一行は外法古墳へ

 一行は外法古墳へ登る山道の手前まできた。アスファルトの道路が途切れ、ここから先は歩くしかない。遊歩道の丸太階段を登り、五人は外法古墳がある展望台へと移動した。

 孝士が途中、ふと横を見ると海のほうにはあいかわらず赤いオーロラがかかっている。

「しっかし、ツイてねえよなあ、ハリソンも」

 折戸だった。孝士が背後から声をかけてきた彼のほうを顧みると、

「事故で死んじまったと思ったら、霊バンなんていうわけのわかんねー会社に雇われてよお。あげくに大昔に封印された邪神と戦えってんだから、さすがに怒濤の展開すぎて気の毒になるわ」

 そう言って折戸は笑った。それから孝士の肩に腕を回すと、

「なあ、試用期間が明けるの、もうすぐだったんだろ?」

「ええ、まあ……」

「惜しかったな~。あとちょっとで、霊バンとも後腐れなくおさらばできたのによお」

 どうやら折戸は、孝士が試用期間を過ぎれば離職する心づもりなのを見抜いていたようだ。とはいえ、彼のはさらりとした口調で嫌味というわけでもなさそうである。

「ま、無事に生きて帰れたら、またアンディで一杯おごってやるよ。最後の大仕事だと思って、いっちょ踏ん張ってくれや」

 折戸にどんと背中をたたかれ、つんのめった孝士は転びそうになる。

 自分を追い越して先にゆく折戸を、孝士は立ち止まって見つめた。

 へんな人だけど、悪い先輩じゃなかったかな──

 霊バンを離れれば、もう折戸とも二度と会うことはあるまい。孝士の胸の内では、ここへきてなにか感慨深いものがわいてくる。

「ハリソン、じゃま」

 突っ立つ孝士の腕を、背後からきたれのんが肘で押した。

「ああ、ごめん」

 孝士はあわてて端に寄って道を空けた。その横をれのんがすり抜けてゆく。

 両手にばかでかいリボルバー拳銃を持つれのんは、なんともいえない情緒にあふれている。いわゆる武装JK。いまの彼女は、まちがいなく二次元コンプレックスの紳士がよろこびそうなルックスである。

 そういえば、れのんと出会った当初、スクールバッグから霊子ガンを取り出した彼女に孝士はおどろいたものだ。クールなれのんとはその後、多少なりとも打ち解けることができた。が、やけに自立心の強い彼女の深い部分となると、いまだ見えてこない。

 霊界データバンクと関わらなければ、縁のなかった霊感少女。孝士は丸太階段を登ってゆくれのんの後ろ姿を眺めつつ、彼女との巡り合わせに思いを馳せた。

 にしても、この階段ずいぶんと急だな。あれ、もしかして、いまちょっと屈めば見え、見え──

 ばかばか。こんなときになんてことを。煩悩を鎮めるため、頭を激しく横に振る孝士。

「どうかされましたかあ、針村様あ~?」

 いきなり孝士の肩越しから、ずいっと簾頭鬼の顔が現れた。

「はわっ!」

 孝士は思わず悲鳴をあげる。

 簾頭鬼の外見だけは、何度見ても慣れない。予告もなく視界に入るのはやめてほしい。マジで心臓に悪いのだ。

「な、なんでもありませんよ……」

「さようですかあ~。では、わたくしもお先にい~」

 簾頭鬼はにこやかにそう言うと孝士を追い抜いていった。

 あの人、絶対にわざとやってるよな。

 簾頭鬼。考えてみれば、いま孝士がこんな目に遭っているのは、彼に原因の一端があるといえなくもない。簾頭鬼があの世にある輪廻管理センターで、孝士に霊界データバンクへの転職を持ちかけたのがもともとのはじまりだ。ふと、孝士はそれに関しての気がかりを思い出した。

 最初に輪廻管理センターで簾頭鬼と会ったとき、彼は孝士の物故が不測の事態であると話していた。あれはいったい、どういう意味なのか。言葉から察すれば、孝士自身はまだ死ななくてよいはずなのに命を落としたということになる。では、自分を死へ追いやった外法壁の崖崩れが不測の事態だったのだろうか。

 どうも釈然としない。孝士は漠然とながら、いま頭にある疑問が重要なことのように思えて黙考した。人の運命を司り、前世の罪を裁く閻魔大王さえ予測できないイレギュラーなんて、ありうるのか。だとすれば、それはどんな理由で引き起こされ、自分にまつわる運命をねじ曲げるに至ったのだ。

「針村くん、どうした?」

 中田の声で孝士は我に返った。

 見ると、中田は思案に暮れる孝士の顔を、すぐ近くで訝しそうに覗き込んでいた。

「ほれ、後詰めはわたしに任せて、若い者は先にいきなさい」

「あ、はい」

 孝士はふたたび丸太階段を登りはじめた。

 外法古墳の展望台まではまだ少しある。孝士につづく中田は高齢だが、その足取りは軽い。ちょっと山道を歩いただけで息を切らせている孝士よりも体力はありそうだ。

 霊バンの関係者のなかでは、割とふつうっぽかった中田支社長。とはいえ、彼もやはり一筋縄ではゆかない人物のようだ。霊バンでは古参社員で、ずっと幽霊や怪異を相手に辣腕を振るってきたのだと折戸に聞いた。そりゃあ肝が据わっていて当然である。

 霊バンにたずさわって以来、孝士が出会ったのはいずれも型破りな人々だ。一期一会は大げさだが、それに近いものを孝士は感ずる。

 幽霊を調査管理する仕事なんて、最初はとんでもないことに巻き込まれたと思った。なんとかやってこれたのは皆の助けがあったからといえる。だがそれも、じきに終わりだ。

 孝士は心底ほっとする。

 めんどくさいことはいやだ。人間関係も。努力するのも。我慢するのも。後悔するのも。未来に希望を抱くのも。

 そういったものから、孝士はずっと逃げてきた。だからなんだ。いちばん手っ取り早い解決法だ。その性分は、いきなり変えられるものじゃない。猫の手も借りたい円島支社に欠員が出るのは、たしかに気が引ける。しかし自分の代わりなんて、いくらでもいるだろう。開き直った孝士は、そう自分へ言い聞かせた。いつもこうしてきたじゃないか。今回も同じだ。

 でも、まだだ──

 霊界データバンクとの縁が切れるのは、無事にいまの状況を乗り越えられればの話だった。

 外法古墳の展望台に着いた。そこは標高が二〇〇メートル足らずの丘陵の上にあった。雑木が伐採された人工の広場にはいま、一面にまっ赤な彼岸花が咲き乱れている。階段の降り口から見て左手の斜面に、木を組んで作られた足場が張り出している。そこからは看取川を挟んで、臼山町とさらに向こうの日本海が一望できた。だが無論、いまは眺望をたのしんでいるときではない。

「静かですね……」

 と孝士。その場で立ち尽くし、口を噤んでいるほかの面々も神妙な顔つきだ。

 正面の奥、三〇メートルほど離れた場所に外法古墳が見える。が、それは一見、ただ土を積み上げただけの安息角に基づく地面の隆起だった。

「くるよ!」

 突然、れのんが叫んだ。

 同時に孝士はぞくりとして身が総毛立つのを感じた。第六感的な知覚。それが危険を知らせたのだ。

 つぎの瞬間、外法古墳のあたりで爆発が起こった。まるで火山の噴火のようだ。地中にあったのだろう大きな岩が、勢いでぽんと宙へ跳ねた。つづいて土砂が巻きあがり、周辺に土煙が舞う。もうもうとしたその向こうから、巨大ななにかが姿を現す。

 まれびどんである。土中に数百年ものあいだ眠っていた邪神が、ついに目覚めたのだ。

 人間に似たフォルムだが、体長は五、六メートルはあったろう。がっしりとした体型で、手足が異様に長い。頭部にはいくつもの棘状をした突起。そして半ば飛び出た巨大な眼があり、それは白く濁っていた。突き出た下顎。鋭い牙。そのすぐ下の首まわりには無数の触手が蠢いている。背びれと長い尻尾もあり、古いホラー映画の半魚人を連想させる。体表面を覆う青と黒の斑模様が不気味だ。

 想像を絶する異形は、ずっと見ていると正気を失いそうだった。

 その場にいた五人は、ただちに行動に移った。とはいえ作戦もなにもあったもんじゃない。一斉射撃である。なかでもやはり冷静だったのは中田支社長と折戸だ。彼らは広場の外周にある茂みに身を隠し、手にした銃器で攻撃を開始する。

 銃弾を浴びせられたまれびどんが咆哮をあげた。高周波の金切り声に耳がしびれる。どうやら効いているようだ。さらにまれびどんの足下で手榴弾が炸裂した。見ると、簾頭鬼が相手の死角から破片手榴弾をぽいぽい投げつけている。爆発が連続して起こり、まれびどんはたまらず地に膝を着く。

 中田や折戸と同じく木立に身を隠し、ハンドガンで援護射撃をしていた孝士は空を見あげた。もうすぐ、もうすぐなはずだ。

 やがて、まるで孝士の願いが通じたかに、ヘリコプターのローターが大気をたたくパタパタという音が聞こえてくる。

 きた。あれは、霊界データバンク本社が差し向けたヘリだ。

 上空に飛来したヘリは、いったん空中で静止してから高度を落としはじめる。吹きおろしが展望台の彼岸花を根こそぎにするかに揺らし、赤い花弁が宙に舞う。

 ヘリの機体側面にあるスライドドアが開いた。そこには寺石麻里の姿があった。

「れのんちゃん、これを使って!」

 言って、寺石は両手で持っていた細長いものを、下にいるれのんへと放り投げる。どすんと地面に落ちてきたのは、四本のぶっとい銃身を束ねたM202ロケットランチャーである。

 落下点にれのんが駆け寄り、一メートル足らずの長さをした四角柱の軍用兵器を肩に担ぐ。これはれのんにしか扱えない特別製だ。いわば超大型の霊子ガンだった。霊子ガンは使用者の霊力と、思い込みによる無意識の作用で威力がアップするのだ。これほど大きな霊子ガンからは、いったいどれほどの霊子力ビームが発射されるのか。

 午前八時五七分。固唾を飲む孝士。

 れのんがランチャー本体に付属する照準器で狙いを定めた。そして、グリップにあるトリガーを引いた。

 轟音。閃光。その場いた全員が目を眩まされ、耳を塞いだ。

 孝士の意識は、そこでぷつりと途切れた。

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