第2話 公園
「はぁ……
学校から出て一路帰路についた
(でも、詰将棋以外やったことないもんな…… きっとまた指す機会はあるよね、うん)
だから誘いを断った判断は決して間違ってはいなかったと己を弁護する。
実際、今回に限らず何度か将棋に誘われたことはあった。しかしただの一度も誘いに乗ったことは無い。それは詰将棋以外の将棋のルールをあまり良く知らないということもあるが、今思えば詰将棋をしている時に自分を頑張ってサポートしてくれた両親に対する負い目が大きかった。
しかし、今日のように他人が将棋に興じる光景を見る度に、とにかく何でもいいから将棋と名のつくことをやってみたいという欲求が、望の中で日に日に高まっていくのを感じていた。
だが、どうすればまた周囲の目を気にすることなく将棋が出来るようなるか、切っ掛けがまったく思い浮かばない。
(ちょっと寄り道でもしようかな)
気分が少し落ち込んできた望は、少し寄り道でもして気分を晴らそうと通学路沿いにある目の前に見えた公園に入っていく。
公園では望より小さな子供達が沢山遊んでいて、砂場では詰将棋の問題を親と一緒に砂の上に描いている子供が。ベンチの上では将棋盤を広げて「王手、飛車取り!」などと楽しそうにはしゃいでいる子供達などもいる。
自分も小さい頃は、よく外でも詰将棋をやってたっけ。と
振り返った先には将棋の駒のイラストが散りばめられたカラフルなシャツに、シンプルな薄い青色のスカートを履いた幼稚園児か小学校に入学したばかりくらいの少女がいた。
「詰将棋がわかんないの。わたしと一緒に解いてくれる?」
言いながら少女は、望の学校指定の紺色の制服を摘まんで引っ張る。
「あー…うん。いいけど、どれ?」
「あっち!」
少し悩んだが少女の縋るような目を見て、断って泣かれでもしたら面倒であるし詰将棋と聞いて興味を引かれた望は、グイグイと服を引っ張る少女の後を付いていく。
「これ! わかる?」
そう言って少女は、ベンチの上に置かれた将棋盤を指し示す。
盤上には詰将棋に必要最小限な駒だけでなく、沢山の駒が入り乱れて置かれている状態で、盤面を見た望は一目見てこれは普通の詰将棋ではなく実戦形式の詰将棋だと気づく。
「実戦詰将棋か…」
実戦詰将棋とは言葉通り実戦に近い形式の詰将棋のことだ。
そのため通常の詰将棋とは違い、特に詰みに関係しない駒が盤上や持ち駒に存在する。
通常の詰将棋とは違い、相手の持ち駒も制限されるので場合によっては簡単なこともあるが、持ち駒からある程度手順を予測することも出来ないし、盤上の駒の数が非常に多いので状況の把握が難しく、慣れない内は特に駒の利きを見逃すことが多い。
望が小学三年生までやっていた詰将棋は実戦型ではない方だったので、こういった形式の詰将棋に挑戦した経験はほぼない。
そのため一瞬戸惑いはしたが、とにかく詰将棋と名の付く物なら自分にも解けるだろうと望は顎に手を添えながら考え込む。
相手の玉は9四の地点。いわゆる中段玉というやつだ。この位置に玉があると詰ましにくいと一般的に言われている。持ち駒はこちら側が金将、桂馬、歩兵が三枚の計五枚。相手の持ち駒は全部歩兵だ。
(ということは最低でも九手詰の問題なのかな。でも相手の王様の上にある龍を動かせば、もっと短手数で詰みそうだけど……)
望がぱっと見た感じでは▲8三龍、△8四歩、▲9七佳までの三手詰。しかしこれでは金一枚と歩が三枚余ることになる。問題によっては駒を使い切る為に二手増える詰将棋もあると聞いたことがあるが、これでは二手どころかもっと増えてしまう。
(読み抜けがあるのかな……)
もう何年も詰将棋から離れてしまっていることもあり、もしかしたら最長手数で逃げることが出来ていないのかもしれない。そう思った望は目を皿のようにして、盤面を見つめるがどう考えても三手で詰んでしまう。
実戦詰将棋は普通の詰将棋とは違うのだろうかと望がチラリと少女の方を見ると、何故か盤面ではなくじっとこちらを見つめていることに気づいた。
「な、何?」
「わかった?」
「解けるには解けたんだけど、持ち駒が余っちゃって…」
「ほんと!? それでいいから早く指してみて!」
望の言葉を聞いた少女は満面の笑みを見せ、早く指す様にと望の腕を引っ張って促す。そんな少女の様子によくわからなかったと言えるわけもなく、望はとりあえず自分が見えた三手詰の手順を指してみることに決めた。
「えっと…… 最初に持ち駒の金をここに指すでしょ。そしたら王様は逃げ道がないからここは取る一手。それで次は上にある龍を動かすと相手の玉は逃げ道が無いから、ここで後手は何でもいいから合い駒するしかなくて、それで最後9七の地点に佳打って終わりなんだけど…」
望はもやもやとした気持ちを抱きながら、実際に指しつつ少女へと説明する。駒を指す手つきは抱いている気持ちとは裏腹に、驚くほど淀みがない。しかしそれでも昔に比べれば随分鈍ったなと感じるものがあった。
望のやっていた詰将棋は、紙に回答を書くテスト形式の詰将棋ではなく実際に指して行う詰将棋の方だ。小学校低学年までは多くとも三手か五手詰程度までしか出題されない為、解く速さはもちろんの事、指す速さも重要になってくる。
(今の僕の実力だと確実に予選敗退だな)
そんなことを考えながら望は盤面を元に戻し、少女の方を見る。
「わたしにもやらせて! ……わっほんとだ! 詰んでる! 凄いねお兄ちゃん!」
少女は喜びを全身で表す様にその場で飛び跳ねた後、興奮した面持ちで望の腕を引っ張りながら賞賛する。
「いやー、それほどでも。じゃあもういいかな。詰将棋頑張ってね」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん!」
久しぶりに誰かに褒められた気がした望は、何だか少し照れくさくなって軽く頬を掻いた後、ぶんぶんと全力で手を振りながらお礼を言う少女に対して、望は恥ずかし気に小さく手を振り返しながら公園を後にした。
キミとボクの最善手 灰ノ木 @Hainoki_na
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