第224話 ロリババアエルフと元老院の惨劇

 ワシ、リンド・ダライヤは絶望しておった。


「そ、それは本当なのか? "正統"の集落を襲撃したら、リースベン勢……それもブロンダン殿本人まで居て、しかも彼らにまで刃を向けてしまったというのは?」


「事実じゃ」


 頷くカラス伝令兵に、ワシは頭を抱えそうになった。せっかく掴みかけた命綱を、自分から切り落とそうとするとは何事か! 怒鳴りつけそうになる自分を何とか抑えるため、何度も深呼吸する。アツくなってはいかん。とにかく冷静に、冷静に……。

 とりあえず、他の連中の反応を確認すべくワシは周囲を見回した。ここは、ワシらの集落の集会所、名目の上では元老院と呼ばれている施設じゃ。まあ、見た目は他の民家と大差ないが。見栄の為だけに立派な建物を建てられるような余裕は、今のワシらにはないんじゃ……。

 しかし建物は粗末でも、そこに集まっている者たちは長老衆や氏族長といったエルフェニアの重鎮ばかりじゃ。我らエルフェニアは、実質的にはこの元老院による合議制で運営されておる。


「面倒なこつになりもしたな」


「エルフのぼっけもんが戦場で男と遭遇したや、まあ見境なっ襲い掛かっとが普通や。そげん場所におったブロンダンどんも悪か」


「じゃっどん、なんでそげんところにリースベン勢がおったんじゃ。まさか、あん叛徒どもを支援しようとしちょったんじゃなかろうな」


 長老や氏族長たちは、好き勝手に感想を述べておる。焦っている者もいれば、怒っている者もいた。そんな中で、落ち着き払った態度のエルフが一人。長老衆の一人、ヴァンカ・オリシスじゃ。


「で、ブロンダン殿は無事なのか。それが一番肝心だ」


 ヴァンカの言葉遣いは、エルフ訛りがまったくない。ワシのように、古臭くもない。あくまで現代的な、ガレア王国風の言葉じゃ。異色な点は、それだけではない。エルフは通常、いくら遅くとも二十歳の中頃になれば成長や老化が止まるのじゃが……ヤツの外見年齢は、只人ヒュームで言うところの三十歳くらいに見える。

 これは、この女が経産婦だからじゃ。ヴァンカはワシと同年代の、エルフェニアにおける最古老の一人だったのじゃが……十年ほど前、リースベン領から攫われてきた男を保護し、結婚した。二人の仲は睦まじく、いつの間にか言葉遣いまでガレア式に変えておったほどじゃった。


「怪我一つしちょらんそうじゃ。ブロンダンどんな鬼神んごつ戦いぶりで、我らン戦士を退けたとんこっじゃ」


「フン……」


 ヴァンカは腕を組み、不満げに息を吐いた。


「男に負けるとは、なんと情けない連中だ。……まあそんなことはどうでもいい、叛徒どもはどうなった? ちゃんと倒せたのか」


「いや……攻勢は失敗いたしもした。ブロンダンどんらリースベン勢ん助力もあり、損害多数。派遣した部隊ん大半が戦死し、僅か十名ほどが戻って来たにすぎもはん」


「なんたることだ! 戻ってきた連中は厳しく処罰せよ! 戦働きもできんごくイモ潰しどもが……!」


 忌々しげな様子で、ヴァンカは吐き捨てる。ワシは嫌悪感で吐きそうになった。昔は、こんなことを言うような女ではなかったのだ。しかし五年ほど前、"正統"の攻撃によって夫と娘を失ってしまってから、ヴァンカは変わってしもうた。

 そもそも、エルフの伝統では結婚した者はあらゆる公職から引退するのが通例じゃ。夫を失って復讐に狂ったヴァンカはその慣例を破って長老に復職し、過激な意見を振りかざすようになった。今では、危険な思想を持つ連中の指導者のような立場になってしまっておる。


「まてまてまて! そもそも、"正統"の集落に攻撃を仕掛けるなどワシは聞いておらんぞ! 誰が命令を出したのじゃ!」


オイじゃ」


 氏族長の一人が手を上げた。氏族長といっても、ひどく若い(まあ、エルフなので外見上はわかりづらいのじゃが)。それもそのはず、こやつはラナ火山の噴火以降に生まれたエルフじゃった。一昔まえであれば、青二才にせと呼ばれて半人前扱いされる程度の年齢じゃ。

 今のエルフェニアは、こやつのような若造と年寄りしかおらん。ちょうどよい年齢のものは、内戦と飢饉で死に絶えてしもうた。そりゃあ、亡国の危機に陥るというものじゃ……。

 ワシのような年寄りが大きな顔をするのもマズかろうが、若造どもも困った連中しかおらん。なにしろ、ヤツらはエルフェニアがバラバラになっていく姿を見ながら育ってきたわけじゃからな。エルフ道とは死ぬことと見つけたり、というような極めてアブない考え方がしみついておる……。


「リースベン勢と叛徒どもが同盟を組んだやマズか。話し合いがまとまっ前に、ブチ壊しちょこうち思うてな。雑草は芽のうちに摘んでおっこっが肝要じゃ」


「そんなことをしたら、却って逆効果じゃ! 敵の敵は味方ということで、むしろ叛徒どもと盟を結びかねんぞ!!」


 ワシは、腹を抑えながら叫んだ。胃の腑に穴の開きそうな心地じゃ。わが国にはアホしかおらんのか……!?


「それで、何人の戦士を送ったんじゃ」


「カラスどもをいれて、五十名ほどじゃ」


 ウワーッ!? 五十人も送って、十人しか帰ってこんかったのか!? こやつ、今のエルフェニアの人口を知っておるのか!? そんな消耗の多い戦をしていては、あっという間に我らは一人残らず絶滅するぞ!!


「叛徒どもを殲滅しようという、その意気や良し!」


 ヴァルカが落ち着いた声でそう言う。いや良くないわその意気は!! 確かに"正統"は迷惑な連中じゃが、向こうとて戦いたくて戦っておるわけではない。十分な食料さえ供給されれば、自然と交戦の頻度は減るはずじゃ。少なくとも、無理攻めをして強引に殲滅する必要はないと思うんじゃが。

 そもそも、このアホ若造にせ氏族長が、一応は皇帝たるこのワシに秘密で兵を動かせたというのが信じ難い。実のところ、攻撃を主導したのはヴァンカのヤツではないのか……? 今の新エルフェニアで、ワシの裏をかけそうな人間などヤツしかおらぬのじゃが……。


「だが作戦に失敗し、貴重な戦士を大勢失ったのは許しがたい。責任を取って腹を切れ」


「……」


 ヴァンカのその言葉に、若造氏族長は顔色を変えた。しかし奴が反論するより早く、別の氏族長が立ち上がって主張する。


「リースベン勢に対すっ言い訳も必要じゃ。交渉を打ち切られてしめば、困ったことになっど。責任者ん首を差し出せば、向こうも納得してくるっじゃろう。そいで手打ちちゅうこっにすりゃええんじゃなかか」


「おお、そん通りじゃ!」


「切腹せい!」


 他の者共も、口々に同調の言葉を上げる。ワシの胃も悲鳴を上げた。なんでこんなに殺したがり死にたがりなんじゃ。そんなんじゃから絶滅寸前まで追い込まれておるのじゃぞ! こやつら、わかっておるのか!?


「おお、やれちゅうならやってやっど!」


 若造氏族長は顔を真っ赤にして、腰から山刀を引っこ抜いた。そのまま胡坐を組み、山刀の切っ先を己の腹に突き刺す。真っ赤な血が傷口から吹き出し、議場の座卓や地面を汚した。


「介錯しもす!」


 別の若い氏族長が飛び出してきて、切腹した氏族長の首を木剣で叩き斬った。腐ってもエルフの戦士、一刀両断じゃ。若造氏族長の首が地面にゴロリと転がると、周囲から拍手が上がる。


「お見事な最期にごわす!」


「合掌ばい」


 もう嫌じゃこんな野蛮な連中……リースベンに亡命したい……。んおおお、じゃがそういうわけにもいかん……少なからぬ血を流してまで皇帝位を簒奪したんじゃ、最後までその責任を放棄するわけには……。貧乏くじと分かったうえで起こした謀反じゃが、やはり辛いものはツライ。ああ、胃の腑が溶けそうじゃ……。

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