第165話 くっころ男騎士とお説教
翌日。休暇最終日にも関わらず、僕は丸一日を無為に過ごす羽目になった。なにしろ深夜というよりもはや早朝に近い時間に帰宅したわけだから、目を覚ましたのは昼過ぎの話である。そして目を覚ましたら覚ましたで、強烈な二日酔いが僕の全身を苛んだ。しばらくベッドから動けないほどだったので、大概である。
「アル、いいかい? 一人で酒を飲みに行くのは良い。いや、本当は良くないが、まあ仕方ない。しかしね、見ず知らずの騎士様に背負われて熟睡しながら帰宅するというのは流石にどうかと思うよ」
夕方になってやっとノソノソと寝床から出てきた僕に、父上が驚くほど渋い表情でお説教を始めた。盗賊騎士一歩手前みたいな経歴をしている母上と違い、父上は正統派の貴族令息である。当然、この世界の男性としては非常にマトモな価値観を有している。
最初は僕が剣を振るうことすら嫌がっていた父上が、今回の僕の醜態にいい顔をするはずもない。そりゃまあ、そうだよな。前世の価値観で言えば、未婚の令嬢がどこぞの居酒屋で真夜中までドンチャン騒ぎをしたあげく、前後不覚の状態で見知らぬ男性に連れてこられたようなものだものだ。そりゃ小言の一つや二つはぶつけたくなるだろう。
「申し訳ありません……」
心配されているのはわかるので、『チッ、うっせえな。反省してまーす』みたいな態度はとれない。僕は自主的に床に正座し、父上のお説教を粛々と受け入れるだけのマシーンと化した。
ちなみに、父上はまだ三十代だ。つまり、僕の前世の享年と同じくらいという事である。精神年齢で言えば、本来僕の方がだいぶ年上のはずなんだがな。現実はコレである。精神年齢が肉体年齢に引っ張られてるやら、それとも僕が魂レベルでチャランポランなのやら……たぶん後者だな。
「僕は戦場に出たことはないが、そこが大層つらい場所だということは知識で知っている。その記憶を酒精でかき消したいと思うのは、仕方のない事だ。だがね、そういう時はせめてウチで飲んでくれないかな? 僕でよければ、いくらでも話に付き合うから」
「まっこと、その通りでございます……」
正論である。ド正論である。しかし、家族には見せたくない姿というのもあるものだ。見ず知らずのお姉さま方と遊ぶのも楽しいしな。それにまさか、カリーナやロッテと脱衣札並べに興じるわけにもいかないだろ。……公衆の面前でパンイチになりかけたなんて知ったら、父上はショックで寝込んでしまうかもしれないな。
「アル、自覚はないだろうが君だって一応貴族令息なんだぞ。見知らぬ男性に連れられて、夜中に帰ってくるなんて……あの騎士様が良い方だったから良かったものの……」
そういえば、あまり覚えていないがどうやら僕は例の騎士様に背負われて帰ってきたらしいな。なんとも親切で面倒見のいい人だ。ずいぶんと迷惑をかけてしまったようだし、できればお礼と謝罪をしておきたいな。あの酒場で待っていたら、また会えるだろうか? でも、近いうちにリースベンに戻らなきゃいけないんだよな……。
「あのう、奥様」
などと考えていると、使用人がおずおずといった様子で声をかけてきた。ちなみに、この世界では奥様とか奥方とかいう単語が指しているのは男性の方だ。"旦那様"は女性の方なので、まあ当然のことと言えよう。とはいえ、僕の精神にはいまだに前世の価値観がこびりついているので、時々混乱してしまう。
「ああ、すまない。どうしたんだ?」
こほんと咳払いをしてから、父上は聞き返した。若干恥ずかしそうな様子である。……この
こんな姿、カリーナやロッテには見せられないな。幸いにも、彼女らの相手はジョゼットがやってくれている。どうやら、気を回してくれたらしい。気の利いた部下を持てて、僕は幸せ者だよ。
「旦那様がお戻りになられたようです」
「……今日戻ってくる予定だったかな? 今、初めて聞いたような気がするんだけども」
頭痛をこらえるような表情で、父上が言った。母上は僕の依頼を受け、オレアン公爵領へ行っていた。第三連隊の隊長……いや、元隊長のジルベルト氏の家族を保護するためだ。オレアン公爵領は王都からそれなりに離れているので、内乱終結後もまだ戻ってきていなかったのである。
内乱が穏当に終わったとはいえ、ジルベルト氏の立場はかなり微妙なものだ。フランセット殿下の追認により、保護作戦は続行の運びとなった。現当主と次期当主がほぼ同時に倒れたオレアン公爵家内部は、今頃大荒れ状態になっているだろうからな。妙なことになる前に、さっさと逃げ出してもらった方が良い。
「ええ、自分もです。先触れもなく、唐突にご帰宅されまして……」
「はあ、まったくデジレは……流石はアルの母親だな」
は?
「わかった。アル、出迎えに行こうか」
「イエス、サー」
何にせよ、お説教がこれでお終いというのは大歓迎だ。僕は神妙な顔で頷き、立ち上がろうとした。しかしそれより早く、部屋のドアがガチャリと開かれる。
「おーう、戻ったぞ!」
入ってきたのは、母上だった。彼女はニコニコ顔で父上に突撃し、旅装のまま強引に抱き寄せる。
「会いたかったぞ~!
「うわあ酒臭い!」
もみくちゃにされながら、父上が絶望的な表情で叫んだ。母上の顔は真っ赤で、体中からアルコールの臭いを放っていた。どこをどう見ても完全無欠の酔っ払いだ。昨夜の僕並みかそれ以上にひどい有様である。
父母が仲良しなのは大変結構だが、息子の前でお熱いところを見せるのはちょっとやめていただきたい。なかなか微妙な心地になるからな。特に僕みたいな独り身行き遅れ男にはクリティカルだ。
「ああ、もう……流石はアルの母親だ……」
は???
「息子の癖に他人ですみたいな顔してんじゃねえよオラァ! お前も来るんだよ!」
父上を抱えるようにして、母上は僕の方にも突撃してくる。そのまま、父子揃って母上にもみくちゃにされてしまった。こうなった酔っ払いに対抗するには、こちらも酒を飲む他ないだろう。……昨日の今日で飲酒なんかしたら、いよいよ父上の胃が壊れてしまいそうだな。流石にやめておくか。
まあ、この様子ならジルベルト氏の家族はうまく保護できたみたいだな。よかったよかった。妙な政争に巻き込まれ、職を辞す羽目になった彼女には同情を感じずにはいられない。せめて、家族の安全くらいは確保してやりたかったのだ。懸案事項が一つ消えて、僕はほっと胸をなでおろした。
さて、残る仕事はあと一つ。募兵である。なにしろ、先のディーゼル伯爵との戦いはなかなかの激戦だったからな。手持ちの兵力をずいぶんと消耗してしまった。しかしド田舎のリースベンで兵士を募っても、応募者が来るはずもない。人余りの王都にいるうちに、兵士を調達する必要があった。
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