第7話 くっころ男騎士と怪しげな代官

 やたらと峻険な山脈に、巨大な急流。リースベンにたどり着くために、様々な自然の要害を突破する必要があった。一か月近い旅程を終えた僕の鎧は、砂塵を浴びてすっかりくすんでいた。


「やっと着いたか……」


 城壁というよりは土塁に近い、簡素な壁に覆われた小さな城砦都市を眺めつつ、僕は感慨深く呟いた。ここがリースベンの中心都市、カルレラ市だ。

 城砦都市といっても、所詮は辺境。現代人の目から見れば、町だか村だか判断が付きづらい規模でしかない。それでも、いつモンスターの襲撃があるのかわからない山道や樹海を超えて来た訳だから、随分と安心を感じる。


「予想よりも随分と栄えていましたね。てっきり、掘っ立て小屋が立ち並ぶような開拓村を想像していましたが」


 街は背の高い土塁に囲まれているため、外からはあまり様子がうかがえない。それでも教会の高い尖塔やら物見やぐらやらは目にすることが出来る。一応、都市としての体裁は整えているようだ。

 カルレラ市は山の中腹に建設された都市で、すぐ隣をそこそこ大きな川が流れている。視線を南の方へ向けると、農地と森がモザイク状に入り混じった開拓地を目にすることが出来た。煮炊きのモノと思わしき煙も上がっているため、農村もいくつかあるようだ。


「最悪馬小屋みたいなところで寝起きするのも覚悟していたが、これなら大丈夫そうだ」


 そう言って、僕も胸を撫でおろす。野営などには慣れているけど、流石に普段の生活はしっかりしたベッドで眠りたいからな。

 そんなことを話しているうちに、僕たちは街の正門の前までたどり着いた。巨大な丸太で作られた門は、素朴ではあるが非常に丈夫そうに見える。モンスターなどの襲撃に備えているんだろう。


「その旗は……アルベール・ブロンダン様ですね」


 門から飛び出してきた衛兵が、隊員の一人が掲げている紋章入りの旗をみて深々と頭を下げる。


「そうだ」


 僕は頷き、下馬する。部下たちもそれに続いた。相手は下っ端の衛兵だが、騎乗したまま過剰に偉そうな態度をとっても心証が悪いだろう。


「……驚きました、本当に男性の騎士様が来られるとは」


 衛兵は僕の顔をまじまじと見ながら、若干困惑したような声で言う。まあ、男騎士なんてものはどこへ行ってもレアキャラだから、この程度の反応は慣れたもんだ。


「よく言われるとも。……で、だ。陛下からの書状を預かっている。代官どのに取り次いでもらえるかな?」


 僕がそういうと、ソニアが背嚢から封書を取り出して衛兵に渡した。衛兵は封蝋に王家の紋章が捺されていることを確認してから、「確かにお預かりしました」と敬礼の姿勢を取る。


「すぐに代官が参ります、少々お待ちを」


「もちろん」


 先触れは出しているから、出迎えの準備はできているはずだ。向こうが嫌がらせをするつもりがなければ、大して待たされることもないだろう。

 その予想は、裏切られることはなかった。十分もしないうちに、正門から妙齢の女騎士が現れる。


「やあやあ、お待たせした!」


 女騎士は上機嫌な様子でズカズカと僕の前まで歩いてくると、ニコニコと笑いつつ握手を求めてくる。


代官のエルネスティーヌ・フィケだ。リースベンへようこそ!」


「アルベール・ブロンダンです」


 握手を返すと、エルネスティーヌ氏は笑顔のままブンブンと腕を振った。上機嫌すぎて逆に怖い。


「お噂はかねがね! お会いできて光栄だよ」


「どんな噂なのかはあえてお聞きしませんが、ありがとうございます」


 なにしろ僕は王宮でも浮いた存在だから、妙な噂も出回っているようだ。『貞操を売って昇進した淫売』なんているのが典型的だな。童貞のまま貞操が売れるとは思わなかったよ。詐欺の類か?


「ハハハ……正直に言えば悪い噂も聞いたことがあるがね、こうして顔を合わせてみれば、そんなものは根も葉もないデタラメだと理解できたとも」


「それは重畳」


 エルネスティーヌ氏は僕の背中をバンバンと叩きながら、ゲラゲラと笑った。騎士の清掃ということで僕も板金鎧を着用しているから、特に痛くはない。とはいえ、驚きはある。なんでこの人はこんなにハイテンションなんだ。困惑していると、頼りになる副官ソニアがずいと前に出てくる。


「元、と代官殿はおっしゃいましたが、まだ引継ぎは終わっておりません」


「いや、確かにその通り。まだ・・一応私が代官のままだね。さあ、さっさと交代の儀式をやろうじゃないか。さあさあ、さあさあさあ!」


 手を振り回しながら代官は踵を返し、正門の中へと戻って行ってしまった。衛兵たちに一礼しつつ、慌てて僕たちも後に続く。やはり代官のこの態度は何かおかしい。ちらりとソニアの方に視線を飛ばした。


「あの女、消しますか」


「いきなり物騒すぎる」


 ボソリととんでもない発言をするソニア。何でいきなりそんな発想になるんだよ。こっちもこっちで、何を考えているのかさっぱりわからない。


「何か企んでいる様子ですので」


「だからと言って直情的過ぎる……」


 普段はクールなのに、なぜこういうときは突然物騒な手段に出るのだろうか、この副官は。正直、本気で理解が出来ない……。


「とにかく、今のところはただ怪しいだけだ。何か仕掛けてくる可能性もあるが、それまでは手出ししない事。命令だぞ、分かったな」


「……了解いたしました」


 ため息を吐きつつ、僕はカルレラ市の中へと入っていった。

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