キミとボクの最善手

灰ノ木

第1話 夢

問山といやま君。西日本詰将棋大会低学年の部優勝おめでとう!」

「ありがとうございます!!」


 満員のとある市民体育館の中で、まだまだあどけなさの残る可愛らしい顔をした背の小さな黒髪の小学生の男の子――問山 望といやま のぞむが笑顔を見せながら嬉しそうに初老の男性から賞状を受け取る。


 その瞬間、頑張りを称えるように客席から拍手や声援が少年へと投げかけられる。

 また近くにいたカメラマン達が、一斉にシャッターを切る音も飛び込んできた。

 少年もそれに応え、客席の方へと軽く手を振った後、カメラマン達に向かってピースする。


 そんな少年の元に関西テレビ報道と書かれた腕章を付けた女性キャスターと報道カメラが寄ってきた。

「おめでとう。これで一年生の時から三年連続優勝だけど、次の目標はもう決まってるの?」

「はい! このまま勝ち続けて、小学生の内に詰将棋のプロになるつもりです!」


 少年は力強く宣言して思いっきり拳を突きあげた――






問山といやま君。将棋が国技になったのはいつかな?」

「ふぁ…? ……あ、は、はい! えっと…その…あの…」


 女性の担任教師から急な質問を受けたのぞむは、寝ぼけた頭をフル回転させるが答えが一向に出てこずしどろもどろになる。


「時間切れです。先生の授業がつまらないのかもしれないけど、居眠りしたら駄目だからね」

 そんな担任の声と一緒にドッと教室中に笑い声が湧く。

 のぞむは最悪の気分だ。と顔を真っ赤にして席に座る。


「先ほどの質問の答えですが、将棋は1950年に日本の国技となりました。これは戦後アメリカによって将棋が禁止されそうになったこと。結婚活動の一環として、ペア将棋が政府によって強く推奨されたことが影響していると言われています」

「先生! 俺、昨日三手詰の問題が初めて解けました!」


 割り込むように発言した元気のよさそうな男子生徒が女性教師に向かって手を振りながらアピールする。

 そんな調子の良さそうな姿を見て、周囲にはクスクスとした笑い声が広がっていく。


「良かったですね、竜一君。今では竜一君のように将棋を趣味としている人も多く、日本だけで6000万人ほどの方が将棋を楽しまれていると言われています」

「先生~本当にそんなに将棋やってる人いるんですかー?」

「それは今、特に人気の高い早指し将棋を含めて、他にも基本の本将棋を筆頭に詰将棋、ペア将棋、無地駒将棋、目隠し将棋など様々な将棋競技も全て含んだ人数になっているからです。世界も含めると日本の人口の倍くらいの方が将棋を楽しまれているんですよ」


 回答を聞いた生徒は納得したように頷く。


「将棋の駒は昭和まではこのような文字だけが書かれたシンプルな駒が一般的でしたが、平成を経て令和になってからはより多くの人に興味を持ってもらおうと、キャラクターのイラストをあしらった駒や、チェスの駒のように役割によって駒の形が違う駒など様々な駒が生み出されています。近年ではAR技術を応用して遠方の方ともまるで対面しているかのように指せるようになったり、ゲーミング将棋盤なんていうのあるそうです」


 女性教師は事前に用意していたであろう従来型の駒や、可愛らしい動物のイラストが描かれた駒などを見せながら説明を続ける。


「今年でみんなは小学校を卒業するけど、中学生や高校生になったらマイ駒やマイ将棋盤を作ることもあると思いますから、今から自分がどんな駒や盤を作りたいか考えておいて下さいね。……それではチャイムが鳴りましたので、今日の授業はここまでにしましょうか。授業が終わったらそのまま帰りの会をするので、礼したらみんな着席してね」


 授業の終了の時刻を告げるチャイムが、スピーカーを通して聞こえたことに気づいた女性教師は、目の前の生徒達を見回してからそう言った。


 生徒達は女性教師の言葉に頷いた後、さっさと起立と言えよと促すように、少し抜けたところがある本日の日直担当の男子の方を見る。


 自身に視線が集中しているのに気づいた生徒は不思議そうに周りを見た後、ようやく自分が日直であることを思い出したのか、椅子を倒すような勢いで立ち上がる。


「あっ、きりーつ! 礼!」

「「ありがとうございましたー!!!」」


 号令を終えた後、皆が着席し、そのままスムーズに帰りの会へと移行する。

 帰りの会の内容は差し当たりの無いもので、すぐに興味を失ったのぞむは、久々に見た一番自分が輝いていた頃の夢について振り返っていた。


(あの頃の僕は本当に頑張ってたよな。それに比べて今の僕は……)

 三年生の頃、低学年の部では敵なしとまで言われてた望だったが、四年生になって高学年の部になってからは予選の形式が変更された影響もあってか、すっかり勝てなくなってしまった。それから急にあれほど楽しかったはずの詰将棋がとたんにやればやるほど辛いものに変わって辞めてしまった。


 それ以来、すっかり将棋と名のつく物からは離れてしまっている。


 当時、親や詰将棋の先生からは、普通の詰将棋だけではなく実戦型の詰将棋や早指し、本将棋などもやってみてはどうかと勧められた望だったが、意地になっていた望は周りのアドバイスを受け入れることがどうしても出来なくて、すべてを投げ出した。


 今になって素直にアドバイスを聞いておけば良かったとのぞむは後悔し、将棋と名の付くものならとにかく何でもいいからやってみたいと思う程に心変わりした。しかし今更将棋をやりたい言い出す勇気もなく、何年も過ぎてもう手遅れだと思う気持ちもあり、ずっともやもやとした日常を過ごしている。


「おーい、問山といやま。お前も早指し将棋やんねー?」


 突然掛けられた声に驚き望が声がした方に顔を向けると、自分の方に手を振りながら呼びかける竜一りゅういちの姿があった。


 一瞬聞き間違えかと思って周りを見るが、望が考え事に耽っている間に帰りの会が終わってしまっていたのか、望の周囲には誰一人クラスメイトの姿は残っていない。間違いなく自分を誘っていると確信を得た望は、思わず綻びそうになる顔を引き締めながら了承の返事をしようとする。


「う……あーいいよ。僕は…。その、用事あるから」


 しかし寸でのところで、早指し将棋や本将棋の指し方をまったく知らない自分がいることに気づく。瞬悩んだ末に興味より恥ずかしさが勝った望は、この場止めておこうと結論を出し適当な言い訳をした。


「そっかー。よし! じゃあみんなやろうぜ!」


 望の返事を聞いた竜一は特に気にした様子もなく、周りに集まったクラスメイト達に声を掛け、わいわいと騒ぎながら机や椅子の上に置いた将棋盤で将棋を指し始める。

 使われている将棋盤は、竜一達が家から持ってきた物ではなく各クラスにある備品だ。望の通っている学校が特別というわけではなく、将棋を嗜む人が多い事から、どの学校でも当たり前のように置かれている。


 壊れるまで使われることが多いので、盤の横には動物やアニメのキャラクターの落書きが描かれていたり、盤の角が少し欠けていたりと、将棋盤が過ごしてきた歴史が外見から感じられる。


 そんな将棋盤で将棋に興じているクラスメイト達を少し羨ましそうな視線で眺めながら、望は軽く息を吐いてランドセルを背負ってから教室を後にした。

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