第160話 重鎮辺境伯と義妹騎士

「……わかりました。お任せください」


 ひどく緊張した様子で頷くカリーナに、私、カステヘルミ・スオラハティはにっこりと笑い返した。顔を青くしながら冷や汗をダラダラと流すこの小柄な牛娘を見ていると、なんだか自分があくどいことをしている気分になるが……彼女にとっても決して悪い話ではないのだから、勘弁してほしい。

 まあ、実際のところ、彼女が協力を要請してくるように仕向けたのは私なんだけどね。見事に策が嵌まったおかげで、私はご満悦だ。なにしろ、アルはカリーナを殊更に気に入っている様子だったからな。味方に引き込めば、大きなアドバンテージとなるだろう。

 アデライドがアルとの添い寝を成功させ(昨日さんざん自慢された)、フランセット殿下までアルに興味を抱き始めた今、私ものんびりとしてはいられない。アルの争奪戦で出遅れている自覚はある。ここらでひとつ、挽回の一手が必要だと判断した。

 私がわざわざ下町までやってきたのも、そのためだ。カリーナが協力を頼んでこなければ、こちらから同じ話をするつもりだったのである。幸いにも、彼女はこちらの思惑通り動いてくれた。あえて友好的に接して話が通じるタイプであることをアピールした甲斐があったよ。


「とはいえ、無理は禁物だよ。特にソニアは、ああいう性格だから……拙速に事を進めすぎると、君自身も危険な目に合うかもしれない」


「は、はい……」


 彫像のようにカチカチになっているカリーナを見ていると、自然と表情が緩む。アルがこの娘を気に入っているのも理解できる話だな。ちっちゃいものというのは無条件で可愛いものだ。頭の方が残念ならなおさらだろう。

 もちろん、私も彼女を一方的に利用するつもりはない。カリーナが約束を守る限り、こちらも契約を反故にするつもりはなかった。ミンネ? 結構結構。アルも、私やアデライドのような人間ばかり相手をしていたら、疲れてしまうだろう。その点、カリーナであれば性格的にも年齢的にも立場的にも、アルの気晴らしの相手としてはぴったりだ。


「そう緊張しなくても大丈夫だよ。なあに、君が私を裏切らない限り、私も君を裏切らない。この契約がある限り、我々は友人同士だ。……そうだな、友人になった記念に、いいことを教えてやろう」


 私はニコリと笑いながら立ち上がり、友人のような気安さでカリーナの肩に手を置く。ナメられても困るが、怖がられ過ぎても困るからな。ある程度のご褒美はあげても良いだろう。


「な、なんでしょう?」


「アルはな、マッサージと称せば体中を触っても嫌がらないぞ」


「えっ!?」


 カリーナが驚愕の声を上げる。予想通りの反応に、私は笑みを深めた。


「アルはちょっとびっくりするくらい無防備な所があるからな。さも『下心なんかありませんよ』みたいな顔をして提案すれば、疑いもせずに頷いてくれるよ。私の彼が子供のころは、鍛錬の後によく全身をもみほぐしてあげたものだ。んふ、んふふふ……」


 性徴が始まったばかりの青い肉体の感触を思い出して、私は手をワキワキとさせた。あれは本当に素晴らしい日々だった。今でも、夜に自分を慰めるときはよくお世話になっている記憶である。……いい加減一人寝は寂しいなあ!! 

 くそぅ、アデライドめ。私を差し置いて楽しみやがって。添い寝なんて素晴らしいイベントがあったのなら、私も呼んでくれればよかったのに。親友同士じゃなかったのか、私たちは。あー、ムカムカムラムラする。なんとか、アルが王都にいるうちに彼を私の寝床に招かねばなるまい。


「ま、マジですか!? ど、どの程度までは行けるんですかね」


 案の定、カリーナは私の振った話題に食いついてきた。この年齢の娘など、一皮むけばこんなものだ。「友人として仲良くなるなら、下ネタが一番」……これは、私の従卒をやっている騎士の言葉だが、ある意味真理をついていると思う。

 ……見習い騎士とこんな下劣な話をしていることが母上にバレたら、殴られるだけじゃ済みそうにないな。別にいいじゃないか、遅れてきた青春だよ。

 それに、カリーナとはある程度仲良くなっておく必要がある。あんまり圧力を与えすぎて嫌われては、元も子もないからな。土壇場で裏切られたりすれば、たまったものではない。恐怖や欲望より、情で縛った方が扱いやすい人間というのはそれなりに居るものだ。


「首筋とか、脇腹とか、内ももとかなら大丈夫だ」


「首筋!」


「イイところを突いてやるとな、それはそれは素晴らしい声を上げてくれるんだよ、彼は。たまらないぞぉ……」


「マジですかあ……」


 カリーナは恍惚とした顔をしながら、手をワキワキさせた。アルが見たら百年の恋でも冷めそうなツラだな。まあ、私も似たような表情をしているだろうが。好色とかスケベとか言うとアデライドの専売特許のはずだが、私もカリーナも大概だった。


「しかし、実行するときはくれぐれも注意するんだ。ソニアにバレたら、ただではすまないぞ。私も肩の関節を外された」


「ぴゃっ!?」


 興奮に上気していたカリーナの顔が、一気に青くなった。ソニアの恐ろしさは、彼女も把握しているようだ。我が娘ながら、あの子の苛烈さは尋常なものではない。一体、誰に似たんだろうか。父も母(つまり私だが)もどちらかと言えば穏やかな気質だし、祖母……私の母も、厳格ではあったがあそこまでアレではなかったぞ。


「実行の前には、必ずソニアの居場所を確認するんだ。所在不明の場合は、決して手を出すな。変な所に潜んで、アルを監視している可能性が高い」


「こ、怖すぎる!」


 いや、本当に怖いよ、あの娘は。なんなんだろう、本当に。いくら何でも天井裏に隠れてるのは反則だろうに。


「……カステヘルミ様、アル様が帰ってきましたよ。お下品な話はそのくらいになさってください」


 そんなことを考えていると、護衛の騎士があきれた様子で口を挟んできた。見れば、確かにリス獣人の子……ロッテを釣れたアルが、こちらに向かって歩いてきている姿があった。


「おっと、残念だな。……カリーナ、リースベンに戻る前に、一度うちに遊びに来なさい。アルを攻略するのに役立ちそうな情報を、いろいろ教えてあげよう」


「良いんですか? やった!」


 全身で喜びを爆発させるカリーナに、私は思わず苦笑した。とにかく、私は出遅れているからな。巻き返しを図るには、彼女に頑張ってもらうしかない。そのためには、助力を惜しむわけにはいかなかった。

 アデライドは、まあいい。彼女がアルを手に入れたところで、最終的には二人で彼を共有する形に落ち着くだろうからな。今の争奪戦も、いわば子供のじゃれ合いのようなものだ。お互い、本気で足の引っ張り合いをしているわけではない。

 問題はフィオレンツァ司教とフランセット殿下だ。彼女らにアルを奪われるわけにはいかない。そろそろ、私たちも本気になってアルを獲りに行く必要があるだろう。

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