第166話 くっころ男騎士と募兵

 ガレア王国においては、城伯という位は名目上はさておき実質的には独立領主である。そして独立領主というのは、軍備は自弁するのが基本だ。まあ、独立した軍権を持っている以上、軍隊を自前で組織するのは当然のことだ。

 さて、ここでリースベン城伯たる僕が保有している戦力を見てみよう。まずは騎兵が一個小隊。僕がリースベン代官を任じられる前から指揮している、子飼いの部下たちだ。カービン騎兵と槍騎兵を中心に構成された、少数精鋭部隊である。

 そしてもう一つが、傭兵のヴァレリー隊長率いる一個歩兵中隊だ。練度に関しては正直褒められたものではないが、この世界では珍しく銃兵隊を組織的に運用するノウハウを持っているのが特徴だった。

 騎兵小隊が一つに、歩兵中隊が一つ。リースベンのようなド田舎に駐留するにしては、過大なくらいの戦力である。とはいえ、リースベンは敵国と国境を接し、領内には大量の蛮族がうろつく危険地帯。最低限、これくらいの戦力は必要だ。


「ヴァレリー中隊は、ディーゼル伯爵との戦争で半壊したままだ。なんとか兵士を補充しないと、領内の守備もままならない」


 カリーナとジョゼットに、僕はそう説明した。二日酔いとお説教で終わった休暇最終日の翌日。僕たちは、王都郊外にある王軍の屯所に居た。大規模演習も可能な広大な演習場には、私服姿の女たちが集まっている。

 我らリースベン軍には兵員が足りない。しかし、リースベンで兵士を募集しても、人は集まらないのである。なにしろ入植がはじまったばかりの開拓地だ。暇を持て余しているような若者はあまりいない。一方、その点王都は最高だ。なにしろ人口が多いから、慢性的に人余り状態だ。正規兵の募集を出せば、あっという間に応募者が殺到してくる。


「ぴゃあ、すごい……これだけ居るなら、中隊の充足どころか新設くらいできるんじゃないの?」


 カリーナが目を丸くしながら言う。実際、応募者の数はかなりの数だ。正規兵になれば、とりあえず飯の心配をする必要はなくなるからな。日雇い仕事で口に糊する層の庶民たちからすれば、それなりに魅力的な仕事ではあった。


「どうだろうな? 新兵だけで部隊を編成するのはムリだし、第一……」


「第一?」


「話を聞いただけで、大半はそのまま帰っていくだろうさ」


 僕はそれだけ言って会話を断ち切り、事前に準備してあったお立ち台の上に登った。そして、被っていた兜を外す。今日の僕は完全武装だ。この世界では男はナメられがちだが、全身鎧を着こんでも自在に動けるところを見せてやれば多少は反応がマシになるのだ。


「おい、本当に男だぜ」


「噂は本当だったのか……」


 応募者たちがざわざわと騒がしくなる。僕は無言で、彼女らを見回した。ほとんどが、見すぼらしい古着を纏った若者たちだ。少女と言っていいような年齢の者も混ざっている。

 そんな連中の中に、僕は見覚えのある顔を見つけた。先日酒場で一緒に呑んだ、ハイエナ獣人のお姉さんとその仲間たちだ。実は、飲んでいる最中に「危ないけど割は良い仕事があるんだ。興味ない?」とこっそりと勧誘を行っていたのである。

 驚愕の表情を浮かべている彼女らに、僕はニヤリと笑って口の前で人差し指を立てた。一緒に脱衣札並べを楽しんだ相手が、いかにも騎士ですという恰好をして出てきたんだ。そりゃびっくりするよな。彼女らは顔を赤くし、コクコクと頷く。


「おはよう、諸君。まずは自己紹介をしよう。僕はリースベン城伯のアルベール・ブロンダンだ」


「アルベールって……」


「オレアン公の乱でフランセット殿下の側仕えをしたって言う……」


「宰相の愛人って話じゃなかったか?」


「えっ、宰相? スオラハティ辺境伯の愛人だって聞いたぞ?」


 僕が話し始めたというのに、女たちはざわざわとひどく騒がしい。軍人なら懲罰モノの態度だが、一般庶民はこんなものである。僕は苦笑をしてから、声をさらに張り上げた。マイクとスピーカーがありゃ楽なんだけどな……。


「今日、諸君らに集まってもらったのは他でもない。リースベン軍の新たな兵士を募集するためだ」


 力強い口調で僕はそう言い切ったが、若者たちは一様に『リースベンってどこだよ』と言わんばかりの表情をしていた。……まあ当然か。僕だって、代官に任じられるまでは知らなかったような辺境の土地だもの。王都の一般市民たちが知っているはずもない。


「リースベンは我らがガレア王国の南部に位置する開拓地だ。まだ入植がはじまったばかりの小さな領地だが、先日領内でミスリル鉱脈が発見された。十年もしないうちに、大発展を遂げるのは間違いない」


「つまりそれって、現状はたんなるクソ田舎……ってコト!?」


「ええ……」


 若者たちの間に、露骨な落胆が広がっていった。パレア市民は、中央大陸でも有数の大都市に住んでいるという自負がある。街の中心部ですら舗装されてないような田舎に行くのは、そりゃ嫌だろうな。

 この時代、軍人や貴族ならともかく一般市民はまともな地理の知識を持っていない。精密な地図は軍事機密だしな。せいぜい、東には神聖帝国があり、北にはアヴァロニア王国がある……そのくらいのことしか知らない。

 彼女らはおそらく、リースベンを王都近隣にある小領だと勘違いしていたのではないだろうか? そうでなきゃ、これほど人が集まるわけがない。明日も知れぬ開拓地の兵士と、大都会パレアの日雇い労働者……どちらがマシかといえば、たぶん後者だからな。どっちもしんどいのは確かだが。


「……あの、城伯様。質問をしてもよろしいでしょうか?」


 僕の表情で何かを察したらしい年若い少女が、おずおずといった様子で手を上げた。


「何かな?」


「その。リースベンという場所は……王都からどれほど離れているのでしょう?」


「……徒歩なら一か月以上はかかる距離かな」


「……ありがとうございます、城伯様」


 少女の表情は露骨に引きつっていた。うん、言いたいことは分かるよ。


「い、一か月!」


「いやだよアタシ、そんなド田舎で骨をうずめるのは」


 応募者たちも顔色を変えていた。リースベンは遠い。とにかく遠い。彼女らのこの反応も、僕は予想済みだった。しかし、予想が出来ていたからと言って、対処法があるかといえば否だ。

 金の余裕がある貴族ならともかく、普通の庶民に片道だけで一月かかる旅路というのはあまりに非現実的である。王都に里帰りしようにも、路銀を用意できないのだ。リースベンに渡ったが最後、そこで一生を終える覚悟が必要になってくる。


「もちろん、リースベンへ渡航するための費用は全額こちらで出す。移動中も、給料は出し続けよう」


 僕は内心冷や汗をかきながらそう説明したが、若者たちの反応は芳しくない。


「カネ貰ってもなあ、使う先がないんじゃなあ」


「里帰りもできないような場所で暮らすのはちょっと」


 などと言って、すでに帰り支度を始めている者すらいる。こりゃあ参ったなと、僕は内心ため息を吐いた。まさか強制的に徴兵していくわけにもいかない。補充兵は、リースベン近隣の友好的な領主に頼んで集めてもらおうか。そんなことを考えていた矢先だった。


「……どうやら、遅参してしまったようですね。申し訳ありません、アルベール様」


 聞き覚えのある声だった。慌てて、声の出所に目をやる。そこに居たのは、馬に跨った全身甲冑姿の立派な騎士だった。その甲冑の形状には見覚えがある。先日戦場でまみえたばかりの相手だ。見覚えが無いはずがない。


「ジルベルト・プレヴォ、ただいま参上いたしました」

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