肝試しの夜
八月に入ってすぐの、水曜日のことだ。
「昨日の心霊特番、観た?」
宿題をやりに来た晴樹と明奈ちゃんと、宿題を囲みながらそんな話になった。晴樹に問われて私は頷いた。
「観た。めちゃくちゃ怖かった」
例の心霊特番は、毎年この時期になると放送する。私も怖さが癖になって、毎年観ているものだ。
思い出してしまったのか、明奈ちゃんが縮こまる。お菓子を持ってきたおばあちゃんに、私は顔を向けた。
「おばあちゃん、幽霊っているのかな」
しかし、おばあちゃんの代わりに晴樹が言い切った。
「いるわけねえだろ。非科学的、非現実的だ」
「晴樹、健太に似てきたね」
おばあちゃんは晴樹の兄の名前を出して苦笑した。
「でもね、科学で証明できない超常現象って本当にあるのよ。なければはじめから誰も言わないもの。ほら、明奈の後ろに誰かいる」
おばあちゃんの言葉に明奈ちゃんが青い顔をして凍りついた。
「佳代子さん、明奈が怖がるからやめろよ」
晴樹が窘めるが、おばあちゃんは軽快に笑っていた。
「本当にいるわよ」
おばあちゃんが笑いかける方を見ると、いつの間にか庭に侵入していたヨウがいた。
「なんだ。ヨウってば玄関から入ってよ」
私の声掛けを受け、ヨウが縁側を上がってきた。
「アキナが怖がるからやめろよ、か。そう言いつつ、本当はハルキが怖がってたりして」
ヨウが晴樹をからかうと、晴樹はムッとして言い返した。
「そんなわけないだろ。幽霊なんかいないんだから、怖くねえよ」
「いたら怖いからいないって言ってるんだろ。だっせー」
「幽霊なんか信じてるヨウの方がだせえよ」
幽霊がいるだのいないだの、そのやりとりを妖怪相手にしている。
「でも、ヨウくんが幽霊信じてるのは意外」
明奈ちゃんが口を挟んだ。ヨウはちらと彼女を一瞥してふっと笑った。
「そんなつまんない奴じゃないさ。幽霊とかUFOとか信じてるくらい柔軟な方が楽しいぜ」
すると、おばあちゃんが懐かしそうに話し出した。
「うんうん、信じてない晴樹も、信じてても余裕のあるヨウも、どっちも強い強い。私が若い頃は、この時期になると肝試しが流行ったのよ。あなたたちみたいな勇敢な子は、人気者になったわ」
「肝試し! いいじゃねえか」
ヨウがぱちんと手を叩いた。
「今夜、肝試ししようぜ」
「乗った。俺は別に怖くないから」
晴樹がクッキーを摘む。
「どこでやる? 狐の呼坂?」
そこはヨウにとってはむしろ本拠地であると、晴樹は知らない。
「学校はどう? あそこなら雰囲気あるじゃん」
私の提案に、晴樹もヨウもいいねと頷いた。そしてヨウがニッと口角を吊り上げる。
「もちろん、イチカも参加だよな?」
「参加するする! 面白そう!」
私が言うと、おばあちゃんがあら、と頬に手を当てた。
「大丈夫? 一夏。いちばんに泣いちゃうわよ」
「な……泣かないよ!」
「おばあちゃん知ってるわよ、一夏はちっちゃい頃、すごーく泣き虫でねえ」
おばあちゃんはちょっぴり意地悪く笑った。
「幼稚園の頃、ここに遊びに来たときだったかしら、アイス落としたって泣いて、虫が怖いって泣いて……」
「そんな小さい頃のこと覚えてないよ!」
親戚とはこういうものだ。すぐにこうやって、覚えていないくらい小さい頃の話をする。
「一夏の泣き顔がブッサイクでね」
けらけら笑うおばあちゃんを横目に、私は顔を赤らめた。
「おばあちゃん恥ずかしいからやめて!」
「ブッサイクなイチカ、見てみたいな。よし、イチカは肝試し参加な」
ヨウが満足気に言う。
「アキナも参加だよな」
「ええっ……私は怖いよ」
明奈ちゃんがびくっと肩を震わせた。ヨウがきょとんとする。
「泣いてるブサイクなイチカ、見たくないのか?」
「ちょっとヨウ、その誘い方!」
私が声を上げるも、横では明奈ちゃんが照れくさそうに頷いていた。
「それは……。分かった、行く」
「明奈ちゃん!? それ見たい?」
顔を真っ赤にする私を見て、ヨウも明奈ちゃんも楽しげに笑った。やる気を出した晴樹が立ち上がる。
「よし、早速準備をしよう。たしか懐中電灯の電池が切れてた。俺、今から買ってくるよ」
「私も一緒に行く」
明奈ちゃんも席を立ち、ふたりは買い物へと出かけていった。おばあちゃんも部屋から出ていき、私とヨウだけが取り残された。蝉の声がやけに大きく聞こえる。
ヨウが問いかけてきた。
「イチカは幽霊いると思う?」
私は首を傾け、答えた。
「おユキさんの幽霊がいたらいいなって思うけど……人を襲うような幽霊がいたら、怖いかな」
妖怪にこんなことを言うのも変な感じだが、幽霊は実はちょっと怖い。
「じゃ、カヨコの言うとおり、泣くのか?」
ヨウが面白がるので私はムッと強がった。
「泣かないよ。おばあちゃんが言ってたのは、私が小さい頃の話。今は別に、夜の学校なんて怖くない。ただの学校だって分かってるもん」
「でも月十蒔里分校は、ただの学校じゃないぞ」
ヨウが神妙な顔で言った。
「あの学校は神社ができるよりもっと昔に、悪さする狐を祓うために人柱を立ててた場所の跡地だ。里の若い人から順番に、生きたまま太い木の棒で身体を突き抜かれて……怨念が篭りそうだな」
ヨウの発言で、私はピタッと凍りついた。変な汗をかく私を横目に、ヨウは続けた。
「昔、結婚を控えていたのに人柱にされた女の人がいて、その霊がいまださまよってるんだって。自分より若い人を見つけると、自分の代わりに人柱にしようと血だらけの棒を持って追いかけてくるらしい……」
「あ……あの、ただの噂でしょ?」
自分でも顔が青くなったのが分かる。ヨウは涼しい顔で頷いた。
「噂、だけど狐の間じゃ有名な話だ」
「……肝試し、やめた方がいいのかな」
あの学校がそんな場所だったなんて、知らなかった。本当に幽霊が出るのなら、おふざけ半分で肝試しなんて、危険かもしれない。
私は真剣に考え直しているというのに、ヨウがニヤッと笑って煽ってきた。
「お、怖気付いたか? 泣いちゃいそう? ブサイク?」
からかわれると、私もムキになる。
「泣かないよ。泣き虫は卒業したもんね。でもちょっと……本当に危ないのかなって」
「友達に妖怪いるのに、幽霊怖いのか?」
「こっ……怖くないって!」
私は上ずった声で叫んだ。
「肝試しなんて、平気だよ。ヨウが泣いたって私は泣かないから。そうだ、ヨウが先に泣く! 私よりもっとブッサイクな顔で泣く!」
強がる私に、ヨウはニーッと笑った。
*
その日の夜の九時のことだ。私とおばあちゃんの家に四人で集まって、いよいよ学校に向かって出かける時間になった。
昼間にヨウから聞いた怪談は、忘れようとすればするほど、余計に意識してしまう。時間が経つごとに怖くなって、気が重くなる。
夜の畑の道は、昼に見るときとは雰囲気がまるで違う。草や木が風でざわざわ唸る。不気味な夜風に、足がすくんだ。
「なんだよイチカ、もう怖いのか」
私の様子に気がついたヨウが楽しげにからかう。
「これは期待できるな、ブサイクイチカ」
「泣き虫は昔の話だってば」
震える脚を誤魔化して、堂々と振る舞った。
話しているうちに、学校の前に着いた。真っ暗な空の下に、古い木造の校舎が静かに佇んでいる。ゆらゆらと空に張り付いた薄い雲が、薄暗い煙のように校舎の上に漂っていた。
門を乗り越えて手招きするヨウに続いて、私と晴樹、それから明奈ちゃんが少しもたつきながら校庭に入り込んだ。
「校舎は鍵がかかってるんじゃない?」
校庭を歩き校舎に向かいながら聞くと、晴樹が首を横に振った。
「鍵が壊れてるところがあるんだ」
校舎に辿り着き、古い錠前のついた戸の前に立つ。晴樹が錠前を捻ると、呆気なく外れた。晴樹が建て付けの悪い引き戸を重そうに引く。ぎしぎしと気持ちの悪い音を立てて引き戸が開き、ずんと影を背負った靴箱が見えた。暗い。持ってきた懐中電灯を点けると、先の壁の一点に丸く光が集中し辺りをぼんやり照らした。
晴樹が昇降口に貼りだされた避難経路をかいた校舎の図を指さした。
「コースはこうしよう」
図によると校舎は二階建てで、東と西と真ん中に、それぞれ階段がある。
「この昇降口からすぐのところに見えるのが東の階段。今から西に向かって進んで、西の階段を上がる。二階からは東に進んでこの階段を下り、昇降口に戻ってくる」
つまり、ぐるっと一周する。
余裕綽々のヨウと晴樹がなんだか癪に障る。そうだ、晴樹と明奈ちゃんがはヨウが話していた人柱の話を知っているのだろうか。もし知らなければ、私だけ怖いなんて不公平だ。
置いてあったスリッパに履き替えて、早速西の階段に向かって歩き出した。
昇降口からいちばん近くに教室がある。教室は低学年にひと部屋、高学年にひと部屋しかないらしい。全校で六人なら、そんなものか。
「あのね。ヨウがさっき言ってたんだけどね」
私がそう切り出すと、三人が私の方を向いた。
「この学校、人柱を立ててた場所の跡地なんだって。聞いたことある?」
「なにそれ」
晴樹が眉を顰めた。明奈ちゃんは黙ったままこちらをじっと見ている。そういえば、ここに来てから全然喋らない。ヨウが神妙な声で語り出した。
「串刺しにされた人間の話だよ」
彼は昼に私に話した内容を、そのままふたりにも話した。
話している間に、いくつかの教室を越える。もう奥に西の階段が見えてきた。
「なんだよそれ、聞いたことないぞ。作り話じゃねえの?」
晴樹が笑いながら言ったが、頬が引きつっている。明奈ちゃんが無言で下を向いている。そんな明奈ちゃんを見て晴樹が不安げな目をしたが、すぐに明奈ちゃんの背中を叩いた。
「大丈夫。心配ない」
懐中電灯で照らされた廊下をぽつぽつ歩きながら、私たちは無言になった。様子の違う部屋が並んでいる。図工室や放送室のようだ。その先には職員室。
明奈ちゃんが目を伏せて廊下の先を見つめている。沈黙に耐えかねて、私は明奈ちゃんに声をかけた。
「ごめんね明奈ちゃん、怖かった?」
明奈ちゃんがちらと、目線を私に向けた。余程怖かったのか、無言で唇を噛んでいた。
「明奈、帰るか?」
晴樹が聞くのを横目に、ヨウがにやつく。
「おっとハルキ、ギブアップか」
「俺じゃねえよ、明奈だよ」
「アキナを理由に逃げるつもりか?」
廊下が行き止まりになった。右には埃っぽい階段が私たちを待ち構えている。
「一夏、ヨウがこんなこと言うから、明奈が嫌がったら俺の代わりに連れて帰っててくれない?」
晴樹が私に振ってきた。
「どうする明奈ちゃん、帰る?」
聞いてみると、明奈ちゃんは黙って首を横に振った。無言を決め込んでいるのが心配だが、本人が行くというのなら。
「分かった。私が手、握ってるね」
明奈ちゃんの手を引いて、私は一段ずつ階段に足を乗せた。先を行く晴樹が、わざと煽るような口調で言う。
「ヨウも本当はびびってんじゃないのか」
「俺は全然怖くない」
「またまた。よく分からん怪談信じてるくせに」
ヨウと晴樹のくだらない口喧嘩のお陰で少しだけ恐怖が和らぐ。
階段を上りきると、目の前に音楽室が現れた。その前を通り過ぎ、ここからは東の階段に向かって戻る。
高学年の教室がある。晴樹と明奈ちゃんのクラスだ。懐中電灯で照らすと、教室の真ん中にぽつぽつと並んでいる机が見えた。数が少ない机がしんと暗い部屋の中に佇んでいる。誰かが座っているような気がしてさっと目を逸らした。背中がぞわぞわする。繋いでいた明奈ちゃんの手をぎゅっと握り締めた。
次は図書室が見えた。なんだかぞっとしてそちらに目を向けられない。早く終わらせたくて、私は早足になった。
晴樹がふと、ヨウを一瞥した。
「よく考えたら、ヨウはなんで人柱の話なんて知ってんの? ヨウは最近越してきたんだろ、ずっと住んでる俺でも聞いたことないのに」
ヨウが引っ越してきたばかりというのは、私がついた真っ赤な嘘だ。本当は晴樹が生まれるよりずっと前から、この界隈で化け狐をやっている。知っていても不思議ではない。でも、晴樹からすれば矛盾だ。ヨウはあっさりあしらった。
「里で聞いたんだよ、誰からだったかは忘れた」
早足に廊下を進むが、先は遠い。晴樹がはあ、と訝った。
「誰から聞いたか覚えてないのか? なら信憑性がないな。やっぱり作り話の可能性が出てきたぞ」
「あ、信じてねえな!」
またか。ヨウと晴樹の口喧嘩が始まった。静かな廊下にわんわんとふたりの大声が響く。ようやく、廊下も残り半分くらいだろうか。
「だって誰が言ったか分かんないなら確かめようがないだろ!」
「確かめなくたって本当だよ! ハルキお前、声でかいな」
口喧嘩が蒸し暑い廊下に反響する。
「ハルキはうるせえな」
「そっちが薄っぺらな話で明奈を怖がらせるからだろ」
「うるせえよ」
「全く、せめてもうちょっとリアルな嘘つけよな」
「だからうるせえって」
繰り返すヨウに、ふいに晴樹が黙った。異様な空気に私もヨウの顔を覗き込んだ。先程までの冗談を言う顔は跡形もなく消えて、神妙な顔で廊下の一点を見つめている。
「どうした?」
晴樹が問うと、ヨウが立ち止まった。
「なんか聞こえる」
その顔はあまりにも真剣だった。
ヨウは真顔で目を瞑った。
「なんか、ズルズルって……。聞こえない?」
耳を澄ましてみた。が、なにも聞こえない。
「なんだろう、なにか引きずってるみたいな音なんだけど」
ヨウの言葉に、ふっと脳裏に血まみれの木の棒を引きずる若い女が浮かんだ。
「やめて、変なこと言わないでよ」
想像を振り払うように言って、明奈ちゃんの手を強く握った。ヨウがとても冗談とは思えない真剣な表情で顔を上げる。
「幽霊……じゃなくても、変質者とかだとまずい。俺、ちょっと様子見てくる」
「えっ、あ……ああ」
晴樹が上ずった声で返事した。動揺が滲み出している晴樹に私たちを預けて、ヨウは来た道を戻っていった。後ろ姿を目で追っていると、彼は途中でくるりと振り向いた。
「あ、待ってなくていいからな!」
廊下に声を響かせて、また反対方向に駆けていった。
「あとは折り返すだけなのにな。あいつ実は逃げたのかな」
ヨウの後ろ姿を目で追いながら晴樹が言う。
「逃げるなら普通にコースどおりに進んだ方が早く終わるか……」
自分で言い出して自分で否定した。
「空耳でも聞こえたのかな。多分あいつの気のせいだよ。人柱の話を気にしてたし。お言葉に甘えてさっさと行こう」
妙にお喋りな晴樹に促されて、私と明奈ちゃんも恐る恐る歩き出した。
そのときだ。
後ろから廊下を擦るような、ず、ず、という音が聞こえてきたのは。
私と晴樹は顔を見合わせた。聞こえる。今度はたしかに聞こえる。
「今のって……」
私は恐る恐る懐中電灯で来た道を照らしてみた。が、すでにヨウの姿はない。
なんの姿も認識できなかったが、廊下に擦れるなにかの音は、遠いけれどたしかに聞こえてしまう。
私は進行方向に向き直った。
逃げなきゃ。全力で逃げ切るんだ。振り返っている暇はない。
スタスタと早歩きに進む私に引っ張られて、明奈ちゃんが転びかけた。晴樹も追いかけてくる。
「焦るなよ、気のせいだ、怖がるなって……」
ずる、ず、……。音が大きくなった。近づいてきている。
「きゃあああ!!」
狭い廊下に私の声が響く。私は明奈ちゃんの手を引いて全速力で走り出した。
無我夢中で廊下のつきあたりまで走り抜き、真横に続く階段に足をかけた。いつの間にか明奈ちゃんの手は握っていなかった。代わりに晴樹が明奈ちゃんの手を引いて、彼女に合わせながらも慌てて追いかけてきた。
とにかく逃げなきゃ、逃げなきゃとそれだけに夢中になった。階段を駆け下りて一階まで突っ走る。足がもつれて転びかけたが手摺に掴まってまた走り出した。転がり落ちるように一階に辿り着くと、昇降口からスリッパのまま外へ飛び出した。
投げ出されるように出た校庭から空を見上げる。息を切らして見た景色は真っ暗で、振り返ると物々しい空気を纏った校舎が私を見下ろしていた。
少し遅れて、晴樹と明奈ちゃんも校舎から飛び出してきた。
「逃げよう、家まで走ろ」
私は息を切らしつつ言い、それからハッとなる。
「あ、だめだ、ヨウを中に残してきちゃったんだ」
晴樹が無言で校舎を振り向いた。明奈ちゃんはまだ唇を噛んでいる。
「俺、見てくるよ」
校舎に体を向けた晴樹の肩を掴んで引き止めた。
「だめ、晴樹までなにかあったら困るよ」
「でも……」
ヨウをおいて帰れない。だが校舎に戻るのも危ない。私と晴樹と明奈ちゃんは、数秒、無言のままお互いの顔を見ていた。
そのときだ。
「そうそう、下手に戻らない方がいいぞ。ひとりで行ったら泣いちゃうんじゃねえの」
私たちの会話に自然に滑り込んできた、その声は。晴樹と同時に、声の方と振り向く。
「あっ、ヨウ!」
そこにヨウが、パーカーのポケットに手を突っ込んで満面の笑みを浮かべて立っていた。いつの間に出てきていたんだ。満足げなその笑顔に安心感がこみ上げて、胸がきゅっとなった。
「バカ! 心配したんだよ!」
頭を叩こうとしたら、彼はぴょんっと後ろに跳ねて避けた。それからニヤッと歯を見せた。
「ドッキリ大成功だな!」
「え?」
間抜けな声が口をつく。晴樹も拍子抜けした顔で、呆然とまばたきを繰り返している。
数秒経ってから、私はやっと言葉を繰り出した。
「はあ!? ドッキリってなに!?」
私の大声に、ヨウはけらけら笑い出した。
「わりいな、作り話したらイチカが思ったより怖がったから、面白かったんだ」
な……なんだって。
「だって、肝試しだろ? このくらい脅かした方が、楽しいと思って」
ヨウが素直に白状する。私は言葉を失った。目を点にした晴樹が問う。
「じゃあ、あの音はなんだったんだ?」
彼の反応に、ヨウはにんまりした。
「あれは、掃除ロッカーにあったモップと箒で立てた音」
「騙してたのかよ」
晴樹がヨウに掴みかかろうとした。が、その前に明奈ちゃんが頭を下げる。
「ごめんお兄ちゃん、私も知ってたの」
「明奈!?」
晴樹と私はバッと明奈ちゃんに向き直った。ヨウが明奈ちゃんの横にスッと寄る。
「アキナは絶対泣くと思ったから、先に話しておいたんだよ」
「下手なこと言っちゃわないように、なるべく黙ってたの」
明奈ちゃんが申し訳なさそうに言った。晴樹が眉を顰めたが、彼は明奈ちゃんには甘いのでため息をついただけですんなり許した。
「ああそうかい。じゃ、結局幽霊なんかいなかったってことで、俺の勝ちだよな」
晴樹が負け惜しみみたいに言うと、ヨウも少しだけ考えて、頷いた。
「まあ、たしかに今日は会えなかったな」
「ばかばかしい。帰るぞ明奈」
晴樹は明奈ちゃんの手を握ってスタスタと門の方へ歩いて行ってしまった。
校舎の前には、私とヨウだけがぽつんと取り残された。いまだぼうってしている私の顔を覗き込み、ヨウがニヤリとした。
「びっくりした?」
「した」
答えた声は、自分でも驚くくらいに震えていた。
全部お芝居だったのも、怖かったのも悔しい。それなのに、そんなことがどうでもよくなるくらい、ヨウが無事に戻ってきたことが嬉しい。安堵で胸がいっぱいだ。
手をぎゅっと握り締め、グラウンドの砂に視線を落とした。視界には、手ぬぐいの巻かれた裸足の足。
「あっ……えと、イチカ」
ヨウの戸惑った声がした。
「ほら、妖怪って人間に意地悪してなんぼっていうか、いたずらしたくなるものなんだよ」
それからしばらく言葉を詰まらせた。
「……ごめん、やり過ぎた……」
頭にこつんと、なにかが当たった。固いなにかがさらさらと、髪を擦る。
顔を上げると、ヨウが鉛筆で私の頭に当てていた。私があげた鉛筆だ。目が合うとヨウは、真っ赤になって手を止めた。
「や、あの、本当はこういうとき、頭をぽんって撫でてやるくらいした方がいいのかもしれないけど、俺、触れないから……その」
ぷるぷると手を震わせて頬を赤くしているヨウを見て、私は思わず吹き出した。
「泣いてないよ、バカ」
ばつが悪そうに後ずさりしたヨウを見て、今度は私がけらけら笑った。
「ブサイクな泣き顔見たがってたくせに、本当に泣くと思うと慌てるの?」
「やっ、違……!」
「あはは、帰るよ!」
ヨウを置いて駆け出した。門に向かっていく晴樹と明奈ちゃんの背中を追いかける。
「ふたりとも、待って! スリッパから履き替えてないよー!」
夜の校庭が静かに私たちを包み込む。ちょっと胸がどきどきしているけれど、なんだが心地よい。
後日、学校の近くに住む里の住民から、私の叫び声が聞こえたと笑われたのだった。
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