第191話 くっころ男騎士と村長

 蛮族と一言で言ってもその実態は様々だが、ようするに我々の社会に敵対的な亜人の部族集団のことである。こういった連中は、しばしば村落を襲い男を奪っていく。繁殖を只人ヒュームに全面的に頼った亜人社会の問題点だ。もともとその部族内で抱えている只人ヒュームの母数が少ないと、次第に血が濃くなりすぎてしまうのである。機会を見て、外から新たな血を供給する必要があった。


「毎年、この時期には嫌ッちゅうほど蛮族どもが村の周りをウロチョロするものなんですがね」


 素焼きのコップでがぶがぶとビールを飲みつつ、村長は語った。ビールと言っても、ひどく酒精の薄いものだ。ガレアにはこうした低アルコール飲料を、水代わりに飲む文化がある。


「ガレア本国にも、蛮族どもはおりますがね。リースベンに居るのは、あんな連中とはやはり格が違います」


「まあ、あいつらは野盗に毛が生えた程度の連中だからな」


 僕は、リースベン代官に任じられる直前の任務を思い出しながら答えた。あの時僕が相手にしていたのも、オークの蛮族だった。ああいった手合いは、確かにそこらへんの無法者と大差はない。


「やはり、このあたりの蛮族は手ごわいか」


「そりゃあね」


 遠い目で視線をさ迷わせながら、村長は燕麦ビールを一口飲んだ。


「最近はまだマシですがね、入植したばかりのころは本当にひどかった。滅ぼされた開拓村も、ひとつやふたつじゃあありませんよ。女は皆殺し、男は子供から年寄りまで連れ去っていく……残虐な連中ですよ、連中は」


「なんと無体な……!」


 憤懣ふんまんやるかたない様子で、ジルベルトがテーブルを殴りつけた。ビールの入ったコップがこぼれそうになり、慌てて抑える。それを見たジルベルトは赤面し、「申し訳ありません」と頭を下げた。


「しかし、そんな連中がこの頃はまったく顔を出さない。正直、せいせいしておりますがね。しかし不気味でもある。領主様の武威を恐れておるんでしょうか?」


 その可能性も十分にある。蛮族などと言っても、厳しい環境の中で生き延びてきた人々だ。危機に対する嗅覚は人一倍強いはずである。リースベンの軍備がいきなり増強されたものだから、様子見に徹しているということも考えられる。

 僕はちらりと、隣のソニアを見た。ビール入りのコップを手の中で弄んでいた彼女は、そっと首を左右に振った。油断するべきではない。そう言いたいのだろう。もちろん、僕も同感である。無条件に楽観論を信じてしまう人間は、士官には向いていない。悲観的なくらいがちょうどいいのだ。


「それなら領主冥利に尽きるがね、相手は蛮族……それもエルフなんだろう?」


「ええ、まあ。この辺で蛮族といったら、だいたいエルフですわ。カラスやスズメの鳥人とか、オークもたまに見ますがね。とはいえ、一番数が多くて一番厄介なのは、まちがいなくエルフどもです」


 元地球人としては、エルフとオークには対照的なイメージがあるんだがね。この世界では、どうやら両者は並び称される存在らしい。脳内イメージと現実の乖離かいりぶりに、正直いまだに混乱してしまう時がある。


「長命種はな、厄介だよな」


 聞いた話では、エルフは数百年以上の寿命があるという。経験の長さはそのまま戦闘力に直結するから、並みの竜人ドラゴニュート騎士では一対一でも苦戦する場合が多いという話だ。……そんな連中が男目当てに集落に攻撃を仕掛けてくるのだから、なんとも恐ろしい。


「ええ、連中はとにかく頭が回る。生半可な罠では見破られるし、それどころかこちらを罠に嵌めてくる始末。数名の小さなグループですら、毎年難儀して追い返しておりますよ」


 そこまで言ってから、村長は唐突に声を小さくした。


「実際、三年前にはえらい目にあいましてね。男が四人も連れていかれました」


「それは、また……」


 なんとも痛ましい話だ。僕は思わず顔をしかめた。蛮族だなんだといっても、亜人であることには変わりない。エルフであっても繁殖には只人ヒュームの男が必要だ。攫われた男たちは、エルフどもの集落で繁殖用種馬にされていることだろう。


「居ても居なくても悩みの種になるとは、まったくロクでもない連中ですわ。さてはて、エルフどもはどこへ消えてしまったのやら」


「大規模な攻勢の準備をしている、ということも考えられる」


 村長にしか聞こえないよう、声を小さくして僕は言った。村長は顔をしかめ、大きく息を吐く。


「信じたくはありませんが、あり得る話ですな。対策はどうなっておるのでしょうか」


「むろん、僕の兵たちも張子の虎ではない。現在、急いで各地の防備を固めている状況だ」


 嘘です、張子の虎です。だってさ、うちの兵隊どもは半分以上が兵役未経験の新兵だぞ? 最低でも三か月、できれば半年以上は訓練をしなきゃ、まるで使い物にはならない。だが、領主としてはそんな不安になるような事実を領民たちに伝えられるはずもない。


「とはいえ、何も情報がない状態では動きづらい事この上ない。なんとか、エルフどもの尻尾を掴みたいところだが」


「私らと違って、連中にゃ尻尾は生えておりませんがね」


 竜人ドラゴニュート特有の太く長い尻尾で土間の地面をペシンと叩いてから、村長はニヤリと笑った。……領主相手に平気でこんな冗談を飛ばしてくるあたり、やはり根性が据わっている。開拓村のリーダーを任されているだけのことはあるな。

 実際問題、僕にしても領主という立場にあぐらをかいて強権的にふるまうような真似は、とてもできないのである。リースベンの民たちは、故郷を離れて森しかない僻地を村や農地に変えていった人々だ。それだけの根性があるのだから、気に入らない領主に対して強訴や一揆を仕掛けてくるような真似も平気でしてきそうだな。


「ま、もちろん出来る限りのご協力はいたしますよ。奴らが好き勝手しやがったら、一番迷惑を被るのはこっちですからね。とりあえず、何をすればよいので?」


「とりあえず、村の周辺で異変を感じたらすぐに軍の方へ知らせるように皆へ布告を出してほしい。どんな小さな違和感でも、気にせず通報するように……とね。たとえ取り越し苦労でも、責めを負わせるような真似はしないから」


「ええ、それくらいなら、もちろん」


 蛮族対策のため、リースベンの各農村には即応部隊を配置する小さな駐屯地を作っている。早馬と伝書鳩を併用した緊急通報システムの構築も、すでに終わっている。なにかあれば、すぐにカルレラ市の領主屋敷へ情報が飛んでくるよう手はずは整えていた。


「それから、エルフどもがどんな場所から現れ、どういう風に攻撃を仕掛けてくるのかも知りたい。そういったことに詳しい者を紹介してくれないか」


 むろん、「違和感があったら知らせてくれ」程度の通達であれば文書だけで十分なのである。僕がこの村までやってきたのは、実際の戦場になるであろう場所を自らの目で確認しておくためだった。地形や周辺状況、それに敵の戦法……これらの情報は、やはり現地で自分の足と目と耳を使って確かめるに限る。資料や部下の報告だけに頼って判断を下すような真似は、出来るだけ避けるべきだ。


「ふむ、でしたら自警団員が適任ですな。よござんす、手配いたしましょう」


「助かる」


 礼を言ってから、ビールで口を含ませる。相変わらず不思議な香味であるが……悪くない。


「しかし、このビールはなかなかうまいな。余っていたら、ひとタル分けてもらえないか」


「お気に召していただいたようで何より。これは、私の夫が醸したビールでしてね。我が家の自慢なんですわ。一つと言わず、二つでも三つでも持って行ってくださいな」


 誇らしげな表情で、村長は胸を張った。なるほど、やはり自家製か。予想通りだな。


「ありがたい。代わりと言ってはなんだが、ニワトリかガチョウを何羽か持ってこさせよう」


「そりゃあ嬉しいですな! この辺じゃ肉を手に入れるのもなかなか難儀でね、たまには孫にも美味いものを食わせてやりたいと思っておったんですわ」


 この歳で肉類を食べられる年齢の孫がいるのか。田舎は世代交代が早いな。……いや、スオラハティ辺境伯がソニアを産んだのも、十代のころだからな。単純に僕の結婚が遅れているだけか。あー、胃が痛くなってきた。最近、自分の中で結婚という単語が断酒や禁煙と同じカテゴリに分類されつつあるような気がする……

 まあそれはさておき、初顔合わせの感触としてはまずまずの様子である。カルレラ市の参事会と交渉した時もそうだったが、地元有力者を相手にする時はなかなかに気を遣う。正直、兵隊どもと一緒にそこらへんの野原を走り回ってるほうがよっぽど楽だな。

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