第32話 くっころ男騎士とダラけた傭兵

 それから、数日が経過した。傭兵団が到着したことで工事は本格化したが、ここで問題が発生した。工事に遅れが発生し始めたのだ。理由は簡単、傭兵側のやる気のなさである。


「連中、隙を見つけてはサボってますぜ。まったくロクな連中じゃありやせんな」


 指揮用天幕に入ってくるなり、ヴァルヴルガ氏が憤慨した。約束通り、彼女には部隊の手伝いをやってもらっている。膂力に優れた熊獣人は、土木工事のような重労働ではちょっとした重機くらいの活躍を見せてくれる。


「みたいだな。……まあ、一杯飲んでいきなさい」


 僕は小さく唸ってから、カップに香草茶をいれてヴァルヴルガ氏へ差し出す。「こりゃどうも」と受け取った彼女は、憤懣やるかたないようすで椅子に腰を下ろした。


「本来なら、今日中に第一塹壕線と物見やぐらが完成する予定でしたが……この様子ならおそらく明日にずれ込む可能性が高いものと思われます」


 そう報告するのは、ソニアだ。彼女は唸りつつ、天幕の外へ視線を向ける。外では、傭兵たちがいかにもやる気の無さげな動きで作業を続けていた。


「こういう遅れは、どんどん積み重なっていきますぜ」


 副官と熊獣人の意見は一致しているようだ。敵がいつ来るかわからない状況なのだし、工事は予定より早く終わらせたいくらいだからな。未完成の中途半端な防衛線で敵と相対する羽目になれば、こちらは間違いなく壊滅する。


「連中にやる気を出させるかなんとかしないと、取り返しのつかないことになるんじゃありませんかね?」


「そりゃ、その通りだがな。傭兵共は土木工事なんてのは兵隊の仕事じゃない、くらいに思ってるだろうな」


 前世の古代ローマ兵は自前で道を舗装したり建築したりしていたらしいし、前世の僕が所属していた軍隊でも穴掘りは兵士の基本的な仕事の一つだった。しかしこの世界では、その常識が通用しない。

 攻城戦以外で塹壕などを構築することがまれだという事情もあるし、土を操る大地属性魔術師なる存在が居るのも原因の一つだ。ちょっとした工事くらいなら、この大地属性魔術師が一人いれば終わってしまう。


「だいたい、このままじゃうちの大地属性魔術師……ロジーヌに負担がかかりすぎる」


 とはいえ、本格的に魔術を修めた人間はそう多くない。僕の部下にも、この手の魔法が使える人物は一人きりだ。この防衛線の構築はなかなか大規模な工事になる予定なので、流石に魔術師一人きりで作るのは無理がある。手が足りないぶんは、人力でなんとかするほかないんだが……。


「人足を増やすわけにはいかんのですかね?」


「補給体制がギリギリすぎる。荷馬車が少なすぎて、食料をここまで輸送するだけでも大変なんだ。このあたりは小さな川しかないから、船も使えないし……」


 この後持久戦をすることを考えれば、正直傭兵たちの食べる分だけでカツカツ、というのが実情だった。防衛線が完成しても、兵士が腹ペコではまともに戦えないからな。

 だいたい、辺境開拓地であるリースベンは人口自体が少ないからな。募集をかけてすぐ人足が集まるほど、労働者は余ってないんだよ。


「現状の人員で対処するしかないというのなら、仕事をしていない傭兵は見つけ次第半殺しにするのはどうでしょう? 恐怖を覚えればこちらのいう事に従うはずです」


 相変わらず、ソニアは物騒だ。僕は小さく息を吐いて、香草茶で唇を湿らせた。


「半殺しほどじゃないだろうが、向こうでもサボっているのを見つけたら鉄拳制裁をしているようだからな。それで効果が薄いんだから、罰則を強化しても仕方がないように思える」


 下士官が兵を殴っている姿は、工事現場のあちこちで見かけることができた。末端はともかく、傭兵団の管理者層はこの工事の重要性を認識してくれているようだ。とはいえ、それで統制が執れているかといえば怪しいものがある。

 ……しかし、鉄拳制裁か。僕はあんまり好きじゃないな。殴るくらいなら、腕立て伏せなりランニングなりをやらせた方が効果的だ。とはいえ傭兵団はあくまで臨時雇いであり、気に入らないというだけでその方針に口を出すわけにはいかない


「結局、一番の問題は当事者意識の無さだ。不利になれば自分だけ逃げればいいと思っているから、やる気が出ない。だから、罰則が鉄拳から半殺しになったところで、脱走兵が増えるだけだ」


 まあ、傭兵と言っても給料は大したことがないという話だからな。そういう面でもやる気が出ないのは仕方がないし、圧力をかけ過ぎれば連中は躊躇なく現場を放棄してどこかへ消えてしまうだろう。こちらに脱走兵を取り締まるだけの警察能力がないのだから、なおさらだ。


「そりゃあまあ、その通りなんですがね。ここが敵に抜かれれば、リースベンが滅茶苦茶にされるわけでしょう? 連中には頑張ってもらわにゃ困ります」


 一方、ヴァルヴルガ氏のほうはそんな気楽なことも言っていられない。なにしろリースベンは彼女の故郷だ。そう簡単に捨てるわけにはいかない。当然、作業にもずいぶんと身が入っていた。成り行きで部下になった彼女だが、今となってはずいぶんといい人材が手に入ったと満足してたりする。


「そりゃ、僕も一緒さ。敵軍の捕虜になればロクなことにならないだろうし、命からがら中央に逃げ帰っても敗北の責任からは逃れられない。リースベン領と僕は一蓮托生と言っていい」


「兄貴……!」


 ヴァルヴルガ氏は感激した様子で身を乗り出し、そしてカップに入った香草茶を一気に飲み干した。


「わかりやした。このヴァルヴルガ、ひと肌脱ぎやしょう。あの腑抜け共のケツを蹴り飛ばして……」


「だからそれでは駄目だとアル様が先ほどおっしゃっていただろうが!」


 目をギラギラさせながら立ち上がった彼女を、うんざりとした様子のソニアが止めた。


「余計なことをするな。アル様に任せておけば万事うまく解決してくれる。貴様は言われた事だけをやっていれば良い」


 ……信頼が重いぞ、この幼馴染!


「ですよね、アル様」


「アッハイ……」


 なんだろうなあ。悪い子じゃないんだけどな……。必要ならば、自分から泥をかぶるくらい平気でしてくれるし……。でも重いんだよな性格が。そこに目をつぶれば真面目で有能な、僕にはもったいないくらいの友人で副官なんだけども。


「ま、まあ手を打っているのは確かだ。荒っぽい方法に出るのは最終手段にしてくれ」


 額に滲んだ冷や汗を拭きつつ、僕は言った。実際、この手のトラブルには前世でも現世でも嫌になるほど遭遇している。今回もこういうことになるだろうなと最初から分かっていたので、事前に準備はしておいたんだ。


「少し待っていてくれ。明後日の朝には、連中もそれなりにまじめに仕事をやってくれるはずだ」

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