第22話 くっころ男騎士と蛮族皇女(2)
さすがに僕は困惑した。まさか初回の会談で「自分はどうなってもいいから、エルフ族を救ってくれ」などと言われるとは思ってもみなかったからだ。外交上、これは白旗を揚げたに等しい行為である。最終的に援助は必要だとしても、最後までやせ我慢をしてくるのではないかと思っていたのだが……。
何はともあれ、土下座などされていてはまともに会話にならない。僕は何とかオルファン氏を起き上がらせ、彼女の酒杯に水を注いだ。アルコールのせいで彼女が冷静さを失っているのではないかと一瞬疑ったが、オルファン氏の顔色はまったくかわっていない。
「オルファン殿、年下の僕がこのようなことを言うのも失礼な話だが、他国の使節にそのような真似はしないほうが良い。弱みに付け込まれ、貴方の守るべきものたちが奴隷のような立場に堕とされてしまう恐れがある」
「わかっちょっ。わかっちょっが、どうせこんままではじきに
「……」
どうしたもんかね。僕は思案しながら、水割りウィスキーを喉奥へ流し込んだ。実際問題、僕としても彼女らエルフがいつまでも内乱祭りじゃ困るんだ。争っている勢力のひとつが全面的に協力してくれるなら、彼女らの内戦に介入して停戦の手伝いをするというのもアリかもしれない。
「ひとつ聞きたい。今のこの地に、エルフの勢力はいくつあるんだ? "新"と"正統"の他に、武装勢力はあるのか?」
"ネオ・エルフェニア"だの"エルフェニア・マーズ"だの、怪しげな勢力が乱立しているようであれば、この地に平和をもたらすのは尋常なことではない。さすがにそんな状況の土地に介入するのは勘弁願いたいだろ。
「十年、二十年前はそげん連中もおった。じゃが、今ではほぼ残っちょらん。畑やカラスどもを維持でけんごつなって滅ぶか、当時すでに最大勢力やった僭称軍に吸収さるっかしてしもたど」
「ほう……」
雑多な勢力が居ないのはかなりの朗報だな。まあ、そんな連中を吸収しちゃった"新"の連中は一枚岩からは程遠い状態になっているだろうが……。今日この村が襲撃されたのも、"新"の中の一部勢力が暴発した可能性は十分にあるな。
「もう一つ聞きたい。君たち"正統"の人口は? はっきり言うが、僕らだって食料が余っているわけでも裕福なわけでもない。出せる食料には限度があるんだ」
「そんた戦えん連中も含めて、ちゅうこっじゃな? で、あれば……合わせて五百人くれだ」
戦闘員が四百人の勢力で、総人口が五百人? やっぱ滅茶苦茶だぞ、エルフ。いくら半士半農とはいっても、戦闘員比率が高すぎる。そら食料危機も起きるわ……。
だが、だからこそ思っていたよりもだいぶ総人口は少なかった。つまり、食糧支援を行う場合、送るべき食料の量が少なくて済むということだ。合計五百人程度なら、まあ輸送の問題さえ解決してしまえばなんとかなる。
……その輸送の問題が一番のネックだがな! 彼女らに物資を届けるには、新エルフェニアの勢力圏の真っただ中を通過する必要がある。そして、使える交通手段は河川のみ。河川交通は大量の物資を運搬できるが、その代わり襲撃を受ければ逃げることすらできない。参っちゃうね。
「非戦闘員が百名しかいないのか……」
僕は思わずつぶやいた。これがすべて
これはあくまで予想だが、戦えなくなったものは姥捨て山めいて切り捨てられているんじゃないだろうか。戦える人間ですら、口減らしが必要になっているわけだしな。ましてや戦えない者の扱いなど……ああ、まったく嫌な話だ。
「五百人ぶんの食料を提供すること自体は、十分に可能だ。ただ、それをここまで持ってくるのは不可能に近い。どう考えても、運んでいる最中に僭称軍に横取りされてしまう」
「じゃろうな……」
オルファン氏は少し唸って、再びリースベン半島の地図を取り出した。そして、半島の付け根あたりを指さす。
「お
「そうそう、正確に言うと、この辺りだな」
僕は地図上の一か所をぽんぽんと指で叩いた。その拍子に、オルファン氏から漂ってくる微かな良い香りに気付いた。香水ではない。おそらく、香木を服に焚きしめているのだろう。やっぱこの人、脳筋蛮族なんかじゃないな。下手したらうちの母上より文化的かもしれん。
「で、あれば……距離が問題じゃちゅうとなら、近ぢてしめば良か。歩っなり飛ぶなりしてな」
えっ、来ちゃうの、カルレラ市に!?
「どうせ、こん村は放棄せねばならんど。僭称軍に場所がバレた以上、じきに討伐軍がやってくっ。正面から敵ん本隊と衝突すりゃ、我らに勝ち目はなか」
「……」
「お
そりゃあそうだけどさあ……ううううーん。この辺石油が湧いてるかもしれないんだよなあ……ラナ火山付近から"正統"が撤退したら、その油田も"新"が回収するわけだろ? ちょいとそれは避けたいな……。
勢力としてデカいぶん、あっちのほうが数段厄介なんだよな。滅亡寸前で焦ってる"正統"と違って、"新"のほうは交渉でこちらから譲歩を引き出そうとする程度にはまだ余裕があるわけだしな。こっちが石油を求めていることがバレたら、どう考えても交渉の材料にされちゃう……。
「聞っところによれば、お
「それは非常に魅力的な話だ。話なんだが……」
確かに状況次第では、"正統"を移民としてリースベンで受け入れるのもアリかもしれない。もちろんどう考えても地元住民とトラブルを起こすだろうから、あまりとりたい選択肢ではないが……。しかし、彼女らが滅んでしまった場合、"新"の対抗組織が僕たちだけになってしまうからな。それは困る。
「ただ、君たちがこの場所から撤退すると、僕たちは少々困ったことになるかもしれない」
「ちゅうと?」
「一つは僭称軍に二正面作戦を強いることができなくなる点。戦力集中ができるようになれば、僭称軍の中の強硬派が勢いを増す可能性がある」
そもそも、"新"の戦力を分断しておくメリットは、オルファン氏が主張してきたことだしな。僕がまっすぐに彼女のヒスイ色の瞳をを見ながらそう言うと、オルファン氏はコクリと頷いた。
「もう一つは……」
そこまで言って、僕は少し躊躇した。石油について、オルファン氏に伝えても大丈夫か迷ったからだ。
「僕は、君たちの勢力圏内に極めて有用な資源が埋まっているのではないかと考えている。それが僭称軍の手に落ちる事態は避けたい」
しかし、結局僕は正直に自分の考えを伝えることにした。彼女が極めて聡明かつ有能な指導者であることは、この短時間の会話でもよく理解することが出来たからな。ここは、腹を割って話すことで信頼関係を醸成するべき盤面だ。
「有用な資源? そげんもんがあっとか、
「いや、まだわからんのだが……石油という資源だ。地面から湧いてくる、黒い油だよ。覚えはないかね?」
「ああ、燃油か!」
オルファン氏はぽんと膝を打った。どうやら、覚えがある様子だ。
「あや臭うて火計にしか使えんような油ど。そげんもんが必要なんか、お
「今の技術では、確かに使いづらい代物だ。しかし、将来的には金銀と同等かそれ以上に重要な存在になると僕は確信している」
実際問題、石油を有効活用するにはかなり高度な技術が必要だ。今のところ、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンを実用化するめどもたっていないしな。しばらくの間は、石油から分離することが出来る化学成分を使っていくつかの薬品を作る程度がせいぜいだろう。
ただ、いずれこの世界にも産業革命が発生するだろう。それは僕が死んだ後の話になるだろうが、将来のためにも油田は手に入れておきたい。
「そげん重要な物なら、結構。
油田焼いたら大惨事になるだろ! というか口ぶりからして複数湧いてるのかよ! どんな資源大国だよ! あちこちから石油が沸いているエルフの森、可燃性が高すぎて怖いよ。そのうち爆発炎上するんじゃねえのか? ……いや、火山のせいですでに爆発炎上した後か。これじゃ森の国どころか火の国だよ。
「いや、その、貰えるのは嬉しいが、現状の戦力では貰っても維持できないというか……それに、エルフも農業以外の産業を自前で起こせるようになっておいたほうが良いだろうし……」
今は困窮してるから、「あんなもの渡して食料がもらえるならぜひ!」みたいな意見も多いだろうが、将来的には「食料不足に付け込んで油田を安く買い叩いた」なんて言われることは確実だしなあ。弱みに付け込んで、向こうから強引に資源を奪い取るような真似はしたくないぞ。こいつら長命種だから、その手の恨みは絶対に忘れないだろうし。
「食糧支援にしろ移住にしろ、今すぐには決められない。どっちも"新"の……僭称軍の領地を通行するわけだしな。できれば、あいつらの出方を確認してから方針は決めたい。
結局、僕は結論を先送りにした。まあ、"新"の連中も交渉次第ではまともな和睦が成立する可能性もあるしな。"正統"ばかり肩入れして、"新"の連中の態度が硬化する事態は避けたいだろ……。
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