第192話 くっころ男騎士と猟師狐

 雑談が終わると、村長は「案内の者を連れてきます」と言って家から出ていった。僕たちはこの後村の外の探索を行う予定だったが、なにしろここは文明の最果てリースベン。村や街道から一歩外に出れば、そこは未開の原生林である。地元の地理に詳しいものの案内なしにうろつくのは、軍人と言えど自殺行為だった。


「……どうも。自警団員の、レナエルです」


 それから十分ほど後。村長が連れてきた自警団員は、ぶっきらぼうな口調でそう名乗った。黒と銀の入り混じった複雑な髪色の、カリーナと同年代と思わしき狐獣人の娘である。彼女は夏だというのに薄汚れた革製の長袖ジャケットを着込み、腰には大ぶりなナタとナイフを差していた。猟師の服装だ。森の案内には、もってこいの人選だろう。


「リースベン城伯のアルベール・ブロンダンだ。今日はよろしく頼む」


 にこりと笑って、握手を求める。レナエルと名乗った娘は一瞬面食らった様子だったが、少し躊躇してからコホンと咳払いする。そして自分の服で何度も手を拭ってから、僕の手を握り返した。


「……その、汚れた手で申し訳ありません」


「何を言う、働き者の良い手じゃないか」


 確かに、レナエルの手はお世辞にも綺麗ではない。爪やシワに草の汁がしみこみ、すっかり黒ずんでいた。こういう汚れは、風呂に入ってしっかりと洗ってもなかなか取れるものではない。しかし、真面目に仕事をしていたら手がボロボロになっていくのは当然のことだ。僕だって、剣ダコでゴツゴツした男とは思えないような手をしている。


「ほう、銃ですか」


 レナエルが背負っているモノを見て、ソニアが感心の声をあげた。銃身の長い、火縄式と思わしき猟銃だ。ガレアにおいては、猟師の武器といえば短弓である。鉄砲を使っている者は、あまり多くはない。


「皆さま、鉄砲をお持ちのようでしたんでね。案内は、銃の扱いに精通した者のほうが良いのではないかと思ったもんで」


 ニコニコ顔の村長が、そう説明する。確かに、僕の腰にはリボルバーの収まったホルスターが吊られているし、ソニアやジルベルトも騎兵銃を持参している。もちろん、護衛の騎士たちも例外ではない。

 ジルベルトの部下などは、これまで銃を一度も撃ったことがないという者も多かった。しかし、リースベン軍人たるもの例外なく射撃に精通するべし、というのが僕の方針である。士官や騎士が相手でも、容赦なく射撃訓練と銃器の携帯を命じていた。


「レナはわが村でも一番の鉄砲の名手でしてな。去年もエルフを一人、その猟銃で仕留めとります」


「ほう」


 この村に競うほどの数の鉄砲の射手が居るのかよというツッコミはさておき、この年齢でもう実戦経験済み、しかも敵を殺したこともあるというのはびっくりだ。正直、なんだか複雑な気分だな。とはいえ、ガレアでは十代中ごろで成人なのである。この辺りの感覚は、現代人とは大きく違う。


「そいつは素敵だ。頼りにしているぞ」


「……」


 レナエルは無言でコクリと頷いた。どことなくアホっぽ……純真なところのあるカリーナとちがい、なかなかにクールな性質タチのようだな。 そんな彼女の様子をほほえましそうに見ていたジルベルトだが、ソニアに肩を叩かれてコホンと咳払いをした。


「聞いていると思うが、我々はエルフどもの動向を追っている」


「ハイ」


「君には村の郊外の案内と、エルフどもがどういう手を使って攻撃を仕掛けてくるのか、そしてそれをどうやって撃退しているのかを教えてもらいたい。出来るね?」


「……お任せを」


 頷くレナエルに、緊張の色はない。なかなか度胸がある娘だな。なにしろこちらは僕やソニア、ジルベルトに加えて護衛の騎士が十名近く居る。しかもその全員が完全武装だ。こんな物騒なことこの上ない集団に同行しなくてはならないのだから、ガチガチに硬くなってもおかしくないだろうに。


「村長がいるうちに聞いておこう。エルフどもは、極めて狡猾で危険な連中だ。そんな強力な敵に対して、この村はどういうやり方で対抗しているんだ?」


 エルフは魔法を使いこなし、頭もよく回る。本業の兵士ではない自警団には、少しばかり手の余る敵だろう。とはいえ、この村は毎年の襲撃シーズンをなんとか凌ぎ、いままで存続している。なにか上手い作戦があるのだろうか?


「ふむ……」


 村長は少し考えこんで、周囲を見回す。そして民家の方を指さした。


「それほど冴えたやり方ではないんですが、この村は民家と民家がやたら密集しとるでしょう?」


「確かに」


 言われてみれば、農民たちの家はまるで建物同士が合体したような見た目になっている。構造としては長屋に近いだろう。土地だけは無駄に余っているリースベンで、あえてこれほど家を密集させるのはなんだか変だ。


「あれはね、城壁代わりですわ。家を盾にして、屋根から弓矢やら投石紐やらで攻撃を仕掛けるわけです。エルフどもは確かに強いですが、数は多くない。十人以上の集団は見たことがありません。だから、矢や石を雨のように浴びせかけてやれば、なんとか撃退くらいはできます」


「ほう」


 なるほど。村の設計そのものが防衛戦を前提に構築されているわけか。流石は辺境、まさに常在戦場である。


「しかし、この村の家は木造ばかりだ。火計を仕掛けられると、不味い事になるのでは? エルフといえば弓と魔法。そのどちらも、家に火を放つにはもってこいの道具だが……」


 そんな疑問を呈したのはジルベルトだ。たしかに、家を防御拠点として使うにはそれがネックになってくる。王都の民家はたいていが石造りやレンガ造りだから、少々の攻撃では小ゆるぎもしないのだが……この村の家は一軒の例外もなく藁ぶき屋根だ。火矢の一本や二本を撃ち込まれるだけで盛大に燃え始めそうに見える。


「それはそうなんですがね。エルフ連中は、なぜか火を使わんのですわ」


「毒矢とか、風の魔法は撃ちまくってくるんですが」


 村長の言葉をレナエルが補足する。ふーむ、エルフは火計を使用してこない、か。


「森林火災を恐れているのかもしれないな。森は奴らの住処すみかだ。派手な火事が起きれば、彼女らも困ったことになるだろう」


「どうでしょうねえ? 見張りのために村の近くにある木は全部切り倒してありますから、村ン中で派手な火事があっても、森まで延焼することはまずないと思うんですが」


 僕の仮説は、村長が否定した。確かに、言われてみれば村の外縁部はすべて広大な畑になっていた。木など一本も残っていない。麦類の収穫が終わった後を狙えば、火計を使っても延焼の危険性はほとんどないだろう。


「そもそも、エルフなんて森の獣と大差ない生き物ですからね、本能的に、炎を嫌ってるんじゃないかと」


「ど、どうかなあ」


 ナチュラル差別発言に、僕は思わず冷や汗が滲んだ。あまり気分の良いものではないが、こればっかりは仕方がないだろう。日常的に殺した殺されたを繰り返している間柄なのだから、自然と恨みつらみも溜まってくる。


「まあ、その辺りはエルフ本人に聞いてみなきゃわからんだろう。考えても無駄だ」


 エルフは炎を使わない。この情報が手に入っただけでもなかなかの収穫だ。僕は咳払いをしてから、村の出入り口の方へと視線を向けた。


「とりあえず、いったん森の方へ行ってみよう。まあ、エルフとばったり出くわすこともないだろうが……痕跡のひとつくらいは見つかるかもしれん」


 そうはいっても、すでにこの辺りはジルベルトの部下の斥候隊が探索し尽くしている。大したものは見つからないだろうなと、僕は内心ため息を吐いた。まあ、僕の本来の目的はあくまで前線の視察だ。探索はついで程度に考えておこう。

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