第33話 苦労人傭兵団長と詐術

 アタシ、傭兵隊長ヴァレリー・トルブレは、自分の部隊のあまりの士気の低さに辟易していた。


「そこ、ダラダラするな!」


「うぇーい」


 しゃがみ込んで煙草をふかしている部下に注意するが、返ってきた答えはいかにもやる気のない物だ。まだ半分ほど残った煙草の火を靴底で摺り消し、傭兵はいかにもダルそうに作業に戻っていく。

 ため息を吐きたくなった。あのソニアとかいう副官に、毎日のように文句をつけられている。三日目に完成するはずだったやぐらが、四日目の今日になってもまだ半分しかできていないのだから口を出したくなる気分はわからないでもない。


「とはいっても、うちらは土木屋じゃねえしなあ……」


 周囲に聞こえないような声で呟く。こういうのは、専門家に任せた方が良いに決まっている。なんで傭兵の自分たちにこんなことをやらせるんだと反論したくなったけど、相場より上の報酬をすでに貰ってるからな……。ちょっと文句は言いづらい。

 それに、進捗が遅いのはアタシらが素人だからというより、兵たちにやる気がないという理由の方が大きい。最初にもらった計画表では、ずいぶんと余裕が取られてたからな。クライアント側も、ある程度こちらが手間取るのは計算済みだったんだろう。


「どうすっかな……」


 傭兵団なんて気取って見せても、ウチの構成員の大半が傭兵にならなきゃスラムの裏路地で野垂れ人でいたであろう筋金入りのロクデナシどもだ。ハッキリ言って、まともに働かせるのはなかなか難しい。傭兵教育のおかげで短時間の戦闘ならばなんとかこなせるようになったが、娑婆じみた仕事となったとたんこれだ。

 残念なことに、クライアントが男というのも悪い方に働いているのだろう。男にアゴで使われるなんてゴメンだ、なんてことを大っぴらに語るヤツもいる。もちろん、その都度口止めはしている。万一あの狂犬じみた副官に聞かれたら、血の雨が降りかねない。

 とある領主貴族の三女だったアタシが、領地のロクデナシどもを更生させようと傭兵団を立ち上げた結果がこれだ。自分で引き入れた苦労だといえばそれまでだが、本当にもうちょっと真面目に働いて欲しい。


「隊長!」


 そこへ、副長のマリエルがやってくる。その表情は明るかった。


「どうした? 兵どもが突然奮起して作業効率が三倍になったのか?」


「い、いえ、そういうアレじゃないんですけど……」


 マリエルは表情を引きつらせた。


「カルレラ市からの幌馬車隊が到着したみたいです。酒も持って来たって話ですから、有難くいただいちゃいましょうよ」


「酒か、気が利いてるじゃないか」


 出来ることなら、あの男騎士殿にお酌をお願いしたいところだ。いや、記憶は残ってないがあの人には酒で醜態を晒したらしいからな。無理かな。残念だ。顔が結構好みだからって、ワンチャン狙ったのが宜しくなかった。

 今から考えると副官だのなんだのが見ているあのタイミングで仕掛けたのは失敗以外のなにものでもないが、戦闘と遠征のせいでムラムラ来てたので仕方ない。


「結構大規模な荷馬車隊だな」


 マリエルと共に向かった先では、何台もの幌馬車が止められ荷下ろしを始めていた。数からみて、カルレラ市にある荷馬車のほとんどを動員してるんじゃないか? 小さい町だからな、荷馬車だって大して無いだろうに。クライアント……アル殿はかなり兵站を重視するタチにみえる。

 エロ本の中から飛び出してきたようないかにも男騎士然とした華麗な容姿のアル殿だが、そのやり口はかなりの堅実派だ。野戦構築で砦を作ると言い出した時は正気を疑ったものだが、計画を見てみればかなり現実的にまとめていた。正直、かなり驚いたね。


「ウィスキーやブランデーとは言わんが、それなりのワインの一本でも貰えれば有難いんだが」


「薄めたビールもどきじゃ気晴らしにもなりませんからね」


 なんてことをマリエルと話しながら荷馬車隊の止まっている場所へ向かう。周囲にはすでに、物資を受け取ろうとアタシの部下どもや騎士隊の連中も集まってきていた。ちょっとしたお祭り騒ぎの様相を呈している。そこで、ふとあることに気付いた。


「男……?」


 荷馬車隊に混ざって、何人もの男が働いていた。それも、若くてきれいな男だ。これから戦場になるであろう場所で何をやっているんだろう、あいつらは。


「おい、誰か気の利いたやつが男娼でも呼んだのか」


 手近なところに居る部下を捕まえて聞いてみた。バカでかいパン籠をかかえたそいつは、でれでれと笑いつつ答える。


「いやいや、最初は私もそう思ったんですがね。どうも、カルレラ市の男たちのようです。『町を守ってくださる兵士様がたを、少しでも応援したい』だそうですよ? 殊勝なことじゃないですか」


「へ、へえ……」


 言われてみれば、うちの傭兵どもと楽しそうに話をしている少年たちの姿もあちこちで見られた。……しかし、どうもきな臭い。傭兵なんてものは食い詰めたゴロツキの集まりでしかない(その中でもウチは大概だが)。そんな連中に好き好んで近づいて来ようなんて男が、そうそういるもんかね。


「こっちに頑張ってもらわなきゃ困るからでしょうね、ちょっと水を向けたら夜の誘いにも簡単に乗ってきますわ。ここだけの話、すでに隠れておっぱじめてるヤツもいますぜ」


「……」


 これ、完全にクロじゃねえか。どう考えてもそいつらは普通の男じゃねえぞ。男娼だ。


「隊長もよさげな男を見かけたら確保しといたほうがいいですぜ。こういうのは早い者勝ちですからね」


「お、おう。ま、考えとくわ……」


 男娼に一般人のフリをさせて傭兵と寝させる。なるほど、考えたな。いくらうちの傭兵がクズの集まりでも、戦士である以上ベッドじゃ景気のいいことを言いたがる。防衛線が完成してなきゃまともな抗戦ができないのはわかりきってるからな、有言実行しようと思えば工事を頑張るしかない。

 タチの悪い策だ。あの頭の硬そうなソニアがこんな手を思いついたとも考えられないので、発案者はアル殿しかないだろうな。うちの連中は男だからとナメてるやつが多いが、とんでもない。


「頭がカラッポのアホに指揮されるよりはよっぽどマシだが……油断ならねえな。熟練の老将軍を相手にしてるくらいの気持ちで相対した方が良いぜ、あの男騎士様はよ」


「まさかそんな……ははは、相手は男ですよ」


 そう言ってマリエルは愉快そうに笑う。駄目だこりゃ……。


「うおー! これがはちみつ飴ッスか! うめー!」


 なんて考えていると、妙な声が聞こえてきた。そちらに目をやると、ちっこいリス獣人が手をブンブン振りながら大喜びしている。その隣には、当のアル殿がいた。慈愛に満ちた表情で、リス獣人に菓子をやっている。いや、孫娘をかわいがるおじいちゃんかよ。本当に何歳だよ、あの人は!

 なんだか毒気を抜かれて、アタシは大笑いした。ま、裏切られないぶんには味方は有能なほうがいいしな。悪い人間には今のところ見えないし、そこまで警戒しなくても大丈夫……か?


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