第30話 くっころ男騎士と作戦会議

 銃兵隊はライフルを受け取り、試射を始めた。発砲のたびに前世の現代銃とは比べ物にならないほどの白煙がもうもうと上がる。弾けるような重々しい銃声が、耳に突き刺さった。

 周囲の一般人たちには、演習をするからこの辺りには近寄るなと布告を出している。なので、余計な被害を気にすることなく好きなだけ実弾演習ができるってわけだ。前世と比べればあまりにも簡単な手続きだけで演習が出来るのは、とても有難い。


「今の手持ちの戦力では、ディーゼル伯爵軍と正面からぶつかれば絶対に勝てない。そのことは僕も認識している」


 銃声響く中、草原の隅に立てた陣幕の中で僕はヴァレリー隊長にそう行った。彼女は頬に出来た小さなカサブタを爪で搔きながら(どうやら昨夜のソニアとの殴り合いでできたもののようだ)、しばし思案する。


「あそこは確か、常備軍だけでもそれなりの数を抱えていたはずだ。しっかりと準備しての侵攻なら、それに少なくない数の傭兵部隊も追加されているはず。それに対して我々の戦力が歩兵一個中隊に、そちらが騎兵二個小隊……まあ、無理だな」


 傭兵団には、レマ市から軍馬を連れてくるように依頼していた。そのため、なんとか僕と配下の騎士たちは再び騎兵に戻ることが出来た。とはいえ、だからといって事態に光明が差したわけじゃない。騎兵の突撃は強力だが、それだけで勝てるほど戦争はラクじゃないからな。


「そうだ。とにかく、普通の野戦になったら負ける。だから、野戦はやらない。攻城戦だ」


「……は? 確かあの街道、砦の一つもないだろ? 野戦を仕掛けるしかないんじゃないのか?」


 ヴァレリー隊長が目を見開く。確かに、リースベン領とディーゼル伯爵のズューデンベルグ領を繋ぐ街道には、監視用の関所しかない。立派な砦を建てる計画はあったという話だが、予算不足により無期限延期になってしまったようだ。

 敵国との国境にまともな防衛施設の一つもないというのは非常に不用心だが、鉱脈が見つかるまでのリースベン領は侵略するうまみのほとんどない土地だったからな。油断してたんだろうな……


「確かに砦はない。砦はないが……ないなら作るほかない」


「つ、作る? そんな悠長なことしてて大丈夫なのか?」


 額に冷や汗を垂らしながら、ヴァレリー隊長は困惑する。……うん、まあ大丈夫じゃないよ。彼女の言いたいこともわかる。


「調べた限り、時間的余裕はない。近いうちにディーゼル伯爵軍は進発してくるだろう」


「間に合わないじゃないか!」


「間に合わせるしかない。国境の山岳地帯で伯爵軍を止められなかった場合、リースベン領内で戦闘することになるが……リースベンは森ばかりの土地だ。土地勘のない我々では、まともに戦えない」


 森林を利用したゲリラ戦は一見有効に思えるが、僕たちもヴァレリー隊長たちもリースベンへ来てからまだ日が浅い。無線もGPSもないような環境で慣れない森林戦をやるなんて、ほぼ不可能だ。


「現実的に考えて、この手しかないんだ。……砦と言っても、そんな大層なものじゃない。塹壕、土塁、馬防柵、鉄条網……野戦構築でなんとかなる範囲だ」


「……」


 ヴァレリー隊長は眉をひそめ、しばらく考え込んだ。このプランが実現可能かどうかを検討しているのだろう。


「アタシとしては、正直勝ち目が薄い気がするんだがな。というか、なんだ鉄条網って」


「有刺鉄線……ようするに、トゲ付きの針金だな。それを使って作るバリケードだ」


 針金自体はこの世界でも普及しているが、有刺鉄線はみたことがない。まだ発明されていないのだろう。


「そんなもんで敵が防げるのかね……」


「正直に言えば、実戦のデータがないので確たることは言えない。しかし、簡易的に構築できる防御設備としてはかなり効果的だろう」


 兵士に対しては不安にさせないために景気のいいことを言うよう心掛けているが、ヴァレリー隊長は士官相当の人間だ。懸念点は正直に共有する必要がある。

 鉄条網は日露戦争や第一次世界大戦で大規模に使用され、機関銃や塹壕との組み合わせですさまじい防御効果を発揮した。でも、それはあくまで前世の世界の話だ。魔法のようなイレギュラーのあるこの世界で、どの程度の効果を発揮できるかは未知数だ。正直、僕も不安を覚えている。


「……ま、やるしかないか。準備はできてるんだろうな?」


 ヴァレリー隊長は苦しげな呻き声を上げたが、ここまでくればもう否とは言えない。もう前金は渡してあるからな。これでバックレたら傭兵としての信用を失う。


「陣地を構築するための資材の調達は終わっている。食料、弾薬、飼料……このあたりも、今の部隊規模なら一か月は継戦できるだけ集めた」


「準備が良い事で」


「戦争の結果は、事前の準備で八割がた決まる。そういうもんじゃないかね?」


 小さく笑って、僕はヴァレリー隊長に聞いた。勝つべくして勝つ、というのが僕の主義だ。そのための準備を怠る気はない。この町に着任する以前から、僕は有事に備えてそれなりの手を打っていた。


「……いや、驚いたよ。確かにその通りだ」


 ヴァレリー隊長はヤケクソになったのか、愉快そうな表情で僕の肩を叩いた。ソニアが冷たい目つきで彼女を睨む。


「で、人足のほうはどうなんだ? 大規模な工事をするなら、結構必要だろう」


 人足……いわゆる日雇い労働者だな。工事をするなら、確かに必要だ。


「それなりには雇った。……でも、人手はいくらあっても足りない。君たちにも頑張ってもらうから、そのつもりで」


「……えっ!?」


 え、じゃないよ。当然だろうが。自分の身を守るための設備だぞ。……と言いたいところだが、この世界の兵隊は穴掘りをやらない。塹壕なんか、攻城戦でしか使わないのが普通だからな。嫌ってほどタコツボ(個人用塹壕。ようするにたんなるデカイ穴)を掘らされる前世の兵隊とは違うんだよ。

 隊列を組み、行軍し、戦うまでが兵士の仕事である……というのがこの世界の常識だ。こんなことを命じる僕の方が間違っている。間違っているが、背に腹は代えられない。リースベンは開拓地で、人が少ないんだ。そう簡単に暇を持て余した日雇い労働者は集まらない。


「むろん、貴様らだけに工事を任せるつもりはない。我々も可能な限り協力する。……まさか、騎士に穴掘りをさせておいて、自分たちは戦闘が始まるまでのんびりしているつもりではあるまいな、傭兵」


 ソニアが冷徹な声でそう言った。この世界の兵隊は穴掘りをしないといったが、こいつらは別だ。ソニアをはじめ、配下の騎士たちはほとんどが僕とは幼いころからの付き合いだ。野戦構築やら何やら、こちらの騎士が普通は習わないような事も叩き込んである。


「あ、ああ……うん、了解した……」


 何とも言えない表情で、ヴァレリー隊長は頷くのだった。

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