第125話 次期オレアン公と野望

 わたし、イザベル・ドゥ・オレアンは安堵していた。私の目の前には、国王が居る。近衛騎士団の警戒が緩んだ隙を突き、誘拐したのだ。国王は手枷をはめられているものの、暴れる様子はない。それどころか、スヤスヤと眠っている。抵抗されないよう、特殊な睡眠薬を投与したのだ。

 準備不足ということもあり、武力だけでクーデターを成功させるのは難しい。いかな精鋭の第三連隊とはいえ、王軍が全力で抵抗すれば敗北する可能性は十分あった。……だからこそわたしは、第三連隊が破れることを前提に作戦を立てていたのだ。

 第三連隊が戦っている間、わたしは手勢と共に王城内に潜伏する。そして連隊が劣勢になり、城内の近衛騎士団が外へ打って出たタイミングを狙って国王を誘拐する。あとは王城内にいくつも設けられた秘密の脱出経路のうちの一つを使い、こっそりと城外に出るという寸法だ。連絡ミスで作戦の実行が遅くなったが……却ってそれが良かった。国王は愚かにも、自身の護衛である近衛騎士団の大半を避難民の保護へ出動させていた。わずかな手勢でも、攫うのは簡単だった。

 現在、我々は平民街に用意したセーフハウスに滞在している。国王を奪還されるリスクを考えれば、貴族街にある我が屋敷には戻れない。ここで一夜を明かし、夜明けとともに王都を発つ……そういう計画だ。


「ふふ、くくく……一時はどうなるかと思ったが、なんとかなるものだ。これも極星のお導きという訳か」


 国王の身柄さえ押さえてしまえば、話は簡単だ。王の名前を使い、『クーデターを起こしたのはオレアン家ではなく、宰相一派の方である』と発表する。むろん、今さらこんなことを言ったところで信用する者はいないだろう。しかし、牽制にはなる。日和見している連中が宰相や辺境伯に手を貸す事態を避けることができれば、それで良い。目的は、あくまでわが領地からの増援が到着するまでの時間稼ぎだ。


「お待たせしました」


 そういって豆茶を持ってきたのは、わたしが寵愛を与えている男奴隷だった。高揚のせいか、妙にむらむらしている。秘密のセーフハウスだ、宰相一派に見つかることもあるまい。一戦くらいやっても問題ないだろう。一瞬そう思ったが……やめておく。すべてうまく行けば、わたしはこの国の支配者になる。そうすれば、他家に婿に出されてしまった弟を取り戻すことができるのだ。性欲解消の道具程度にしか思っていない相手とはいえ、身体を重ねるのは弟に申し訳が立たない。


「……ふう」


 豆茶の苦い味が、わたしに冷静さを取り戻させた。セーフハウスの外からは、ひっきりなしに怒号や悲鳴が聞こえてくる。避難民騒ぎは、平民街全体を包んでいるのだ。セーフハウスの周囲の平民たちも、王都から脱出しようと群れを成して街門へと向かおうとしていた。

 これだけ混乱した状況だ、宰相一派はこちらの動きを掴めまい。流言飛語をばらまいて、平民どもの危機感をあおった甲斐があったという物だ。時間稼ぎという目的を考えれば、男ごときに敗北した第三連隊の軟弱者たちよりもこの馬鹿な平民どものほうがよほど役に立っている。せいぜい暴れて、宰相や辺境伯の手を焼かせてもらいたいものだ。


「わたしはそろそろ休む。払暁と共に、王都からは脱出する予定だ。準備はしっかりやっておけよ」


 そう言って、わたしはベッドに向かった。セーフハウスと言っても、元は平民の一家が住んでいた小さな家だ。部屋数は極端に少ないため、この部屋以外に寝室に使える場所はない。国王陛下と同室で寝るとは、まったく光栄なことだ。そんなことを考えていた矢先である。


「突入!」


 そんな大声と共に、ドアを破るような音が別室から聞こえてきた。わたしは慌てて壁際に立てかけていた愛剣を引っ掴み、護衛たちとともに寝室から飛び出した。この部屋の窓は小さく、脱出には使えない。敵襲が来たのなら、正面から打ち破る以外の選択肢はないのである。

 寝室の向こうは、そのまま玄関を兼ねた食堂になっている。そこに居たのは、完全武装した大勢の騎士たちだ。宰相一派に嗅ぎつけられたか、一瞬そう考えたが、違った。騎士たちの纏っているサーコートに描かれた紋章には、見覚えがあった。


「グーディメル家の家紋だと……!?」


 ガレア王国には、四大貴族と呼ばれる名家がある。グーディメル侯爵家は、その一つだ。……とはいっても、我々オレアン家やスオラハティ辺境伯家に比べるとその存在感は限りなく薄い。先代の当主がとんでもない浪費家で、身代を食いつぶしてしまったのだ。

 現在は、過去の栄光と権威だけでかろうじて大貴族扱いされている有様であり、政治の場でも軍事の場でもまったく目立つことがない。四大貴族とは名ばかりの、地味な連中だった。


「お久しぶりね、イザベル」


 騎士の一人が、兜のバイザーを開く。……知っている顔だ。グーディメル家当主、バベット。わたしの幼馴染である。


「貴様……助勢に来た、という顔ではないな。まさか……」


「逆賊を成敗しに来たの。当然でしょう? わがグーディメル家は国王陛下の忠実なしもべ、王家の敵は我らの敵だもの」


 ニヤニヤと笑いながらそんなことを言うバベットだが、彼女の思惑など考えるまでもない。国王の身柄を横から掻っ攫う気なのだ。グーディメル家は、政治力も軍事力もゴミ同然。自身で事態を動かすような能力はない。……が、国王を手中に収めれば話は変わってくる。この女は、我々のクーデターを利用してお家の再興をするつもりだろう。


「今の王宮は、政治を私物化する佞臣ねいしんばかり。只人ヒュームの分際で宰相なんてやっている成り上がり者を筆頭に、ろくでもない下賤の屑どもしかいない。大掃除をするには、いい機会でしょう?」


「漁夫の利を狙うとはな。ふん、博打打ちの娘も博打打ちだったということか、血は争えんな」


「隙を見せるあなた達が悪いのよ」


 そういって、バベットは悪びれもしない。……わたしは無言で周囲を見回した。わたしの手勢は、誘拐作戦の際に近衛騎士団と交戦し、ずいぶんと損耗している。それに対し、バベットの部隊はそれなりに多い。これは、ちょっと……いや、かなりキツいかもしれない。


「しかし、どうやってここを嗅ぎつけた? オレアン公爵家の中でも、このセーフハウスの存在を知る者はそう居ないというのに」


「あなたが可愛がっている肉棒奴隷が居るでしょう? アレね、実はわたしのお下がりなのよ」


「……貴様!」


 怒りのあまり、わたしは剣を抜き放った。あの男がスパイだったとは……! この女、どうやらかなり前からわたしの身辺を嗅ぎまわっていたらしい。


「ハハハハ……! せいぜい抵抗しなさい。あなたの首級は、グーディメル家再興の礎になるの。光栄に思いなさいな。……行きなさい、突撃!」


 バベットの号令に従い、配下の騎士たちが襲い掛かってくる。わたしは剣を構え――


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