第31話

「それでは、ペア強化月間の第一位を発表する」



 あれからの一週間、完全に仲が元通りになったとは力強く言えないけれど、それなりに戻ったと思っている。白瀬さんの笑顔が増えてきて、私もここ一週間は楽しく仕事が出来たように思う。白瀬さんの笑顔にこんな力があったなんて、ね。


 周りは第一位の発表で目をランランと輝かせている。…まあ、私たちは大勢の前で喧嘩をしたり、ペアとして問題を起こしたくらいだからハナから期待してはいない。隣に立つ白瀬さんも、にこやかにこの場を見守っているだけで、特に何も期待していないだろう。


「じゃあ、発表するぞ?いいか?」

「課長、もったいぶらないでくださいよ!」

「早くお願いします!」

「じゃ、じゃあ、発表する。第一位のペアは…」


 こんなに盛り上がるイベントに参加出来なくて残念だ、と思いながら優勝ペアの行方を見守る。


「優勝は、広澄、白瀬ペア!」


ん?


「うわぁ…やっぱりかよ!」

「くそぉおお」

「そりゃあそうですよね。すごく名コンビって感じがしましたもんね〜」


え?


 私は上手くこの状況を飲み込めなかった。

どうして私たちが?だってあんなに喧嘩もしたし、白瀬さんのミスも上手くカバーできなかった。ペアとしての機能は上手く果たせていなかったと思う。


 隣の白瀬さんを見ると、目をまんまるくしていた。やはり想像していなかったらしい。


「課長…どうして私たちが…?」


 恐る恐る聞いてみると、


「そりゃあ、みんなの反応みても分かるだろ?お前たちは色々あったけど、結局は仲直りしたし。なんてったって今週の成績は抜群だったぞ?」


 そうは言われたが、素直に受け止めていいのだろうか。嬉しくないわけではないし、後半の連携ぶりは良かったと思うけれど。


「なんだ、嬉しくないのか?ふたりとも」


 そんな問いかけに白瀬さんが口を開いた。


「恐縮です。私なんてミスばっかりしてしまって、広澄さんにも迷惑かけてしまったので…」


 嬉しがるはずのところを白瀬さんは、自分に非があったのにどうして、と言わんばかりの表情だった。


「まあでも、私たち後半は巻き返せたと思わない?」


 そんな顔しないで欲しい。もっと白瀬さんは自信を持って欲しい。そんな意を込めて、白瀬さんに笑みを向けた。


「そうだぞ、ペアとして…人として、最も成長した二人だと俺は思ってるぞ」


 他の職員もくちぐちに、おめでとう、って声をかけてくれて、少し白瀬さんの顔が綻んだ。そんな姿を見て胸がきゅんと反応を示す。白瀬さんには笑っていてほしい。そんな風に思うようになっていた。


 そう、私は少しずつ気付き始めていた。私の中での変化。白瀬さんに対する思いがほんと少しずつ変わっていることに。


「課長!そう言えば報酬あるっていってたのは何なんですか?」


 そうだ、優勝者にはご褒美が用意されていたんだった。それは少し嬉しいかも。


「あぁ、優勝者にはこれだ」


 そう言いながらヒラヒラさせている手元には、温泉と書かれたチケットが2枚。


「え!温泉すか!羨ましー!」

「うわぁ有名な温泉地の無料宿泊券?!」


 ざわざわと周囲が騒ぎはじめる。


「男女ペアだったらなんか気まずいけどな」


 ハッハーと笑い飛ばす声も聞こえてきた。

確かに。私と白瀬さんは女同士だからまだ分かるけど、男女ペアだったらどうするつもりだったのだろう。


 いや、待って。白瀬さんと二人きりで温泉…?


 ドクンと心臓が音を立てる。ぽやっと温泉のイメージが頭に浮かぶ。温泉上がりには浴衣を着て、ちょっと濡れた髪がぱらぱらと落ちて。以前白瀬さんの家にお邪魔した時の出来事が呼び起こされる。急に近づいてきた端正な白瀬さんの顔が…


 って、変なことを考えてしまった。私としたことが、頭の中はいつの間にか白瀬さんでいっぱいになっている。


 ちらっと白瀬さんを見ると、ばっちり目が合う。慌てて目線をそらしてしまった。いつもは余裕があるのに、白瀬さんが絡むとどうしてか乱されてしまう。けど、不思議なことにそれはそんなに嫌な気がしないのだ。


「温泉チケットは2枚準備してあるが、ペアチケットって訳じゃないから、一人で行ってもいいし、ペアとふたりで行っても良い。そこは自由だ」


 さすがに配慮はされている。ふたりで行くか、一人で行くか、それは個人の選択による。



 こうして私は温泉チケットを手にいれた。


 白瀬さんと仲直りもしたけれど、私は白瀬さんともっと仲を深めたいと思っている。ここに変な意味はなく、純粋に白瀬さんのことを上司として労いたいし、これまでのことを思い返しながら次に進みたい。これからも良き上司と部下でいるために、今回の件をふたりで祝いたいと思ったのだ。


 白瀬さんはどう思っているかしら。



 けれど、この選択が私たちの未来を変えるとは思ってもいなかった。

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