第134話 くっころ男騎士と偽情報
僕の一騎討ち宣言に、戦場は凍り付いた。近衛騎士たちはこちらをうかがい、「大丈夫か?」「相手はあのセリュジエ卿だぞ?」と口々に不安の言葉を口にする。
確かに、彼女らの言葉ももっともだろう。先ほどまで僕が戦っていた相手は、装備も練度も大したことのない雑兵が大半だ。しかし、目の前にいるセリュジエ氏はそうではない。王国でも最上位に位置する騎士が、最高級の武具を纏っているのだ。こんな相手に男風情が一騎討ちを挑むなど、無謀を通り越して単なる馬鹿だ。
「ほう、噂のブロンダン卿か!」
そんな中、セリュジエ氏は兜のバイザーをあけてニヤリと笑った。武張っているが、なかなか愛嬌のある顔立ちだ。
「ソニアから話は聞いているぞ。男でありながら、自身に比肩する剣士だとな」
「……ほう!」
ソニアが、ねえ。同じ剣術大会の決勝戦で戦ったのだから、ソニアと個人的な面識があるのは予想内だったが……まさか僕のことを話題にしていたとはな。
「あの女、随分と貴様のことを自慢していたよ。……そうか、あのブロンダン卿か。面白い……その一騎討ち、このオドレイ・セリュジエは謹んで受けさせてもらおう!」
ふーん、なるほどね。ソニアが僕のことをアレコレ言っていたわけか。どういう風に話していたのか興味はあるが……それより気になる点がある。あのソニアが、オレアン公に連なる騎士に僕の剣術について話すものだろうか? 僕は結構前から、オレアン公には有形無形の嫌がらせを受けている。いずれ正面から敵対する可能性のある相手だということは、ソニアも理解しているはずだが……。
「大丈夫なのか、アルベールくん」
心配そうに、フランセット殿下が僕の肩を叩いた。
「ここは余に任せてくれ。余も、剣術にはそれなりの自信があるんだ」
「いけません、殿下。臣下として、貴女様の身を危険にさらすわけには参りません」
僕だって一騎討ちなんぞしたくはないんだが、仕方がない。相手がかなりのツワモノだってのは確かだからな。こんな騎士が時間稼ぎに徹したら、面倒なことになる。最悪、後ろからも敵がやってきて挟み撃ちだ。
しかし、一騎討ちではそんな姑息な戦法は使えない。なにしろ僕は男騎士だからな。積極性に欠けるような戦い方をすれば、男相手にビビっていると後ろ指をさされかねない。そうなれば、マトモに騎士として生きていくのはムリだ。
「行けるのか?」
「……行けなかったら、その時はその時で」
僕が殺されそうになっている隙に集中攻撃を仕掛け、仕留めてしまえばいい。勝てば官軍ってやつだ。今は名誉ある戦いよりも、いかに早くオレアン公を確保するかのほうが大切だからな。
なにしろこうしている間にも、平民街は混乱のるつぼと化している。こういう人心が乱れたタイミングは、人さらいや強盗のようなゴロツキ連中の稼ぎ時だからな。できるだけ早く軍を治安出動させる必要があるんだが……オレアン公やグーディメル侯と争っている状況では、とても治安維持に人手を回す余裕なんかない。こんなくだらない内乱は、さっさと終わらせなきゃダメだ。
「……わかった、任せよう」
僕の意図を察したのだろう、フランセット殿下は静かに頷いた。賢明な上官で助かるね。そんなことを考えながら、近衛騎士たちが作った戦列をかき分けてセリュジエ氏の前に出る。
……なかなかの体格の持ち主だな。おそらく、身長は一九〇代、ソニアと同じかやや高いくらいか? 羨ましいね、まったく。僕ももうちょっと背が伸びたら良かったんだが。……いや、この国じゃ童顔で背の低い男がモテるからな、これ以上体格が良くなったら、非モテが加速しちゃうな。それは勘弁だ。
「……」
サーベルの刀身に付いた血を拭い、構える。普段のような切っ先を真上に向ける構え方ではない。右手だけで柄を握り、右半身を前に出す……レイピアやフルーレのような刺突剣を扱う時に近いポーズだ。
この構えは、母上が多用しているものだ。相手の攻撃をステップで回避し、全力の刺突で甲冑の隙間を狙うカウンター戦術……それが母上の好む戦法だった。
「なるほどな」
笑みを深くしたセリュジエ氏は兜のバイザーを降ろし、自らも剣を構えた。右手に長い片手剣、左手にカイトシールド……ガレア騎士の剣術としてはごくスタンダードなものだが、それ故に隙は少ない。最小限の動きで攻撃にも防御にもつなげることができるから、相対しているものからすればやりにくいことこの上ないな。
しかし、僕は彼女のその反応を見て密かに面頬の奥でほほ笑んだ。相手は強敵だし、最悪隙をついて手榴弾で爆殺してやろうかと思っていたが……どうやらマトモに剣で戦っても大丈夫そうだ。勝つためなら手段を選ぶ気はないが、奇策ってのは多用するとどんどん効果が薄くなっていくからな。正攻法で勝てるならそれに越したことはない。
「では、いざ尋常に……勝負!」
自陣の公爵軍兵たちとこちらの近衛騎士たちを睨みつけてから、セリュジエ氏はそう宣言する。手を出すなよ、という牽制だろう。僕は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。いつの間にか、戦闘は完全に停止している。彼我の兵士や騎士たちは、僕たちの立ち合いを固唾をのんで見守っていた。
「……」
「……」
お互い無言でにらみ合う。普段なら、戦いが始まったとたん大声で叫びながら敵へ突っ込んでいくんだが……今回、僕は向こうの攻撃を待っている風を装って相手の出方をうかがっていた。なにしろ相手はソニア並みの剣士だ。まともに立ちあったら普通に負ける。工夫が必要だった。
僕がソニアと剣術の試合をすると、八割の確率でこちらが負ける。あの副官は、本当にビビるほど強い。……しかし、これだけ戦績に差が出るのは、ソニアが僕の戦法をよく心得ているから、という部分も大きかった。なにしろ、僕の剣術は初見殺しじみた代物だからな。 大してセリュジエ氏は、僕とは初対面だ。おまけに、どうやらソニアが何かを吹き込んでいるようだ。まさかあのソニアが、僕が不利になるような情報を敵に流すはずもない。むしろこの場合は……
「ふっ!」
剣を振りかぶり、セリュジエ氏が地面を蹴った。一見、先制攻撃を仕掛けてきたように見える。しかし、よく見ればそれにしては踏み込みが浅い。おそらく、こちらのカウンターを誘い、それをカウンターで返す腹積もりなのだ。
「……ッ! キエエエエエエエエエッ!!」
それがわかっているから、僕は即座に構えを普段のモノに戻して叫んだ。相変わらずの蛮声とともに剣を大上段から振りかぶり、突進する。カウンターを狙っているように見せかけて、実際はいつものように先制攻撃でカタをつける。それが僕の作戦だった。
相手は鍛え上げられた
「ッチ!」
こちらの策に引っかかったことを察して、セリュジエ氏は即座に盾を構えた。流石に判断が早い。僕は構わず、身体強化魔法を発動。全身全霊の力を籠め、剣を振り降ろした。
「ぐあっ!?」
サーベルの刃は盾の装甲を戸板のようにカチ割り、さらにその下の左手を籠手ごと断ち切った。胴鎧の脇腹部分にあたって、ようやくサーベルの一撃はとまる。
「嘘、盾ごと!?」
「剛剣なんてレベルじゃないぞ、どうなってるんだ……」
周囲の騎士たちが騒いでいるが、構っている暇はない。左腕を失いつつも、セリュジエ氏は戦意を失っていなかった。バックステップでこちらから距離を取りつつ、袈裟懸けに剣を振り降ろす。いったん退いて態勢を立て直すハラだろう。だが、そうはさせない。
「逃がさんよ……!」
僕は籠手を盾代わりに使って相手の斬撃を防ぎつつ、セリュジエ氏に肉薄した。そして先端が切断された彼女の左手の脇に腕をねじ込んだ。そのまま柔道の大外刈りの容量で、この大柄な騎士を地面に引き倒す。
「チェスト!」
床に背中を打ち付けて悶絶するセリュジエ氏に、僕はすかさず追撃を加えた。逆手に握りなおしたサーベルの切っ先が、兜のバイザーに付いた視界確保用のスリットに突き刺さる。……当然、スリットの先にあるのは眼球、そして脳だ。セリュジエ氏は濁った悲鳴と共に即死した。
……あっさり勝てたが、これはソニアのおかげだ。セリュジエ氏が僕の戦法を知っていたのなら、まず第一に僕の初太刀を躱すように動くはずだからな。予想通りソニアは僕と彼女が戦う事態を想定し、デタラメを吹き込んでいたようだ。
「今だ、突っ込め!」
そこへ、フランセット殿下が命令を下す。あっけに取られていた近衛騎士たちは、弾かれたように敵陣に突っ込んでいく。切り札が一瞬のうちに敗れたショックに打ちのめされていた公爵軍兵には、それにあらがうだけの気力は残されていなかった。
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