第5話 ポンコツ宰相とガバガバ計画

「さて、と……」


 退室していくアル君の背中を見送ってから、私、アデライド・カスタニエは大きく息を吐いた。


「今のは良かった! なかなか格好良くキマったんじゃあないかね? えっ?」


「どうでしょうか?」


 そう言い返したのは、アル君と入れ違いにティールームへ入ってきた小柄な騎士だった。彼女……ネルは私の護衛であり腹心でもある人物だ。


「無駄に格好をつけた挙句、やったことと言えば借金を増やしただけ。どこにキマったと言える要素が」


「あくどい貴族の陰謀を察知し、クールに助け舟を出す。これをイケてると言わずになんというのだね、君は」


「はっ」


 鼻で笑いながら、ネルは私の対面の席へと腰を下ろした。直接の上司相手に、なんでこんなに辛辣なんだよこいつは。


「じゃあせめて、あのお金は借金ではなく無償という形で渡すべきでしたね。向こうからすれば、オレアン公もアデライド様も大して印象は変わらないと思いますが」


「そ、そんなわけないだろぉ……あんな腹黒ババアと私の印象が同じだなどと……」


 なんてこと言うんだ、この毒舌騎士は。お前じゃなければ、クビにしていたところだぞ。


「だいたい、どうやったら借金以外の方法でアル君を攻略できるのかね? あの男はなかなか身持ちが固いのだぞ。いや、チョロすぎても興ざめだが」


 そう。この私、アデライドはアル君に惚れているのだ。なんとかヤツを自分のものにしようとアプローチしているのだが、なかなかうまくいっていないというのが現状だった。


「返済不能になるまで借金を膨らませ、担保としてアル君自身の身柄を頂く。私は可愛い婿を手に入れてハッピー、アルは借金がチャラになってハッピー。誰も損をしない最高の計画ではないかね?」


「娼館と普通の恋愛をゴッチャにしていませんか、ご主人様は」


「う、うるさい! 普通にコナをかけても、まったく釣れないのだからしょうがないだろう! もうカネの力を使うほかない!」


 仕事に情熱を注ぎ続けた人生だった。男と付き合った経験などあるはずもなく、なんだか怖くて娼館に行くこともできなかった。私の恋愛スペックがやたらと低いというのは事実ではあるが、今さら意中の男をあきらめる気にもなれない。

 私の武器と言えば、資金力だ。ほとんどこれ一本で、ガレア王国の宰相に上り詰めることが出来たのだから、同じ戦術が男にも通用するはずだ。


「はぁ……」


 しかし、ネルはやれやれとでも言いたげな表情で肩をすくめた。キレそうになるが、相手は既婚者。二十代後半になっても処女を捨てられない私がどう反論したところで、敗北感が増すだけだ。


「まあ、それはよろしいんですけどね。どうするんですか、意中のカレは随分と遠方に行ってしまいますが」


「それだ! それなんだよなあ……本当だったら、王都から三日四日でたどり着ける場所の代官に任じるつもりだったのに、あの腐れ公爵めが……ッ!」


 このままでは、アル君とは年に一度会えるか会えないかの関係になってしまう。そんな事態になればアプローチどころではないし、第一私の精神が持たない。


「遠距離恋愛だけは嫌だ、なんとかならんかね?」


「遠距離には違いありませんが、恋愛ではないですよね? 一方通行の関係では」


 ネルは半目になってため息を吐いたが、こいつの毒舌にいちいち反応していては話が進まない。無言で睨みつけると、彼女はもう一度ため息を吐いた。


「まあ、浮ついた話を抜きにしても、アル殿は有能な騎士です。部下も優秀で、我々の派閥の荒事担当としては最も強力な駒の一つ……そんな彼らと分断されたのですから、確かにあまり状況はよろしくありません」


「個人的には、あまりヤツには危ないことはしてほしくないが……」


 まあ、武器というのは持っているだけで意味があるものだ。人材にも同じことが言える。ネルの言いたいことは理解が出来た。


「個人的な嫌がらせと同時に、対抗派閥である我々の力を削ぐ。オレアン公はやはり油断のできん女だ」


「アル殿に対する嫌がらせは陽動で、本命はご主人様の方かもしれません。警戒が必要です」


 個人的な願望と、政治家・派閥の長としての論理。その両方を頭に浮かべながら、自分の取るべき手段を考える。


「オレアン公に気付かれないよう、翼竜ワイバーンを調達できないか?」


 翼竜ワイバーンは空飛ぶトカゲのようなモンスターで、飼いならすことが可能だ。わが国では、貴重な航空戦力として国を挙げて飼育が奨励されている。もっとも、育てるためのコストが極めて高いため、大国とはいえ保有できる数には限界があるが……。


「数騎であれば、なんとか」


「よろしい。リースベンが遠いと言っても、それは山やら森やら河やらのせいだ。空を行けば、そう時間はかからないはずだ」


「承知いたしました、お任せを」


 ネルは真面目な顔で深々と頭を下げ、それからニヤリと笑った。


「ところでご主人様。翼竜ワイバーンを使って、時々アル殿に会いに行こうと思ってらっしゃるでしょう?」


「まあ、それはな。お忍びで視察に来たと言えば、名目も立とう」


 アル君にも翼竜ワイバーンを渡すつもりだから、王都に呼びつけるのもまあ可能だろう。だが、流石にそれをやると印象が悪い気がする。どうしても、という時以外は私自身が出向いた方が良い気がする。


「空の旅はなかなか過酷ですよ。お覚悟を」


 そう言って、ネルはニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

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