第225話 くっころ男騎士と捕虜尋問(1)

 こうして、波乱まみれた"正統"との交渉は終了した。気苦労の多い交渉であったが、得られたものも多い。リースベン半島全体の正確な地図やエルフェニアの人口・兵数などの軍事的に重要な情報。さらには、エルフ領に石油が埋蔵されているのではいかという疑問も解決した。

 エルフ領……少なくとも、"正統"の勢力圏内で石油が湧いているのはまず間違いない様子である。彼女らが火計の際の燃焼剤として使っている液体火薬を実際に見せてもらったのだが、確かに石油系揮発油の臭いがした。

 少量のサンプルをもらい受けたので、後ほど錬金術師に渡して分析する予定ではあるが……この液体火薬は、どうやらかつて東ローマ帝国などで使用されていた、いわゆるギリシア火薬と同じような代物のようである。


「さて……」


 カルレラ市に帰還し、急いで処理しなくてはならない仕事を可及的速やかに片づけた僕は、領主屋敷の地下へと向かった。そこにあるのは、牢屋である。この屋敷は一応軍事施設なので、捕虜などを収容するための施設も当然存在する。

 とはいえ、今は比較的平和な時期だからな。地下牢に収監されている人間は、僅か一名のみ。"正統"の集落での戦いで手に入れた、"新"側エルフ兵の捕虜だ。


「お気を付けください。相当狂暴な手合いですよ、あいつは」


 僕をここまで案内してくれた看守がそんなことを言う。エルフ捕虜はほんの一時間ほど前、翼竜ワイバーンによって"正統"の集落から移送されてきたばかりだが……どうやら、その作業はなかなか難儀したらしい。まるで猛獣を運んでいるようだったというのは、移送を担当した竜騎士の弁である。


「ウン、ありがとう。何かあったら声をかけるから」


 看守にそう答えてから、僕は視線をエルフ兵に向けた。鉄格子の向こう側にいる彼女は、ふてくされた様子で床に直接座り込んでいる。拘束の類は一切しないようにと事前に命令してあったため、今の彼女は手枷一つ付けていない身軽な格好である。


「やあ、二日ぶりだな」


 鉄格子の前に立った僕は、できるだけ友好的な笑みを心掛けつつそう話しかけた。彼女は、僕が戦場で締め落としたエルフ兵だ。一応、初対面ではない。


「……なんたっ恥や! 男に負けたあげく、虜囚ん辱めをうくっとは!」


 エルフ兵は憎悪の籠った声でそう叫び、鉄格子を叩いた。慌てて看守が剣を抜くが、手でそれを制止する。このエルフ兵には手枷や足枷はつけていないが、魔法の発動を妨害する特殊なブレスレットは装着してもらっている。少々暴れたところで、鉄格子の破壊などは不可能だ。


「こげん恥を受けては、生きてはおれん! オイの剣を返せ、腹を切らせろ!」


 ……つまり、「くっ殺せ!」ということか。まるで敵の手に落ちてしまった美人エルフみたいなセリフだ…………いやまあ、敵の手に落ちてしまった美人エルフなんだけどな、コイツ。

 しかしエルフ、切腹とかするのね。武士かな? 苛烈な戦士の文化というのは、世界が変わってもあまり大差がないということだろうか。なかなか興味深い。


「……僕としても、君の名誉を汚す気はない。切腹したいというのなら、希望はかなえよう」


 なにはともあれ、尋問である。せっかく捕虜を手に入れたのだから、根掘り葉掘り情報を聞きださなきゃな。でも、今の状態では絶対にこっちのいう事なんか聞いてくれないだろう。中途半端な拷問など、間違いなく逆効果だ。なにしろエルフは飢餓状態で延々内戦を続けてきたような連中である。その忍耐力は尋常なものではあるまい。

 そこで僕は、北風と太陽作戦に出ることにした。力づくで情報を聞き出すのが難しいのなら、逆に好感度を稼ぐ方向でやってみようということだ。このやり方、案外効果的なんだよな。


「だがその前に、一杯飲まないか?」


 ニヤリと笑ってから、僕は鉄格子の前にワインボトルをデンと置く。この行動は流石に予想外だったのだろう。エルフ兵は目を丸くして「……は?」と妙な声を上げた。


「酒でオイを釣ろうってんか? そげんこっで、オイん口が軽うなっとでも思うちょるんじゃなかろうな」


 思ってまーす。まあ、もちろん口には出さないけどな。僕はさも心外そうな顔をして、首を左右に振る。


「まさか! 優れた戦士に敬意を表す風習は、エルフにもあるだろう。先日の君たちの戦いぶりには、かなり驚かされたからな。勇猛にして果敢! まさに戦士の鑑だ」


「おっおう……」


 真正面から褒めてやると、エルフ兵は満更でもない様子で赤くなった頬を掻いた。褒められ慣れていない様子だな。ふむふむ、扱いやすそうだ。


「男とは言え、僕も一人の武芸者だ。かくありたいと願う理想像を目の前で見せつけられれば、関心もする。腹を切って死ぬというのなら、その前にぜひ一杯奢らせてくれ」


「そ、そこまで言われて断ったぁ、却って失礼じゃな。よかじゃろう、いただっとすっど」


 よーしよし、効いてる効いてる。まあ、エルフどもはみんな酒好きの様子だからな。目の前で酒瓶なんか見せつけられたら、そりゃあ獄中でだって飲みたくなるさ。僕も呑兵衛だからわかるよ。

 僕は持ってきていた酒杯にワインを注ぎ、料理受け渡し用の小窓から牢屋内へそれを差し出した。エルフ兵は乱暴な手つきでそれを受け取り、一気に飲み干す。流し込むような飲み方だ。コイツはそこそこお高い銘柄なので、そんな勿体ない飲み方はしないでいただきたい。


「ほら、お代わりをどうぞ」


 エルフ兵が無言でカラになった酒杯を返してきたので、再び満杯まで注いで渡してやる。そして自分の酒杯にも同じだけのワインを注いでから、僕は地下牢の床に腰を下ろした。


「せっかく一緒に呑むんだ。名前くらいは教えてくれないか、勇猛な戦士殿」


「……リケ・シュラント」


 エルフ兵はひどくぶっきらぼうな口調でそう答える。しかし、口元は若干緩んでいた。わあお、予想の三倍くらいチョロいぞ、このエルフ。褒め殺しはなかなかに有効なようだな。


「おお、リケ殿か。僕はアルベール・ブロンダンだ。短い間だが、どうかよろしく」


「ん」


 小さく頷いてから、リケ氏は酒杯に口を付ける。それを見て、僕は近くに居た従兵に声をかけた。


「すまないが、つまみを持ってきてくれ」


「はい、ただいま」


 従兵は小走りで地下牢の外へ出ていき、そしてすぐに湯気の上がる木椀が二つ乗ったお盆を手に戻ってくる。それを受け取った僕は、片方をリケ氏に押し付けた。


「……敵から施しを受くっほど、おいは落ちぶれてしまおらんぞ」


 が、リケ氏は不機嫌そうな様子で木椀を押し返してくる。こいつ、丸一日以上何も食ってないはずなんだけどな。こういう気位の高さと忍耐力があるから、エルフは強いんだ。皮肉ではなく本気で感心するよ、まったく。


「いいや、リケ殿。これは施しではない。ともに酒を飲む相手にさかなも出さないような真似をすれば、僕が不心得者だとそしられてしまう。僕の名誉のためにも、どうか受け取ってほしい」


「し、仕方がなか。特別だぞ」


 ムッスリとした顔で、リケ氏は木椀を受け取った。そしてその香りを嗅ぎ、腹を鳴らす。エルフ特有の白い頬が、一瞬で真っ赤に染まった。彼女は自棄を起こした様子で、木椀に盛られた軍隊シチューをガツガツと食べ始める。

 

「……」


 計画通り。僕は無言で満面の笑みを浮かべた。これは、一種の実験だった。具体的に言えば、食事の心配をしなくてよくなったエルフが、どれくらい大人しくなるのかを調べているのだ。

 エルフどもはやたらと野蛮だが、これには慢性的な食糧不足が原因なのではないかと僕は考えていた 。空腹が続けば精神が荒れるし、糖分が不足すれば思考力まで鈍ってくるからな。逆に言えば、十分に食料を提供してやればエルフの狂暴性を抑え込むことができるのではないだろうか。

 これはまだ僕の想像にすぎないが、この仮説が実証されればエルフたちとの共存に活路が見えてくる。試してみる価値はあるはずだ。リケ氏には、その実験のサンプルになってもらおう。


「お代わりはいくらでもあるぞ、さあどんどん食べてくれ」

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