第133話 くっころ男騎士の大暴れ

 アッサリと正門を確保できたのは良かったのだが、敵はどうやらこちらを屋敷内に引き込んでから叩く作戦に切り替えたようだった。屋内に踏み込んだ僕たちに、敵は熾烈な反撃を仕掛けてくる。オレアン公邸は部屋はもちろん廊下も馬車が通行できそうなほど広く、戦いはいつの間にか剣や槍を正面からぶつけあう本格的な合戦へと発展していった。


「キエエエエエエエエッ!!」


 敵兵の突き出してきた手槍をステップで回避し、反撃として鎖帷子チェインメイルで守られた横腹に銃剣を突き刺す。この銃剣はエンチャントが施されており、安物の鎖帷子チェインメイル程度なら平気で貫通する。


「ぐあっ!?」


 悲鳴を上げる敵兵に構わず、騎兵銃の引き金を引いた。発砲の反動で、半ばまで刺さった銃剣を引き抜く。


「よくもっ!」


 そこへ、剣を大上段に振り上げた別の敵兵が突っ込んできた。いかな後装式ライフルでも、もう装填は間に合わないタイミングだ。僕は躊躇なく騎兵銃から手を離した。銃の背負い紐スリングはしっかり肩にかけてあるから、床に墜とす心配は無いのだ。


「キエエエエッ!!」


「グワーッ!!」


 振り下ろされた長剣を籠手で弾き、そのまま肉薄。敵兵のベルトを引っ掴むと、足を絡みつかせて転倒させる。その勢いをそのまま利用して、近くに居た別の敵兵に向けてブン投げた。


「ムッ!」


 そこへ、聞きなじみのない言語が聞こえてくる。節のついた、歌のような旋律……魔法の詠唱だ。声の出所に目をやると、そこにはローブ姿の数名の魔術兵が居る。

 呪文の詠唱はすでに最終段階に入っているようだ。手練れの魔術兵なら、対個人用魔法なら十数秒で詠唱を終えてしまう。時間的余裕は微塵もない。僕は即座に腰から拳銃を引き抜き、引き金を引いたまま撃鉄を指ではじいた。銃声がほとんど一発に聞こえるような早撃ちで、レンコン型弾倉に装填された全五発の銃弾がすべて発射される。


「うっ!?」


 ピストル掃射を受け、魔術兵たちはバタバタと倒れる。しかし、一人は無事だ。呪文を唱え終わった彼女は、風鎌ウィンドカッターの魔法を僕に向けて発動する。


「チェストォッ!」


 僕はそれを、スライディングでなんとか回避した。さらにその勢いのまま、前転で跳ね起き魔術兵に突進。サーベルを抜き放ち、一撃で切り捨てる。鮮血が噴出し、僕の白いサーコートを赤く染めた。


「ぐっ……! こんなバーサーカーが男だぁ? 悪い夢でも見てるのかね、あたしは……!」


 先ほど投げ飛ばされた敵兵がフラフラと立ち上がりつつ、再び剣を構えた。彼女と一緒に吹っ飛ばされた他の兵士たちもそれに続く。

 コイツらは鎖帷子チェインメイルではなく、魔装甲冑エンチャントアーマーと思わしき板金鎧プレートアーマーで全身を防護している。生半可な攻撃では倒せないだろう。鎧の隙間を狙うか、身体強化魔法を使って甲冑ごと一刀両断するか……。前者は時間がかかるし、後者は手っ取り早いが消耗する。いつまで戦闘が続くかわからない今のような状況では、できれば強化魔法は温存しておきたい。


「栄光のガレア近衛騎士団が、男の後塵を拝するわけにはいかん。突撃!」


 しかし、僕は一人で戦っているわけではない。そこへ、剣や槍を構えた近衛騎士たちが突っ込んでくる。栄光の、という自称は伊達ではない。近衛騎士たちは巧みなコンビネーションで敵を翻弄し、手際よく敵の騎士を仕留めていく。僕は急いで戦列に参加しようとしたが、それを止める者がいた。


「いや、目覚ましい活躍ぶりじゃないか、アルベールくん。しかし悪いが、余は少しバテてきた。後ろへ下がって休みたいから、ついて来てほしい。君が前に出ている時に、余が後退するわけにはいかないからね」


 フランセット殿下だ。彼女の王家の紋章の入ったサーコートは返り血でひどく汚れており、激戦の跡がうかがえる。でも、バテてきたってのはウソだな。呼吸がまったく乱れていない。なんなら、僕の方がよほど疲弊している。体力オバケの揃いの竜人ドラゴニュート騎士と同じ戦列に立つのは、只人ヒュームの身の上ではなかなかに辛い。

 要するに、見るからに僕がへばってるんで後退させたいわけだな。ここでわざわざ自分をダシにするあたりが、殿下らしい。そりゃモテるわ。童貞を五十人食ったって噂も本当かもしれん。……いや、流石に五十人は嘘であってくれ。


「はっ、了解しました」


 まあ、せっかくなんでここは休ませてもらおうか。僕だって、好き好んで大暴れしてるわけじゃない。敵が襲い掛かってくるから、仕方なく応戦してるだけだ。一応僕は殿下の副官ということで同行してるんだから、ぽんぽん戦闘に参加しちゃマズイんだけどな。

 それもこれも、部隊を二分割したせいだ。戦力不足により、指揮官まで剣を握って戦闘に参加しなくちゃいけないような状況になっている。部隊を分散させるのは悪手以外の何物でもないが、これにはやむを得ない理由があった。

 オレアン公が監禁されている可能性のある場所は、最上階にある彼女の自室と、地下にある牢屋の二か所だと殿下は推測していた。これをそれぞれ回っていたら、時間がいくらあっても足りない。速攻をかけないことには、オレアン公を別の場所に移送されてしまうからな。これを防ぐには、自室と地下牢に同時攻撃を仕掛けるしかない。


「……しかし、別動隊からの合図はまだ来ないな。距離から考えれば、そろそろ目的地にたどり着いてもいい頃だろうに」


 前線で戦う近衛騎士団を見つつ、フランセット殿下は呟く。別動隊が向かった先は、オレアン公の自室だ。どちらかの部隊がオレアン公を発見した場合、窓から手旗信号を使って中庭に展開した砲兵部隊に指示を出す手はずになっている。この合図を受けた砲兵隊が空砲をぶっ放し、発砲音でもう一方の部隊にオレアン公発見を伝える……そういう寸法だ。

 ちなみに、別動隊の案内はフランセット殿下の従者が担当している。その従者は殿下とともに何度かオレアン公の部屋を訪ねたことがあるため、まず迷うことはないだろう……とのことだ。


「単に進撃に手間取っている、という可能性もありますが……」


「いや、違うな。おそらくだが……やはりオレアン公は地下牢に監禁されているのだと思う。だからこそ、余はこちらの部隊に同行したのだからな」


 どうやら、フランセット殿下は地下牢ルートを本命だと考えているようだ。……いくらイザベルの独断で起こしたクーデターだとはいえ、現当主を牢屋に閉じ込めるような真似をするだろうか? 僕としては、自室に軟禁されている程度だろうと思っていたのだが……。


「不思議そうだね」


 立ち止まって、殿下が聞いてくる。その顔は兜の面頬で隠れているが、ニヤリと笑っているような気配があった。


「オレアン公と娘のイザベルには確執があったんだ。表向きは仲良くしてたがね。……とある一件が原因で、イザベルは母親を恨んでいた。反逆する機会があったなら、意趣返しに牢屋に監禁するくらいはするだろうと思っていたのさ」


「なるほど」


 細かい事情はわからないが、僕は頷いておいた。どうも、オレアン公爵家内で何かしらの事件があったようだ。もちろん、それについて根掘り葉掘り聞いたりはしない。世の中、知らない方が良いことなどいくらでもある。


「ここまで大それた真似をするのは予想外だが、公爵家で何かしらの内紛が起きるとは思っていたんだ。王家に余計な火の粉がかからないよう、万一に備えて屋敷の間取りをこっそり調べておいたのさ。だから、地下牢の位置もバッチリわかるというわけだ」


「準備が宜しい事で」


 自慢げな殿下に、僕は思わず苦笑した。やっぱり、上級貴族の世界は怖いな。表向き仲良くしている親戚同士でも、戦うことを想定して準備をしなければならないとは。


「まあ、そういうわけでアルベールくんは大船に乗ったつもりで……」


 自慢げな様子で語るフランセット殿下だったが、彼女の言葉を遮るように前線で複数の怒号が上がった。そちらに視線を向けると、近衛騎士の一人が血を流して倒れている。ひとり、やられてしまったようだ。豪奢な全身鎧を纏った敵騎士が、とどめをさそうと剣を振り上げている。


「ちっ!」


 反射的に小銃を構え、急いで弾薬を装填する。間に合えよと祈りながら、引き金を引いた。幸いにも、剣が振り下ろされる前に銃弾が敵騎士の胴鎧に命中した。貫通こそしないが、姿勢を崩す程度の効果はある。


「やらせるかっ!」


 その隙を逃さず、近衛騎士の一人が槍を突き出した。しかし、敵騎士は槍の一撃を盾でいなす。負けじと連続攻撃を仕掛ける近衛騎士だったが、敵騎士は余裕を持った動きで槍の穂先を躱し、的確な反撃を繰り出した。うなりを上げて迫る長剣を避けるため、近衛騎士は慌てて後退した。……こりゃ、かなりの手練れだな。


「……あの甲冑、見覚えがある。去年の王都剣術大会で、準優勝した騎士だな。名前は確か、オドレイ・セリュジエだったか」


 殿下のその言葉に、僕の眉が跳ね上がった。王都剣術大会。その名の通り、王都で一番の剣士を決める武術大会だ。ほんのこの間まで王都に住んでいた僕は、もちろん毎年観戦しに行っている。


「去年の、というと……ソニア相手にかなり善戦したヤツですね。ずいぶんとヤバいのが出てきたな」


 僕の親友にして副官でもあるソニアは、この王都剣術大会の常連優勝者だ。その化け物じみた剣の腕前は、僕も良く知っている。そのソニアを相手にギリギリの所まで粘り、惜しくも敗れたのがそのオドレイという騎士だった。当然、その実力は折り紙付きである。


「我々が本命・・に近づいたから、むこうも切り札を切って来たという事かな」


「かもしれません」


 頷いてから、僕は前線に向けて駆け出した。相手はソニアといい勝負をするような強敵だ。さすがに、後ろでノンビリ休んでいるわけにもいかないだろ。


「オドレイ・セリュジエ! 僕はアルベール・ブロンダンだ! 貴卿に一騎討ちを申し込ませてもらおう!」

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