやりたいものだが……。
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