第223話 くっころ男騎士と別れ

 翌日、朝。僕は翼竜ワイバーン隊に、出立の準備をさせていた。滞在は今日までの予定だ。なにしろ、リースベンには僕のやるべき仕事が積みあがっている。あまり長く執務から離れていると、そいつらが大渋滞を起こして僕の睡眠時間が消し飛んでしまうからな。


「もう帰っとか、アルベールどん。あと一日くれはおりゃよかとに」


「次来っときは、あん剣技にちて教えてほしか。あや良かもんにごわす」


 帰り支度をしていると。"正統"のエルフたちが集まってきて口々にそんなことを言ってくる。思った以上の歓迎っぷりに、僕としても少々驚いていた。おそらく、防衛戦で積極的に戦っていたのが良かったのだろう。一度くつわを並べて戦ったからには戦友である、という理屈らしい。

 こういう戦士らしい、竹を割ったような考え方は僕としても実に好ましい。敵としては厄介極まりないエルフどもだが、一たび懐に入ってしまえばそこまで悪い連中でもないようだ。

 まあ、必要に迫られれば彼女たちとも敵対しなければならないというのが、軍人の辛い所だがね。すでに心情としては"正統"に肩入れしたい気分にはなっているが、僕が最優先に考えるべきなのは己の部下と領民たちだ。そちらをないがしろにしてまで、"正統"に協力することはできない。


「次来るときは、酒もたっぷり持ってくるよ。その時は、ぜひ君たちの武勇伝を聞かせてくれ」


 僕は別れを惜しむエルフたち(時々カラスやスズメの鳥人も混ざっていた)一人一人に握手をし、別れを惜しむ。こういう細かい積み重ねが、あとあと役に立ってくるんだよ。彼女らには、出来るだけ我がリースベン領に対して好意的になってもらいたいからな。


「うへへへ」


 一人のエルフがハグを求めてきたので応じてやると、彼女はそんな奇妙な笑い声を漏らした。まあ、喜んでくれたようで何よりだが……抱き合ってみると、エルフの痩せっぷりがわかるな。本当に、骨と皮ばかりの身体だ。こんな状態で、よく戦えるもんだよ。


「ああ、ずり! オイもやってくれ」


オイも!」


 それを見ていたエルフたちが、ワラワラと集まってきた。ワオ、モテモテだぜ。もちろん、悪い気はしない。エルフってばみんなとんでもない美人だしな。この世界は全体的に顔面偏差値は高めだが、その中でもエルフたちは頭一つ以上抜けている。


「コラ、おはんら。あまりアルベールどんを困らせっな。出発が遅うなったや、今日中に領に帰りつけんくなってしまうど」


 ところが、ボーナスタイムは長くは続かない。オルファン氏がやってきて、エルフどもを追い払ってしまう。非常に残念だ。もっともそれは他の連中も同じことのようで、一人のエルフ兵が言い返す。


「そいが狙いど、オルファン様。でくればもう一泊くれしていってもらおごたっじゃっでね」


 エルフたちが爆笑し、オルファン氏が肩をすくめる。僕とソニアは顔を見合わせ、苦笑しあった。敵対さえしなければ、エルフどもはなかなかに愉快な連中である。


「みんな、悪いが後は任せたぞ。苦労をかけるが、そのぶんは報酬で埋め合わせをするから頑張ってくれ」


 僕は、近くに居た護衛の騎士たちにそう声をかけた。翼竜ワイバーンは三騎しかおらず、しかもそのうちの一騎には航法担当の星導士様が搭乗する必要がある。一回の飛行で輸送可能な人間は、僅か二名のみということだ。

 そう言う訳で、最初にカルレラ市に帰るのは僕とソニアだけで、他の連中は次回以降の便ということになるし、さらに言えば一名は連絡員としてしばらく"正統"の連中に同行させることになっていた。少々申し訳ない気分にはなるが、こればっかりは仕方がない。


「ええ、大丈夫ですよ。この村は、結構居心地がいいですから」


 ニヤリと笑って、騎士の一人がそう答えた。まあ、確かに居心地は悪くない。粗末な竪穴式住居とはいっても、流石に露営よりは百倍マシだしな。ただ、メシがなあ……イモやムシはいいとして、雑草はなあ……流石にキツいよなあ。しかも、普段は一日一食しか出ないらしいし……。

 あと、地味にラナ火山が厄介だ。あの山、夜中でもお構いないなしに爆発を起こしまくるんだよ。せいぜい火山灰をまき散らす程度の小爆発だが、なにしろうるさいので睡眠妨害も甚だしい。桜島だってもうちょっと大人しいぞ。

 正直、こんな不安定な山の近くに集落を構えるなど、危険極まりない行為である。じゃあなぜ"正統"がこんなところに住居を構えているのかと言えば、"新"の連中が攻撃を仕掛けにくい場所を選んだ結果らしい。うーん、世知辛い。


「アルベールどん、こっちん連絡員ん準備もできたげな」


 そこへ、エルフ兵の一人がやってきてそう報告した。彼女の後ろには、旅装を整えたカラス鳥人とスズメ鳥人がそれぞれ一名ずついる。彼女らが、"正統"側の連絡員だ。ある程度の意思疎通のためにも、やはり連絡員の交換は必須である。

 連絡員が鳥人なのは、彼女らが自分の翼でリースベンまで飛んでいけるからだ。いちいち翼竜ワイバーンで運んでいたら、騎手も竜も疲れ果ててしまう。


「よろしゅうたのみあげもす、アルベール殿」


「よろしゅうー」


 カラス鳥人が一礼すると、スズメ鳥人もそれに続く。スズメ鳥人は子供のような見た目で非常に可愛らしいが、なんだか妙に緩い喋り方だった。……うーん、そんなところもキュートだ。小鳥のスズメを、そのまんま擬人化しましたといった様子である。カルレラ市に帰ったら、たっぷり飯を食わせてやろう。


「ああ、よろしく」


 とりあえず二人と握手を握手(もっとも、相手は鳥人なので握るのは足だが)を交わしてから、僕はオルファン氏に向き直る。


「それでは、そろそろ出立させてもらおう。オルファン殿、世話になったな。ありがとう」


「ああ、大したことじゃなか。……アルベールどん、例んこつは頼んだど」


 例のことというのは、"正統"の移住計画だ。オルファン氏としては、かなりこの計画を推している様子である。まあ、彼女はさっさと戦争を終わらせたいというのが本音だろうから、"新"からの攻撃を受けづらい場所を新天地に選びたいんだろうな。

 

「ああ、前向きに検討しよう。だが、すぐに結論を出すのは難しい。少しの間、待っていてくれ」


 とはいえ、こっちも"新"の連中はあまり刺激したくないしなあ。この計画をそのまま実行するのは、やや難しいかもしれない。それに、"新"の連中には昨日の襲撃事件についても責任を取らせにゃならんからな。あまり多くの要求を同時に投げつけると、相手方が暴発するリスクが高まる。難しい所だ。


「ああ、それから……例の捕虜についてだが。予定では次の翼竜ワイバーン便で回収していくから、申し訳ないがそれまではそちらで管理しておいてほしい」


「ウム、しっかりと見張っちょく」


 オルファン氏はコクリと頷いた。例の捕虜というのは、昨日の戦闘で僕が締め落としたエルフ兵だ。"正統"には捕虜にメシをやるほどの余裕がなく、このままでは処刑されてしまう。そこで、僕たちが代わりに面倒を見ることにしたのだ。

 これは別に、人道的な見地からの提案ではない。単純に、一般的なエルフ兵のサンプルが欲しかったからである。性格や文化、対応法など、エルフについて知りたいことはいくらでもある。せっかく捕虜を手に入れたのだから、その調査実験の検体になってもらおうということになったのだ。

 まあ、実験と言っても非道なものではない。僕が知りたいのは、エルフがどれだけガレア的な生活様式に適応できるかという部分だからな。可能な限り、彼女には健康で文化的な生活を送ってもらうつもりでいる。


「助かるよ」


 僕がそう言うと、オルファン氏はコクリと頷いてから腰のベルトに差した木剣を鞘ごと引っこ抜いた。そしてそれを、僕に手渡してくる。


「恵んでもろうてばっかいでは、気分が悪か。大したもんじゃなかが、持って行ってくれ」


 大したものじゃないといいつつ、その刀身の腹には木の葉をモチーフにした見事な装飾が彫り込まれ、鍔にはヒスイらしき宝玉まではめ込まれている。刃の部分に装着された黒曜石も、透明度の高い美しいものだ。決して実用一辺倒の代物ではない。たぶん、ラナ火山が噴火する前の、エルフ社会に余裕があったころに作られたものだろうな。


「……有難くいただこう。深い感謝を」


 あからさまに貴重な品物を渡され申し訳ない気分になったが、ここは受け取りを拒否する方が失礼だろう。せめて、この剣に恥じぬよう可能な限りの支援は続けるべきだな。

 最大限の敬意を示すために片膝をついてから木剣を受け取り、オルファン氏の手の甲に口づけした。これ、本来は男女逆でやるべき作法なんだけどな。まあ、いいだろ。僕だって正式な騎士なわけだし。


「……」


「それでは、また会おう!」


 無言で赤面するオルファン氏をしり目に、僕はエルフたちに手を振ってから竜騎兵たちの元へ向かった。さあて、帰還だ。カルレラ市じゃ、面倒ごとが列をなして待っているぞ……。ううーん、帰りたくねえ。

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