第6話 くっころ男騎士と辺境への旅程
リースベン赴任が決定してから、一週間の時間が経過した。慌ただしく旅装を整えた僕は、部下たちと共に王都を出立、街道の上を黙々と進んでいた。
「……いい天気だなあ」
石畳の街道の左右には、広大な草原が広がっていた。瑞々しい色合いの背の高い草を、晩春の穏やかな風がさわさわと撫でている。聞こえてくる音と言えば風の音と鳥の声、そして僕たちが乗っている馬の蹄の音くらいだ。
視線を後方に向けると、そこに居るのは僕の部下たちだ。
若干の居心地の悪さを感じるが、それよりフル武装の騎士たちが板金鎧に太陽の光をギラギラと反射させつつ隊列を組むさまは、僕の心に抑えようのない興奮を呼び起こす。前世から続く、ミリオタの悪い癖ってヤツだ。
「油断してはいけませんよ、アル様。どこにオレアン公の手の者が潜んで居るかわかりません」
そんな苦言を呈したのは、特徴的な蒼い髪をポニーテイルにした
「一理ある」
まさか王都を発ってそうそうにちょっかいを出してくるというのは考えづらいが、万が一ということもある。なにしろ、前世はそういう油断を突かれた結果無様に爆死する羽目になったくらいだ。流石に二度目は勘弁願いたいだろ。
「そうでなくとも、このごろ物騒だからな。モンスターなり何なりの襲撃がある可能性も十分に考えられる。ソニアの言う通り、警戒は怠らないように」
ソニアというのは、僕の副官だ。この隊の副隊長でもある。彼女の方をチラリと伺うと、ニコリともせず静かに頷いた。
「ウーラァ!」
僕の命令に、部下たちはそう元気よく返答する。ウーラァとは、了解の意味だ。騎士と言っても職業軍人には違いないので、この辺りのノリは前職で培ったものがそのまま通用する。
「……それで、アル様。リースベンとやらの情報は、どれほど集まったのでしょうか」
僕の方へウマを寄せてきたソニアが、周りの部下たちに聞こえないような声で聞いてくる。騒動があることがほぼ確定している土地なのだから、当然そのあたりが気になっているのだろう。もちろん、僕も出立までの時間を無為に過ごしていたわけではない。
「まあ、ある程度は。山と森しかない土地で、数代前から入植がはじまったらしい。けど、南部にはエルフだの
「典型的な辺境開拓地ですね。だとすると、当然モンスターの類も?」
「まったく駆逐が進んでいないらしい」
エルフだのオークだのが居るだけあって、この世界にはモンスターと呼ばれる異様な獣たちが多く生息している。狼や虎といった普通の猛獣よりなお危険な生物なので、恐ろしいことこの上ない。
「なるほど……さらには
「ほとんど敵地のようなものか。まったく……」
僕の仕事は単なる駐在武官ではなく、現地の代官だ。実質的な領主と言っていい。大きな権限を持っている一方、領地をしっかりと統治する義務もある。
僕は前世も今世も軍人で、この手の仕事は完全に初めてだ。オレアン公の妨害などなくても、うまくやっていけるか不安な部分がある。
その上、行政面でサポートしてくれるハズの現地の職員たちまで信用できないとなると、流石になかなか厳しいものを感じずにはいられなかった。
「……まあ、アデライド宰相閣下も出来る限り協力してくださるとのことだ。不安要素ばかりというワケでもない」
「いや、あの女もあの女で全く信用なりませんが」
ソニアのクールな表情が、一瞬だけひどく不快そうに歪んだ。彼女とアデライド宰相は、ほとんど犬猿の仲と言って差し支えないほど相性が悪い。僕は思わず苦笑いした。
「ああいった卑劣で破廉恥な手合いとも状況によっては手を組まねばならない、ということは理解しております。しかし、やはり彼女だけに頼りきるのもまた危険でしょう」
あの人は僕を借金漬けにしようとしているわけだし、そりゃあもちろん危険だろう。
「我が母も協力を申し出ております。いや、ハッキリ申し上げれば、こちらも宰相と大差ないような腹黒い油断ならぬ女ですが……」
ソニアの実家は、かなり大きな貴族だ。彼女とは幼馴染のような関係だから、当然その母親とも浅からぬ付き合いがある。確かに、宰相と甲乙つけがたい一筋縄ではいかない人物なのは確かだった。
そんな大貴族の娘がなぜ僕の副官なんかに収まっているのか自分でもよくわからないが、本人は文句の一つも言わずに粛々と仕事をこなしてくれるので、どうも聞きづらい部分がある。
「しかし、宰相のみに依存するよりはマシでしょう。バランスを取って、うまく利用するべきです」
実の母相手に、随分と隔意のある言い草だ。なんだか母娘仲を心配せずにはいられないんだけど……。彼女が僕の隊に居るのは、そういう部分も関係しているのかもしれない。まあ、しかし、同僚のプライベートにあまり首を突っ込むのも良くないだろ。僕はあえてスルーした。
「辺境伯様が協力してくれるってんなら、確かにありがたいさ。この手の仕事なら、専門家と言っていいだろうし。悪いけど、協力を要請する手紙を出しておいてくれ」
「承知いたしました」
ソニアは瀟洒な態度で一礼して見せる。本来ならこういった要請は僕がやるべきなのだろうが、家族のコネなら本人にやってもらう方がいいだろ、たぶん……。
「しかし、やはりリースベン領は遠方。不測の事態が起こっても、対処できるのは我々だけでしょう。やはり、油断するべきではありません」
「一応、敵国とも国境を接しているわけだしな。蛮族やモンスターだけに気を取られるわけにもいかない。これは、ハードな任務になりそうだぞ」
僕は小さく息を吐きながら、視線を街道の先へと向けた。
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