第124話 くっころ男騎士と遅い晩餐
僕はほっとしていた。あの様子なら、ジルベルト氏は心配する必要はないだろう。彼女が責任を感じて自殺するような事態は、なんとしても回避する必要があった。ジルベルト氏のような誠実で優秀な将校を失うのは、何としても避けたい。それに、僕も一人の軍人として彼女の境遇には思うところがあった。安い同情と言ってしまえば、それまでかもしれないが……。
「むぐむぐ」
不安がひとつ解消すると、今度は猛烈に腹が減ってきた。アデライド宰相と同じく、僕も昼間は何も口にしていない。身体がカロリーを求めていた。そういう訳で、僕はダイニングルームに向かうと揚げたタマネギを片っ端から腹にねじ込む作業に没頭していた。カラリと素揚げされたタマネギは、ほんのり甘く非常に美味だ。少し塩を振ってやれば、いくらでも食べることができる。
「いやーウマイ。生きてるって感じがする……」
「キミたち一家はワイルドだねえ」
タマネギが山のように積み上げられた大皿の前でご満悦になっていると、隣に座っていたアデライド宰相が呆れたような表情でそんなことを言う。今晩の献立は、大量の揚げタマネギと焼いただけのベーコン、そしてパンという簡素なものだ。一流シェフの作った料理に慣れ切った宰相からすれば、確かにとんでもなく雑に見えるだろう。
「ふーむ、しかしたまには悪くないね」
ニコニコとしながらスオラハティ辺境伯が言う。彼女は何度も戦場に出た経験がある武闘派領主貴族だからな、こういう軍隊メシにも慣れているのだろう。……とはいっても、辺境伯はナイフとフォークを使う上品な食事姿だ。その横でタマネギを手づかみでバクバクやってるうちの母親とは大違いな。ちょっと恥ずかしいのであとで父上にチクっておこう。
「アルはこういうシンプルな料理が好きなのかな?」
「ええ、まあ……お恥ずかしながら」
「なるほどね。ふむ、参考になるよ。ありがとう」
いったい何が参考になったのだろうか? よくわからないが、辺境伯は妙に嬉しそうだった。僕は彼女に笑い返してから、次のタマネギに取り掛かる。有難いことに、この体は大量に油ものを摂取しても気分が悪くなったりしないからな。若い身体万歳だ。
「よくそんなにタマネギばかり食べられるな……」
ちょっと呆れたように宰相が笑った。僕はすでに、五個目のタマネギに取り掛かっている。確かに言われてみればその通りだ。ちょっと恥ずかしくなって、目を逸らした。
「揚げたタマネギひとつで自分たちは獅子になれるって歌詞の軍歌があるので、それにあやかろうかと」
「なに、獅子だと? あのどこぞの元皇帝みたいになるのか?」
「えっ!? いや、それはちょっと……」
アーちゃん……あの変人元皇帝みたいになるのは正直勘弁願いたい。いや、そもそも獅子獣人全員があんな性格してるわけないだろ、流石に。
「まあ君があの色ボケ女のような性格になったら、それはそれで楽しめそうだがねえ? ワハハハ」
「
額に青筋を立てながら、母上が立ち上がった。……そりゃそうだよな、うん。僕はすっかり慣れてしまってるけど、この世界の常識ではアデライド宰相は大概だからなあ……母親の前でそんな言動したら、そりゃキレられて当然だわな……。
「アッ……いや、これは……」
「お義母様、この人さっきお兄様のお尻を触ってたよ」
「いいだろう。表に出ろ」
「……すいません私が悪かったです許してください」
アデライド宰相は自身の護衛のネルのほうを見たが、彼女はニヤニヤ笑いのまま首を左右に振るだけだった。どうやら、ご主人様を守る気はさらさらないらしい。宰相は顔を青くして、即座に謝った。同じ
しばらく、そんな益体のない雑談をしながらの食事が続いた。戦闘の緊張がやっとほぐれて来たのか、みな多弁だった。そして山盛りのタマネギがなくなったころ、ぽつりとフィオレンツァ司教が言った。
「しかし、一時はどうなるかと思いましたが……なんとかこの内紛は短期間で収束させられそうですね」
「まだ、油断はできませんけどね。しかし、峠を越したのは確かです」
敵の主力部隊である第三連隊は撃破した。他にも敵は残っているが、情報を聞く限り数・装備・練度ともに第三連隊ほどの脅威度ではない。これらを撃破し、オレアン公とその娘イザベルを捕縛すればこのクーデターは解決……となるはずだ。問題は避難民だが……。
「アルベールさんが無事でよかった。クロスボウで打たれた時と言い、敵に奇襲を受けた時と言い……わたくし、もうハラハラしてしまって」
「ご心配をおかけして、申し訳ない」
自分でも相当ビビったよ、あれは。やはり指揮官先頭は考え物だな。できれば後方の安全な場所で指揮したいんだが……無線どころか有線通信もないこの世界では、それはかなり難しんだよな。結局、僕自身が前に出るのが一番手っ取り早いという結論になってしまう。
「大切なお体なのですから、わたくしとしてはできればアルベールさんには……」
フィオレンツァ司教の発言を遮るように、ダイニングルームの扉が乱暴に開かれた。室内にいる全員の視線が、ドアに向かう。そこに居たのは、顔を真っ赤にして息を切らせた一人の兵士だった。
「た、大変です、閣下!」
「どうした、藪から棒に。まあ、落ち着き給え。おい、給仕。水を一杯……」
兵士の様子は尋常ではない。アデライド宰相は彼女を咎めず、落ち着かせようとしたが……
「国王陛下が、誘拐されました!」
兵士の言葉に、僕は一瞬思考が凍り付いた。国王陛下が? 誘拐された? いったい、どうやって……。
「え、は……? なんでぇ……?」
皆が凍り付く中、顔を真っ青にして呟くフィオレンツァ司教の言葉が妙に耳に残った。……これは、不味い事になったかもしれない。
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