第31話 くっころ男騎士と土木工事

 方針が決まったら、あとは行動するだけだ。休暇の終わったヴァレリー傭兵団を補給物資を満載した荷馬車隊や防衛線設営に必要な技術者たちとともに国境地帯へ送り出した。

 僕たちのほうも、ノンビリしているわけにはいかない。レマ市からやってきた文官たちに行政業務を引き継がせると、即座にヴァレリー傭兵団を追いかけた。

 とはいえ、僕たち騎士隊はアデライド宰相の尽力により軍馬を再び手に入れることが出来ていた。当然、徒歩で移動する傭兵団に途中で追いついてしまった。状況が状況だけに、合流はせずそのまま追い抜くことになる。


「やあ、早かったな」


 頬に付いた土をぬぐいつつ、僕は到着したヴァレリー隊長らを迎えた。場所は、峻険な山脈の谷間に築かれた粗末な街道の途中だ。未舗装の荒れた路面に野良着姿の騎士たちがエンピ(関東ではスコップ、関西ではシャベルと呼称される土木用品)を突き入れていた。


「雇い主ばかりを働かせてちゃ、傭兵の名折れだからな」


 にやと笑ってから、ヴァレリー隊長はあたりを見回す。


「なるほど、ここに防衛線を引く訳か。確かに守りやすそうな立地ではある」


 周囲の岩山は非常に険しく、騎兵はもちろん歩兵でも突破は難しい。街道を通過した蹴れば、正面から平押しするしかないということだ。


「とはいえ、この狭さではこちらも満足に動けない。ここはいわば、第一関門だな。射撃戦である程度敵の数を減らしたら、そのまま放棄して後方に下がる予定だ」


 なにしろ、この場所は街道ぶんの幅しかないからな。戦場に設定するにはさすがに狭すぎる。すくなくとも、白兵戦は無理だ。


「妥当だな」


 ヴァレリー隊長は頷き、それから後ろを振り返る。並み居る傭兵たちは、ほとんどが顔に疲労の色を浮かべて汗まみれになっている。山間部とはいえこのあたりはそう標高も高くないので、非常に気温も高い。服を脱ぎ、半裸になっているものまで居た。僕にとっては非常に目に毒だ。


「荷下ろしが終わったら、いったん小休止! その後は騎士様方を手伝って差し上げろ」


「こ、このクソ暑い中穴掘りッスか?」


「あたしら、傭兵であって人足じゃないんスけど……」


 当然の如く、傭兵たちから不満が上がる。ま、傭兵なんていってもそこらのゴロツキとそう変わらないような連中だからな。真面目な働きぶりを期待しても仕方がない部分がある。


「るせー! テメーら穴を掘られるのは大好きだろうが! 立場が逆転したくらいで文句言うんじゃねえ!」


 とはいえ、ヴァレリー隊長も伊達で隊長をやっているわけではない。迫力のある声でそう叫ぶと、傭兵たちは仕方がなさそうに散っていった。


「……っと、失礼。紳士の前で言うような内容じゃなかったな」


 顔をこちらに向けたヴァレリー隊長が、若干申し訳なさそうな様子で言ってきた。穴というのは、つまりあの穴だろう。猥談が好きなのは、どこの兵隊も一緒だ。正直、全く気にならない。何しろ僕自身、前世では卑猥な替え歌を歌いながらのランニングをやらされたりしてたからな。


「気にしなくていい。僕も伊達や酔狂で騎士になったわけじゃないんだ。今さらこの程度のことでどうこう言うほどうぶ・・じゃあない」


「お労しや、アル様」


 後ろの方で、ソニアがボソリと呟いた。……たしかに、こんなことだから僕はモテないのかもしれない。貞淑な紳士としては、顔を赤らめて恥ずかしがるのが正しい反応だろう。なんか一気にテンション下がって来たな……。


「そ、そりゃあよかった、ウン」


 微妙な空気を感じ取ったのか、ヴァレリー隊長はバツの悪そうな表情で頬を書き、視線を部下たちに向けた。


「マリエル! アタシは代官殿と打ち合わせに入る。アホ共の監督は任せたぞ」


「はーい」


 どうやら、部下はともかく自分は休む気はないらしい。有難いことだ。こっちも正直、余裕があるとは言い難いからな。無茶ではない程度には頑張ってもらいたい。

 彼女の肩を叩き、街道の道端に立てた天幕へ案内する。簡易の指揮所だ。天幕の中には簡素な指揮卓と椅子、軍用の無骨な茶器などが並んでいる。


「ズューデンベルグ領に偵察を送ったが、まだ向こうは部隊編成が終わっていないようだ。だから、時間的にはギリギリなんとかなりそうだ」


 椅子に腰を下ろしながら、現状を説明する。翼竜ワイバーンを使った航空偵察なのでそこまで正確なところはわからないが、それでも隊列を組んで進軍を始めれば察知できない道理がないからな。

 とはいえ、偵察に使える翼竜ワイバーンは一騎士のみ。残りの二騎はアデライド宰相らが王都に帰還する足のため使えない。戦闘の結果が出るまではリースベンに滞在したいと言っていたアデライド宰相だが、万一僕らが負ければ彼女らにも危険が及ぶ。騎士隊の進発に合わせてお帰り願うことになった。


「それは助かるな」


 指揮卓に頬杖を突きながら、ヴァレリー隊長がため息を吐いた。卓上の地図を見ながら、小さく唸る。


「準備万端で迎え撃っても勝てるか怪しいんだ。いわんやまともな用意もなしで開戦、なんて事態は考えたくもねえ」


「そりゃ、僕も一緒さ。……ソニア、悪いがヴァレリー隊長に香草茶を出してくれ」


「はっ!」


 慣れた手つきで茶瓶を引っ張り出すソニアから意識を外し、ヴァレリー隊長の方を見る。足を組んで頬杖をつくその態度は悠然としているが、その内心はどんなものだろうか? 優秀な士官ほど、演技がうまいものだ。果たして今の状況をどう思っているのやら。


「最悪でも、中央からの救援が到着するまではここで持久しなくてはならない。気合を入れて作戦を練ろうじゃないか」

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