第138話 くっころ男騎士と馬鹿げた作戦

 老いたりと言えども、オレアン公はやはり尋常な貴族ではなかった。なかば混乱状態にあった公爵軍をあっという間にまとめ上げ、殿下の前に整然と並べて見せた。王都各地で散発的な戦闘を続けていた公爵派の部隊にも伝令を送り、降伏を命じる。正午の鐘が鳴るころには、すべてが終わっていた。

 オレアン公に従う部下を引きつれ、僕たちは王城前広場に設営した指揮本部へ帰ってきた。グーディメル侯爵に対抗するため僕が考案した作戦には、多数の兵士が必要なのだ。せっかくオレアン公がこちらについてくれたのだから、もちろん有効活用させてもらう。


「……王都民たちに王軍の健在をアピールしつつ、侯爵側についた部隊を牽制するわけか。なるほど」


「そうです。敵も味方も王軍であることにはかわりありませんからね、同士討ちをしたい人間など、そうはいません。その心理を利用します」


 テーブルに乗った王都の地図を囲みつつ、僕たちは作戦の最終確認をしていた甲冑を着込み完全武装状態のオレアン公が、眉間にしわを寄せながら地図上のコマを弄る。


「……さっきからやたらと楽器の音が聞こえるが、まさか軍楽隊まで引き連れていく気かね?」


「ええ、もちろん。パレードには、勇壮な行進曲がつきものでしょう?」


 オレアン公の言う通り、指揮用天幕の近くでは軍楽隊が楽器のチューニングをしていた。正直、かなりうるさい。


「パレード、パレードね。確かにその通りだ。……一周まわって笑えて来たな」


「珍しく意見が一致したな、オレアン公。私も初めてこの作戦を聞いた時は、何かの冗談かと思ったよ」


 乾いた笑みを浮かべるオレアン公に、珍しくスオラハティ辺境伯が同調した。この二人は、顔を合わせると高確率で言い争いが始まる程度には仲が悪いのである。流石にこんな状況で喧嘩を始められたら溜まったものではないので、僕はほっと安堵のため息を吐いた。


「確かに、冗談のような作戦ではありますね。内乱の真っ最中に、楽器をかき鳴らしながらあちこちを練り歩くなんて」


 王家と軍の健在を見せつけ、民衆の不安を払しょくする……そういう名目で、盛大なパレードをしながら王都を練り歩く。それが僕の立てた作戦だった。グーディメル侯爵の部隊と遭遇しても、攻撃は仕掛けない。それどころか、パレードに参加するようフランセット殿下直々に命じてもらう予定だった。

 何しろ、グーディメル侯爵側の戦力は大半が王軍の王都防衛隊だからな。彼女らは国王陛下の命令だから、仕方なく侯爵に従っているに過ぎない。そこに、付け入る隙があるのだ。


「肝心なのは、グーディメル侯爵と王都防衛隊を分離することです。侯爵は独自の戦力をほとんど持っていませんからね。王軍の協力を失えば、もう何もできなくなるはずです」


「理屈はわかる。しかし、兵士たちは余の命令に従ってくれるかな? そこが一番不安なんだが」


 香草茶の入ったカップを片手に、フランセット殿下が難しい表情で聞いてくる。確かに、その通りだ。いくら殿下が王太子でも、現国王の勅命を取り消すような権限は持っていない。普通に考えれば、殿下が「お前たちもパレードに参加しろ」だなどと言ったところで無視されるだけだ。


「おそらく、問題ないでしょう。同士討ちなんてしたくないのは、向こうも同じでしょうから。戦わなくてもいい理由さえ提示してやれば、積極的に乗ってくるはずです」


 オレアン公に協力を仰いだのは、このためだ。オレアン公の私兵を使って部隊を使って部隊を水増しし、大軍を装うわけだな。こちらの数が多くなればなるほど、向こうの戦意は低下する。

 あえてパレードという形にするのも、同じ理由だ。こっちがバッチリ臨戦態勢を整えていたら、相手も自衛のために戦闘準備をせざるを得なくなる。だからこそ、こちらに戦うつもりがないことをアピールする必要があるわけだが……その点、パレードはいい。軍楽隊の演奏とともに派手に行進するわけだから、"実戦感"はあまりない。その割に完全武装だから、いざという時にはすぐに戦闘に移行できるというメリットもある。

 たしかに、自分で考えてもバカらしい作戦だと思う。しかし、そんなくだらない作戦だからこそ、向こうの部隊も乗ってくれるような気がするんだよ。なにしろ、王軍の中にマジ・・な内乱を望んでる人間が沢山いるとも思えないからさ。笑い話で済ませられるなら、それに越したことはないだろ。


「……「『グーディメル侯爵を討て』ではなく、『パレードに参加せよ』という命令ですからな。戦闘命令よりは、よほど心情的に従いやすいでしょう。それに、王都防衛隊の兵士たちは、王都やその周辺集落で募兵された者たちです。王都の治安回復には、積極的に協力してくれるのではないでしょうか?」


 そう言って僕を援護したのはオレアン公だった。少し驚いて彼女の方を見ると、小さくため息を吐いてから僕に会釈をしてきた。


「自分としましては、この作戦には賭けてみる価値はあると思います。なにより、うまく行けば兵にほとんど犠牲を出さずに済むというのが良い。これ以上王軍の戦力が減じれば、新たな反乱を誘発する可能性もありますからな」


「確かにそうだ。反乱だけではない、周辺国の侵攻も……」


 思案顔で、フランセット殿下は視線を宙にさ迷わせた。アーちゃんの顔でも思い浮かべているのだろう。


「よろしい。では、やってみようじゃないか。準備ができ次第、進発を……」


「報告!」


 そこへ突然、伝令兵が飛び込んでくる。……なんだか既視感があるな。同じ意見らしいスオラハティ辺境伯が、額に手を当てた。


「どうした、そんなに慌てて。余の妹でも攫われたか?」


 苦笑しながら、フランセット殿下が聞く。発言を遮られたというのに、叱責もしないあたり彼女も懐が広いな。


「フィオレンツァ司教がお戻りです。なにやら、皆さまに知らせておきたいことがあるとか」


 どうやら、悲報の類じゃないみたいだな。思わず安堵のため息を吐いた。……フィオレンツァ司教は、情報収集をすると言って出ていったきりだったな。何か有益な情報でも入ってきたのだろうか?


「ああ、司教様か。いいだろう、お通ししなさい」


「いえ、それが……」


 頷く殿下だったが、伝令兵は奥歯になにか挟まったような態度だった。小首をかしげていると、おそるおそるといった様子で言葉を続ける。


「なんというか、ひどい状態でして……そのままお通しして大丈夫なものかと」


「……は?」


 ひどい状態? え、なに、どういうこと?

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