第121話 くっころ男騎士と休養

 反乱に加担したことに対して一切の責任を問わないことを明言すると、パレア第三連隊のほとんどの兵士たちは大人しく投降を受け入れた。そもそもの話、第三連隊以外の部隊も含めると反乱に参加した兵士は二千人を超えるだろうからな。これら全員を投獄したり処刑したりするのは、現実的ではない。王軍の戦力が大幅に低下してしまう。

 とはいえ、流石にそのまま放置しておくことはできない。なにしろ、平民街の避難民騒ぎはまだ続いていたからな。駐屯地に返すことすらままならない状況だ。とりあえず一時的な武装解除の上、今日のところは路上で野営させることに決めた。

 それらの処理が終わったころには、すでに夜中になっていた。この世界では街灯はまだ生まれていないから、街を照らしているのは月と星だけだ。ハッキリ言って、部隊を組織だって運用できるような状況ではない。避難民たちがひどく気になったが、今日のところは僕たちも休むことになった。


「う、うわあああああっ!? 私の屋敷が!?」


 僕は野営でも構わなかったのだが、辺境伯は「せっかく街中なのだから、できれば屋根のある場所で寝たい」と言い始めた。まあ、それもその通りである。そこで、ちょうど手近にあるアデライド宰相の屋敷で一泊させてもらうことにしたのである。……が、よくよく考えれば宰相閣下のご自宅は戦場になっていたわけだ。それはもう、ひどい有様になっている。

 正門は砲撃で吹っ飛ばされているし、屋敷の中も鮮血の跡が生々しい。家具や調度品もひどく損傷し、廃屋の方がマシなんじゃないかとすら思えるような状態だ。包囲解除に伴い、やっと帰宅することが出来たアデライド宰相は屋敷に入るなり顔を真っ青にしてぶるぶると震え始めた。


「ああっ、大溟ダイメイ帝国から仕入れた壺が! はわっ!? サマルカ星導国で描いてもらった肖像画も! ああ、ああ、なんてことだぁ……」


「大変申し訳ありません」


「悪かったとは思っている……」


 半泣きになりながらうろたえるアデライド宰相に、僕とスオラハティ辺境伯は平謝りすることしかできなかった。反乱軍に占拠されていたアデライド邸だが、その時点では大きな混乱もなかったため屋敷はそう荒れていなかった。こんな状況になったのは、僕たちの部隊が突入したせいである。

 僕たちが居るのは、アデライド邸の正面ホールだった。豪華だが成金趣味のうかがえる落ち着かない空間だったその部屋は、いまや荒れに荒れたひどい有様になっている。宰相お気に入りの美術品の数々もズタボロだ。屋敷を制圧下反乱軍部隊は比較的淑女的・・・な連中だったお陰で、使用人たちは無事だったが……みな疲れ切っているので、片付けも後回しにされている。


「うう……い、いや、君たちを責めるのはお門違いだろうが……しかしこれは……高かったのに……ああ……」


「家族や使用人は誰一人ケガもしてないんですから、別にいいじゃないですか。買いなおせばいいんですよ買いなおせば」


 ヘラヘラと笑いながらそんなことを言うのは、宰相の護衛兼腹心の騎士、ネルだった。竜人ドラゴニュートとしては珍しく小柄な彼女に抱き着いた宰相は、そのままギリギリと締め上げた。


「理屈としてはその通りだが貴様の態度が気に入らんわーっ!!」


「グワーッ!!」


 悲鳴を上げるネルだが、この程度で強靭な竜人ドラゴニュートが痛みを感じるはずもない。単なるじゃれ合いだろう。僕は少し笑って、肩から力を抜いた。アデライド宰相は、コントめいたやり取りで僕たちの緊張を抜こうとしてくれているのだろう。忙しいばかりでいい事などまったくない一日を過ごしてしまったせいで、全員疲労もストレスも溜まっている。


「いや、本当にすまないな」


 くたびれた笑みを浮かべつつ、辺境伯は肩をすくめた。汗を流すため、彼女はさきほどまで風呂に入っていた。そのせいで、ソニアと同じ色合いの空色の髪はしっとりと濡れている。風呂上がりの妙齢の美女……めちゃくちゃ色っぽいよな。いや、親友の母親にそんな感想抱いちゃイカンのだけども。


「まあ、仕方ないというのはわかるが……はあ」


 ため息を吐いてから、アデライド宰相はネルから身体を離した。


「ところで、ヤツが風呂から出てくる前に相談しておきたいのだが……明日以降はどうするつもりなのかね?」


 ヤツというのは、おそらくフィオレンツァ司教だろう。王城は解放できたので、彼女には大聖堂に帰ってもらおうとしたのだが……まだ自分の仕事は終わっていないと言われてしまった。どうやら、司教もこの屋敷で一夜を過ごそうというハラらしい。それを知ったアデライド宰相は、露骨に嫌そうな顔をしていた。


「第三連隊は撃破したが、反乱部隊は他にもいる。そちらの鎮圧に回りたいところだが……街の避難民たちが問題だな」


 スオラハティ辺境伯は困ったような表情でそう答え、僕の方に目配せした。


「偵察部隊を送りましたが、平民街の方は本当にひどい有様みたいですね。日が暮れてからも、混乱は収まっていないようです。今は手すきになった近衛騎士や大聖堂から派遣された司祭たちが治安維持活動にあたってくれていますが……どう考えても手が足りませんね。明日以降は、我々も手を貸すべきでしょう」


 本音を言えば、僕たちの部隊もすぐに平民街に向かいたかったのだが……激戦の後だ。兵士たちは皆疲れ切っている。しっかり休ませないことには、行軍すらままならない。それに、実戦直後で気の立っている兵士たちを、民間人の誘導に充てるのはなんだか怖いからな。

 代わりに治安出動したのは、近衛騎士たちだった。彼女らも疲れ切っているのはこちらと同じだろうが、国王陛下の鶴の一声があった。このクーデターによって、王家の威信が揺らぐことを恐れているのだろう。王家の紋章を背負った近衛騎士団たちを積極的に動かすことにより、民に安心感を与える作戦だという。まあ、イメージ戦略だな。


「そうなると、戦力を分散せざるを得ないわけか。厄介だな」


 辺境伯は不満げに唸った。大量の避難民が、一気に街の出口に集まっている状況だからな。そいつらを全員家に連れ戻そうと言えば、人手はまったく足りない。反乱軍の鎮圧をしつつ、避難民の誘導もする……現状の戦力では、ほぼ不可能に近い。治安維持に忙殺されている間に、再び王城が包囲される事態もありうる。


「一応、いくつかアイデアはあります。明日の朝までに、作戦としてまとめておきます」


 すでに時刻は夜中だ。そんなことをしていたら、寝ている時間は無くなるが……まあ、体力には自信がある。一日二日程度の徹夜なら、どうということはない。寝不足で指揮に影響が出る可能性は否定できないが、無策のまま明日を迎えるのはもっと不味いしな。


「すまないが、頼む。それから……」


 スオラハティ辺境伯の言葉を遮るようにして、誰がの腹から大きな音が鳴った。アデライド宰相が顔を真っ赤にして「すまん」と言った。


「昼から何も食べていないのでな……夕食、いや、夜食の準備はまだなのか?」


 恥ずかしさを誤魔化すように、宰相は近くに居た使用人に聞いた。空腹なのは、僕も一緒だ。早くメシにありつきたいのだが……。


「アッ! ……申し訳ありません、食事の用意ですが……できません」


「エッ!?」


「備蓄していた食品は、すべて反乱軍が徴発してしまいまして……兵糧にするとかなんとか、言っておりましたが」


「エエッ!?」


 宰相は素っ頓狂な声を上げた。僕も、まったくもって同感である。いったいどうしようか、部隊で備蓄してある保存食を食うしかないか……そう思っていたところで、別の使用人がこちらに走り寄ってくる。


「ご主人様! お客様が来られました」


「客!? こんな時間にか。いったいどこのどいつだ?」


「デジレ・ブロンダン様です」


 ……えっ、母上!?

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