第132話 くっころ男騎士と前哨戦

 一たび敵陣の突破に成功すれば、あとはお決まりの勝利パターンだ。騎兵がブチ抜いた敵隊列の穴に歩兵がなだれ込み、暴れまわる。分断され混乱しきった敵に、その攻撃に対抗する手段はなかった。

 戦果拡大は歩兵隊に任せ、僕たちは一気に大通りを疾走してオレアン公邸を目指した。なにしろ、大貴族だけあってオレアン公の屋敷には堀をはじめとした本格的な防衛設備がある。モタモタしていたら、攻城戦じみた泥沼の戦いに巻き込まれかねない。


「跳ね橋、確保しました!」


 幸いにも、攻撃はうまく行った。増援部隊を送り出すため、オレアン公邸の跳ね橋は下りたままになっていたのだ。まさに出撃の真っ最中だった敵騎兵隊を蹴散らし、僕たちはそのまま屋敷の敷地へと突入する。

 さすがはガレア王国軍の最精鋭、近衛騎士団だ。雑兵はおろか、公爵家に仕える騎士たちですら相手にならない。数にして倍以上の相手を圧倒し、あっという間に正門前の区画を確保することに成功した。まったく、惚れ惚れするような大暴れっぷりだった。


「第一〇七中隊、到着いたしました!」


「結構! 我々はこれより屋敷内部に突入する。玄関が奪還され、我々が孤立するのを防ぐのが君たちの仕事だ。しっかり余の背中を守ってくれよ」


 追いついてきた歩兵隊に、フランセット殿下は退路の確保を命じた。どうやらこの王太子、自ら先陣を切って屋敷に突っ込んでいくつもりのようだ。屋内戦闘は極めて危険だから、できれば後方で指揮に専念してほしいのだが……。


「殿下!」


 僕と同じ意見らしい近衛団長が咎めるような声を出したが、フランセット殿下は片手でそれを制する。


「王家の権威を見せつけることで、戦わずして兵の戦意を奪う……それがこの作戦の骨子なんだろう? しかし、後方でふんぞり返って偉そうにしているだけの女に、兵たちは畏怖を感じてくれるだろうか? いいや、そんなはずはない。オレアン公は、余自らの手で救出・・する必要がある」


 確かに、一理ある考えだった。なにしろ王家は当主である国王陛下が誘拐されてしまうという失態を演じている。あまり情けない姿を見せ続けていると、王家の権威そのものが揺らぐからな。そうなると、例えこの反乱を無事に乗り切ったとしても次々と新たな反乱が頻発するようになってしまう……。


「それに……アルベールくん、君も突入班に志願するつもりだろう?」


「それは、まあ。オレアン公には前々から好き勝手なことを言われていますし、煮え湯を飲まされた経験もあります。見返してやりたいという気分は、それなりにありますからね」


 正直に言えば、僕は安全な後方で待機していたかった。戦力不足なら仕方がないが、近衛騎士団の連中はクソ強いからな。僕一人がいようがいまいが、大して影響はないんじゃないだろうか? あえて危険な任務に志願するほど、僕はスリルに飢えていない。

 もちろん、オレアン公に恨みがあるというのは本当だ。けれども、見返してやりたいとか復讐したいとか、そういうつもりはあまりなかった。僕は指揮官で、少なくない数の部下の命を預かっている。それに加え、これからは領民の面倒も見なくてはならない。

 こんな状況で私怨を優先するのは、責任の放棄に他ならないからな。己に課された責務を果たすことが、僕の誇りだ。これを捨ててしまえば、僕は胸を張って死ぬことが出来なくなる。そんなのはご免だね。


「君ならそう言うと信じていたよ。……つまりこのままでは、余に『男の背中に隠れていた王太子』などという不名誉極まりない風評がついてしまうということだ。いくらなんでも、これは不味い。そうだろう?」


 じゃあなんで殿下の言葉に頷いたかというと、彼女が僕をダシにして出陣するつもりだと察したからだ。ま、一種のゴマすりだな。殿下の愛人になる気はないが、それはそれとして疎まれるのはマズイ。機嫌を取っておく必要があった。

 なにしろ僕は国王陛下に忠誠を誓いつつも、裏ではスオラハティ辺境伯の指示を受けているような人間だからな。第三連隊のジルベルト隊長と、似たような立場だと言える。つまり王家からすれば、いつ裏切ってもおかしくない人材ということだ。暗殺とか陰謀で失脚とか、そういう事態は避けたいんだよ。


「確かに、そうですが……」


 そういう事情を察したのだろう、近衛団長は渋い表情で僕を見てから首を左右に振った。主君のムチャな命令に従ったばっかりにこのような事態を招いてしまった彼女としては、この手の命令は受け入れがたいものがあるのだろう。とはいえ、臣下である彼女には拒否権は無い。いかにも不承不承といった様子で頷いて見せた。


「……致し方ありませんな。しかし、突出するような真似はしないようにお願いいたします」


「わかっているさ、余も戦争処女ではないんだぞ? 無意味に危険な行動をするほど、馬鹿ではない」


「……はあ」


 近衛団長は大きなため息を吐いた。反乱が発生してから、彼女は苦労しっぱなしだな。そろそろ胃薬が必要になってくるんじゃないだろうか……。


「しかし、流石はオレアン公。ずいぶんと広い屋敷ですね」


 話題を変えるため、僕はオレアン公邸のほうを見ながら言った。オレアン公の屋敷はレンガ造りの立派な建物で、驚くほど広い。面積で言えばアデライド宰相の屋敷より上だ。流石国内屈指の大貴族だよな。王都の別邸でこれなんだから、領地にある本邸はどれほど豪華なのか想像もつかない。

 これからその広い広い屋敷に踏み込み、一人の年寄りを見つけ出さなくてはならないのだから大変だ。使用人や衛兵をとっ捕まえて尋問するという手もあるが、事情が事情だけに間違いなく情報統制が敷かれているだろう。なにしろ、今の公爵家は次期当主が現当主を抑えて主君に反逆しているわけだからな。まあ、結局その次期当主は討ち取られ、グーディメル侯爵の屋敷の前で晒し首になってるわけだが……。


「この屋敷の隅々を探索していたら、二日三日はかかってしまいそうだ。何とかしたいところですね」


「もちろん、虱潰しに探すような真似はしないよ。安心していい」


 ニヤリと笑って、フランセット殿下は頷いた。


「なにしろ、王家とオレアン公爵家は親戚同士だからね。この屋敷にも、何度も招かれたものさ。ある程度の間取りは頭に入っているとも」


 ……なるほど、フランセット殿下が同行を申し出たのは、なにも政治的な目的だけが理由ではないらしい。お荷物で終わる気はない、そういう気概があふれた声だった。

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