第362話 くっころ男騎士と告白

 ネェルの手により、僕は修羅場真っ最中の天幕の中へボウリングの球のように投げ込まれた。ゴロゴロと地面を転がった僕は、何かの残骸にぶつかって動きを止める。……なにこのスクラップ? え、もしかして折り畳みテーブル!? もしかして、叩き壊しちゃったの? たしかに天幕の中からは結構な破壊音が一度聞こえてきたが……。


「アル様!?」


「アル!?」


 しかし、スオラハティ母娘の驚愕の声が耳に入り、そんなくだらない思考は即座に停止する。僕は慌てて身を起こしながら、親子の方に目をやった。彼女らは抱き合い、ソニアのほうは号泣している。そして、スオラハティ辺境伯の目にも涙が滲んでいた。

 二人の顔を見た途端、僕は心臓がきゅっと締め付けられるような心地になった。ソニアも、辺境伯も、とても強い女性だ。このような表情を浮かべることなど、まずない人たちである。そんな彼女らを自分のせいで泣かせてしまったのかと思うと、己を殴りつけてやりたいような気分になってくる。


「や、やあどうも。失礼」


 僕はあわてて立ち上がり、こほんと咳払いをした。……ああ、クソ。やるしかないのか? やるしかないよなぁ。二人の泣き顔なんか、見たくないものなぁ……。それにカリーナやネェルの応援を受けてしまった以上、ここでケツをまくったら臆病者のそしりは免れないだろ。覚悟を決める時が来たか……。


「い、いったい、どうしたんだ突然!? しかも、そんな妙な……」


 辺境伯が冷や汗を浮かべながら、僕が入ってきた壁のほうに目をやる。……うんまあ、入口でもないところから突然転がり込んで来たらびっくりするよね。


「ちょっとした手違いです。気にしないでください」


 僕はそういって、彼女らの方に視線を戻した。ソニアと目が合う。彼女はひどく慌てた様子で母の胸の中から離れ、顔をゴシゴシと拭った。泣き顔を見られたのがショックなようだ。


「それより……ええと、その……すこしばかり、二人に言いたいことがあってね。申し訳ないが、お邪魔させてもらうことにした」


 ここまできたら、いくら朴念仁の僕でもやらなければならないことはわかる。スオラハティ母娘双方に対して、愛を告げねばならない。この親子喧嘩を円満な形で解決するには、それしかないのだから。

 ……本当か? もっと誠実で冴えたやり方があるんじゃないか? そう思わずにはいられないのだが、僕の頭は軍事以外の用途に使うとポンコツな答えしか吐き出さない欠陥品である。いくら考えても上手いアイデアは見つからないので、ここまで来たらもはやカリーナとネェルの作戦に従うしかない。

 実際のところ、いまだに僕はソニアを恋愛対象としては見れずにいた。辺境伯も同じだ。家族同然の親友と、そのお母さん。そういう認識だった。けれども、彼女らが身内のとても大切な女性だというのは確かなのである。二人の涙を止めるためならば、僕は何だってできる。そう、結婚だって。

 ……まあ、フィオレンツァ司教もよく「貴族の愛というのは結婚した後に育むものです」などと言っていたしな。何とかなるだろ、たぶん。二人とも、悪い人間ではないというのは確かな訳だし。支え合う努力さえ欠かさなければ、案外上手く行くかもしれん。...


「な、なんでしょう……」


 顔を何度もぬぐいながら、ソニアが答える。拭いても拭いても涙と鼻水があとからあとから湧いてくるらしく、ひどい顔だった。ああ、なんて可哀想な。あの強いソニアが、こんな顔をするなんて。今すぐ抱きしめて慰めの言葉をかけてやりたい。けれども、今の僕にはそんな他人事のような態度は許されない。なぜなら、僕もこの件の当事者の一人なのだから。

 ……ああ、クソ。本当にこれしかないのかなあ、チクショウ。僕には荷が重いぜ。ファックって感じだ。いや、この世界では僕はファックされる側なのだが。あー、もうっ、逃げられねぇよな、くそぅ……母上、父上! 申し訳ありません! アルベールはクソ野郎になります!


「二人とも、結婚してください!!」


 とにかく、直球。直球勝負だ。自分にそう言い聞かせながら、僕は叫んだ。脳裏に浮かぶのは、アデライドの告白である。あれはとんでもなくひどかった。一種の照れ隠し、いわゆるツンデレであるというのは理解できるのだが、それにしても大概である。アレと同じわだちを踏むわけにはいかないだろ。


「はっ!?」


「えっ!?」


 当然のことながら、二人は素っ頓狂な声を上げて困惑している。ま、そりゃそうだよね。突然すぎるもの。……自分の中の用兵家の部分が『奇襲効果は抜群、速やかに追撃に移行すべし』などとうそぶいている。……よろしい、ここまで来たら行けるところまで行くだけだ! いわゆるヤケクソというヤツだな。


「僕は、その……実際のところ、恋とか男女の愛とか、そういうのは、全然よくわからない」


 気合とは裏腹に、僕の口から出てきたのはたどたどしい言葉だった。兵たちに向けた演説なら、いくらでも滑らかに言葉が出て来るのにな。こういう状況に陥ったとたんにこれである。ため息をつきたい気分だが、そうもいかん。増援が期待できない以上、とにかくこの場は僕だけの力で切り抜けねばならない。


「でも、僕にとってソニアや、その……カステヘルミが、とても大切な女性、というのは確かだ」


 辺境伯と言いそうになったが、ここはあえて名前の方を呼ぶ。僕だって少しくらいは空気を読めるのだ。


「だから、僕は……二人とも、泣かせたくない。どっちも笑顔にしたいんだ。どちらか一人でも、泣いているのは耐えられないんだ。自分の腹に大穴が空いて、内臓をブチまけるよりしんどいんだ! だから……二人とも、幸せにしたい!」


 いやさ、本当にそうだよ。こちとら人生二周目、しかも前世はわりと無惨にブチ殺された身の上である。自分の痛みであればいくらでも耐える方法は知っている。だが他人、それもごく親しい相手の痛みについては、我慢がならない。これはもう仕方のない話だ。

 僕はここで言葉を区切り、二人をじっと見た。ソニアはぐっと手を握り締め、こちらを見ている。そして辺境伯……カステヘルミはといえば……もともと半泣きだったのが、号泣に変わっていた。目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちている。親子そろっての大号泣。

 ……だ、大丈夫なのか? これ。言葉選び失敗した? なんもわからん! まあいい、とにかく言いたいことは全部言っちまえ! 恋愛と言う戦場において、僕が使える戦術は突撃一本だ。……これがマジの戦場なら、テンプレみたいな愚将と言われても抗弁できないな……。


「だから、ソニア! カステヘルミ! 僕と結婚してくれ! 頼む!」


 もうちょっと冴えた口説き文句は思いつかなかったのか? 自分の語彙力の貧弱さに呆れつつも、僕はそう叫んだ。ちょっとこれでは、説得力に乏しい気がする。だって、母娘を同時に口説いてるんだぜ? そんな無体を通そうというのならせめてこう、もうちょっとそれっぽい理由付けをだな……。


「……ソニア、ごめん」


 頭の中で自分に対するブーイングを繰り返していると、カステヘルミがボロボロと泣きながらそう言った。えっ、ごめん? やっぱ駄目だったか? いやでも、ソニアに対して言ったのか、これ。だとすると……


「お、お母さん、もう、限界なんだ。ごめん、ほんとうにごめん。諦めるって、決めたはずなのに、私は弱い人間だ……!


 絞り出すような声でそう言ってから、カステヘルミは声を上げて泣きながら僕に抱き着いた。そしてぐしゃぐしゃになった声で「します! 結婚してください!」と大声で叫んだ。ソニアほどではないにしろ、辺境伯もデカい。それが全力で突進してきたものだから、僕は吹っ飛ばされそうになった。だが、なんとか耐える。ここでコケたら恥ずかしいどころじゃないだろ。

 ……とにかく、カステヘルミは了承してくれた! 第一目標達成! 僕は彼女の頭を優しく撫でながら、ソニアの方を見た。彼女は泣きながら、僕と母親を交互に見ている。


「ソニア……!」


「うぐ、ひっく、そんな……そんな顔しないでくださいよ、アル様ぁ……泣かないで……」


 泣かないで!? えっ、僕、泣いてるの!? あわてて自分の頬を触ると、確かに液体が。ワア……部下に見せられない顔してるんじゃないのか、今の僕!? うわ、うわあ……場の空気に飲まれてるのか!? 自分でもわからん!


「うう、ひぐ、うううーっ! わたしがっ! わたしがぁ!」


 ソニアはそう叫び、全力で突進してきた。カステヘルミと抱き合っていた僕に、それを回避する術はない。そして、ソニアは母親よりもさらにデカいのである。僕たちは容赦なく拭き飛ばされ、二人そろってソニアによって地面に押し倒された。


「母さん、アル様ぁ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ……! わたしが、馬鹿な意地をはったばかりに、二人とも泣かせてぇ! わたしは馬鹿だ、極めつけの馬鹿だ! うわあああああーッ!」


 ぎゃあぎゃあと泣きながら、ソニアは僕と母親を力いっぱい抱きしめた。……竜人ドラゴニュート、それも王国最強騎士の全力の抱擁である。僕は内臓が口から飛び出しそうになったが、なんとか耐えつつ泣きじゃくる母娘の頭をとにかく撫でまわした。するとカステヘルミが、泣きながら僕にキスをしてくる。ソニアはそれを止めようとはせず、母と僕の唇が離れるのを待ってから、今度は自分がキスをしてきた。


「うう、うふ、あは」


 それを見て、カステヘルミが涙を流したまま笑い出し、僕らをぎゅうと抱きしめた。


「ソニア、ねぇ……いいの? 本当にいいの? お母さんと一緒で」


「……いい。いいよ。母さんは、わたしよりずっと優しい人だから……きっと、大丈夫」


「ごめんね、ソニア……お母さんの我慢が足りないばかりに、こんなことになって……! 本当にごめんね……」


「ちがうよ、謝らなきゃいけないのはわたしでしょ! ひどい事を言って、勝手に出て行って、みんなに迷惑をかけて……わたしは駄目な娘だ……。ごめん、母さん。ごめんなさい……」


 わあわあと泣き叫びながら、母娘は抱き合っている。どうやら、仲直りは成功したようだ。……が、僕は安堵のため息をつくことすらできなかった。なぜなら、僕は依然としてスオラハティ母娘の間に挟まっていたからだ。

 竜人ドラゴニュートの剛力はすさまじいものがある。その全力の抱擁に巻き込まれるのは、実際ヤバい。デカい乳に挟まれたまま、僕は圧死しかけていた。……おっぱいに挟まれて死ぬのって、ある意味男冥利につきるかもしれないァ……。そんなくだらないことを考えながら、僕は意識を手放した。

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