第122話 くっころ男騎士とタマネギ
「こんなこったろうと思ったよ」
ニヤニヤと笑いながら、母上は背負い式の大きなカゴを床へ置いた。その中には、大量のタマネギが入っている。
「こういう場合、第一に不足するのは兵糧だからな。準備しておいて……」
「ふひいーっ!」
母上の発言を遮るように、ロッテが大声を上げながら
「……まあ、とにかく大した量じゃないが食材は持ってきた。ハラが減っては戦はできぬ、だ。話を聞く限り、戦いは明日も続くんだろ? これ食ってさっさと寝ちまいな」
「母上! 流石ですね……助かります」
こんな夜更けに何の要件かと思えば、食料の差し入れだった。このままではレンガみたいな堅パンやら無駄に塩辛い干し肉やらで飢えを凌がなくてはならないところだったので、非常に助かる。別に保存食が嫌いなわけじゃないが、飯がウマイにこしたことはないからな。新鮮な食材は大歓迎だ。
「それでは、お預かりします」
使用人が出てきて、カゴを厨房へもっていこうとした。……が、宰相宅の使用人は、ほとんどが
「仕方がない。アタシが直々にメシを用意してやるよ。アルの好きな揚げタマネギだ」
タマネギはこの辺りの特産品だ。旬になれば、安価で大量に出回る。おまけに保存も利くということで、王都の庶民たちにとっては救世主といっても過言ではない食材である。さして裕福でもない我が家でも、馴染みの料理だった。……ちなみにタマネギというと動物に食わせてはいけない食材の筆頭だが、どうやら獣人たちには全く影響がないようだ。平気でバリバリ食べている姿をあちこちで見るからな。
「アルは揚げたタマネギが好きなのか?」
興味深そうな様子でスオラハティ辺境伯が聞く。タマネギといえば、庶民の野菜だ。ブロンダン家のような貧乏騎士一家ならともかく、辺境伯のような大貴族の食卓に出てくることはあまりないだろう。
「ええ……まあ」
少し恥ずかしくなって、僕は頬を掻いた。もともと、あんまり食事に拘るタイプじゃないからな。安くてウマくてたっぷりあるならもう文句なんてあるはずもないんだよ。
「ふうん……」
自分の顎を撫でながら、スオラハティ辺境伯は考え込んだ。そして母上の方へ歩み寄り、笑いかける。
「では、デジレ殿。私にも少しばかり手伝わせてくれるかな? 実は私も、料理が趣味でな。少しばかり気晴らしがしたい気分なんだ」
「アンタみたいな大貴族様が? そいつは意外だ。……ええ、ええ。結構ですとも。しかし、アタシがやるような雑な調理法を見たら、憤死しちまうかもしれませんが」
この世界の女性にしては珍しく、母上は家庭内でもよく料理を作っていた。しかしその調理法は、軍隊仕込みの極めておおざっぱなものだ。前世の世界で言うところの、男料理に近い。料理なんて、量があって味が濃ければなんでもいいと思っている節がある。……僕に関しても、完全に同類だからな。その手の雑でジャンキーなメシは大好物だが。
「ほう、それは逆に楽しみだ」
「なるほど? まあ結構結構。では調理場をお借りしますよ、宰相閣下!」
「あ、ああ……」
勢いに押され、アデライド宰相は困惑しながら頷くことしかできない。ため息を吐く彼女をしり目に、母上はロッテと辺境伯を伴って調理場へ行ってしまった。
「……まあ、お邪魔虫が出て行ってくれたのはいいか。まだ一匹残っているが」
ぼそりと呟きつつ、宰相はカリーナを一瞥する。よくわかっていない様子で小首をかしげる我が義妹だったが、そんな彼女に構わずアデライド宰相はスススと僕の傍に寄ってきた。あ、これは来るなと直感するのと同時に、彼女の手が僕の尻をわしづかみにする。そうそう、宰相閣下はこうでないとな。一周まわって安心感すら覚えるわ。
「……あの……アデライド……」
「気にすることはない、楽にしなさい」
気になるし楽にするのも無理だよ!! そんな僕の心の叫びを知ってか知らずか、宰相はその美麗な顔に好色な笑顔を張りつけ、僕の尻をスリスリと揉み続ける。
「んなっ! な、な、な、何を……!」
その光景を目撃したカリーナは、当然顔を真っ赤にした。……いや、よく考えたらコイツも初対面で僕を犯すとか言ってなかったか? 尻を揉むよりそっちの方がひどい気もするんだが。……どっちもどっちか?
「職権乱用だ! 私はアルの上司で債権者だからねぇ? 当然、アルの尻を撫でくり回す権利だって持ってるわけさ……羨ましかろう! ムハハハ!!」
殊更に悪そうな顔でそんな宣言をするアデライド宰相。……ふーむ。やはりアデライド宰相もストレスが溜まってるみたいだな。宰相は根っからの文官肌だし、今日のクーデター騒ぎはなかなか辛いものがあったろう。殊更に悪ぶって見せて、精神の均衡を保とうとしているわけだな。
「げ、下衆すぎる……」
ドン引きしている様子のカリーナだが、お前も大概だぞ。いや、宰相の方も大概だが。
「お互い、積もる話もあるだろう? 食事が出来上がるまでの間に、情報交換をしておこうじゃないか。もちろん、機密に触れる話もある。カリーナ君に聞かせるわけにもいかないから……二人っきりで、な?」
「あ、ごめんなさい。用事があるのでムリです」
こんな美女と個室で二人っきり……なるほど魅力的な提案だ。しかし、悲しい事に僕にはまだやるべき仕事が残っていた。割と真面目に残念だよ。クソッタレめ。いや、カリーナを一人で放置するわけにもいかないので、結局こんな提案は飲めないんだけどな。今日はカリーナにもだいぶ悲惨な光景を見せてしまった。あんまり一人きりにはしておきたくない。母上がロッテを連れてきてくれたのは、とても有難い。
「用事? 一体なんだというのかね、この私を差し置いて……」
「捕虜にしたジルベルト連隊長ですよ。自害でもされたらコトですから、もう一回釘を刺しに行かなくちゃ」
パレア第三連隊隊長、ジルベルト・プレヴォ……捕虜となった彼女もまた、この屋敷に勾留されていた。彼女は自分の首を差し出すなどと言っていたが、とんでもない。あんな軍人の鑑のような人物を、簡単に殺すわけにはいかないだろ。
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