第8話 くっころ男騎士とカルレラ市

 木組みの正門を越え、市内へと足を踏み入れる。目の前に広がるのは、未舗装の大通りとその左右に連なる木造家屋だ。


「ほう」


 昼時だけあって、大通りには多くの住人の姿がある。注意深く、それらを観察する。通りに出ているのは、ほとんどが若者だ。辺境とはいえ、開拓に参加しようという人間は大半が若者だから、これはまあ当然か。

 しかし、見る限りほとんどの住人が竜人ドラゴニュートで、多少獣人が混ざっている程度。彼女ら亜人と呼ばれる種族は基本的に女しか生まれないため、繁殖に只人ヒュームの男を必要とする。

 男どころか只人ヒュームの姿すら見えないほどだから、この町はとんでもない女余りの状況と見てよさそうだな。これはちょっとよろしくない状況だな。若者ばかりの今は良くても、次世代が生まれてくれないと町は衰退していくばかりだ。


「良い町だろう?」


 そんな僕の心境を知ってか知らずか、現代官のエルネスティーヌ氏が振り返って聞いてきた。相変わらずのニコニコ顔だ。何が楽しいんだろうな、本当。


「ええ。正直なところ、驚いていますよ。思っていた以上に活気がある」


 まあ、嘘はついていない。確かに今のところ、町には辺境とは思えないほど活気がある。無骨な木造家屋も未舗装の道路も、みすぼらしいというよりは発展途上の逞しさを感じるほどだし。

 馬を連れ、全身鎧をまとった一団が入ってきたのだから、住民たちの方もこちらに注目している。とはいえ、遠巻きに眺めているだけで、近づいて来ようともしない。興味半分、警戒半分といったところだろうか?

正直なところ、あまり好意的な視線は感じない。この街では、住民と代官の関係はあまり宜しくないのかもしれないな。


「そうだろう、そうだろう」


 だからこそ、満面の笑みでこの町をほめたたえるこの代官は不気味だ。


「せっかくですから、この町についていろいろ教えてもらってもよろしいですか?」


 しかし、まさかソニアの主張するような先制攻撃を実行するわけにもいかない。とりあえず、情報収集がてらジャブを打ってみることにする。



「かまわないとも」


 頷く代官だったが、すぐに困ったように頬を掻く。


「……とはいっても、流石に王都のような大都市ではないからな。やっと教会の工事が終わったとか、パン屋のパン窯が新しくなったとか、その程度の話題しかないが」


「結構なことではありませんか。大きくない都市だからこそ、為政者の目も細部まで届くというものですし」


 代官という役職は、王や領主に代わってその地を統治するのが仕事だ。いきなり大都市を任されても、僕では手に負えないだろう。というかそもそも、武官がそのまま統治を担当する封建制という制度自体が、元現代人である僕から見るとだいぶ無理があるように感じるんだよな……。

 まあ、とはいえしかし、郷に入っては郷に従えという言葉もある。この世界で軍人としての栄達を目指すなら、この手の仕事は避けては通れない。


「ハハハ……一理ある」


 苦笑とも愛想笑いともつかない表情で、代官は空虚な笑い声をあげた。


「とはいえ、決してこの町を治めるのがラクというわけではないぞ。何しろ町としての機能はまだ未完成だ。喧嘩や盗みは日常茶飯事、蛮族どもは嫌になるくらいちょっかいをかけてくる……」


 その言葉だけは、やたらと実感が籠っていた。いままでのむやみに明るい口調からは考えられないような暗い感情を感じる。これが代官の本音らしいな。


「ええ、ええ。肝に銘じておきます」


 頷きつつも、周囲の警戒は怠らない。代官の仕事が大変なのは事実だろうが、何らかの陰謀に巻き込まれる可能性も極めて高いわけだからな。それらを同時進行しなければならないと思うと、若干憂鬱な気分になってくる。

 見た限り、住民たちの中に怪しそうな連中はいない。とはいえ、手練れの諜報関係者ならば軽く観察しただけでしっぽを出すような雑な変装はしていないはずだ。万が一誰かが襲い掛かってきた時にどう対応するかを、頭の中でシミュレートしておく。


「まあ、そんな話は落ち着いてからすればいいか。……そう大きい町ではないんだ。代官屋敷は、この通りを抜けてすぐだ」


 土がむき出しの大通りの向こうを真っすぐ指差し、代官が言う。その指の先には、小さな堀に囲まれた石造りの屋敷があった。砦と家を混ぜたような、ひどく無骨な施設だ。

 代官の住居兼仕事場となるこの施設は、いざとなれば町を守る最後の砦となる場所だ。モンスター、蛮族、敵国といった様々な脅威にさらされている辺境らしく、実用一辺倒の荒々しい雰囲気を放っている。


「ぜひぜひ、いろいろと聞かせていただきたく。見ての通りの若輩者でありますから」


 表面上だけは和やかに、僕はそう言った。この代官がどういうつもりなのかはわからないが、あえて喧嘩を売るような態度は避けたい。このリースベン地方をつつがなく治めるというのが僕の仕事なのだから、出来るだけ波風を立てないように気を付けなければならない。

 もっとも、僕の後ろに控えるソニアたちは全員臨戦態勢だ。ちらりとそちらをうかがうと、完全に目が据わっている。厄介なことになりそうだなあと、僕は内心ため息を吐いた。

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