頭脳明晰な広澄さん
第8話
土曜日は、あいにくの雨だった。
昨日のことがあってか、あまり眠れなかった。重たい身体をよじらせ、枕元の時計を見ると、時計の針は9時を指している。
「…はぁ」
深いため息をついて、よっこらしょとお腹に力を入れ起き上がる。
私は朝食を食べると、ぼんやりと昨日のことを思い浮かべた。
今頃広澄さんは何をしているんだろうか。夜はしっかり眠れたのかな。一人で寂しがっていないだろうか、いや…彼女のことだから一人暮らしではないかもしれない。もしかしたら、恋人と住んでいる可能性だってある。
けれど、想像したところで答えは闇の中だ。答えの分からないことを永遠に考え続けるのが馬鹿らしくなり、私はある人に電話をかけることにした。もちろん、広澄さんではない。彼女に電話をかける勇気なんてものはない。
「もしもし?」
「あ、涼平?今時間ある?」
「おー、大丈夫だよ」
彼、勝浦涼平は私の幼なじみである。
本当にそれだけの関係だ。こいつと何かあるということはこの先一生ないだろう。
それもそのはず、だって彼の恋愛対象は男性である。そのこともあって、今回の件は涼平に相談するのが手っ取り早いと思ったのだ。
「ちょっと相談したいことがあって」
「はるが相談してくるなんて珍しいな」
「まぁ、ね」
「どういう系?仕事で行き詰まってんのか?」
「あー、いや。恋愛、?っていうか、なんていうか」
「おっまじか!」
声色から楽しんでいる様子が伝わってくる。
私は広澄さんとの関係、今の気持ちを涼平に話した。
「へえ、はるにとっても手強い相手がいるもんなんだな」
「どういう意味よそれ」
「いや、なんだかんだはるってモテてたし好きな人は逃がさないってイメージあるから」
「どうせ高校の頃までの話でしょ」
「まあな。でさ、ひとつ聞きたいのは、はるはその広澄さんって人のどこが好きなわけ?」
「顔」
「あははっ、サイテーかよ」
だって一番に思い浮かぶのは、あの顔だ。
反則級に整った顔に見つめられるだけでドキドキしてしまうものだと思う。
「それ以外は?」
「え、うーん…」
「それならさ、多分だけど、弄ばれてるから気になっちゃってるだけなんじゃないか?それも顔の良い上司に、っていう」
「…単純だ」
「そうだよ。だから、はるはその上司のこと別に好きじゃないんじゃないかと話を聞いていて思った。錯覚?みたいなのかなって」
錯覚…かぁ。
気の迷い、とかそういう事なのかな?
どうもその言葉だけでは自分の中に落とし込めない。納得できない自分がいる。
「でも、今だって考えちゃったりしてるんだよ?あの人のこと。これが錯覚…だなんてことあるのかな」
「さあな。自分が好きなんだって思ったら好きなんじゃないの?ただ、俺は別にはるがその人のことを心から好きだとかそういう風には感じられないわけ。性格とか中身を知ってるわけでもなんでもないんだし」
もちろんそうだ。私は広澄さんのことを何も知らないと思う。なんてったってまだ出会って一週間程度しか経っていないのだから、当たり前の話である。
「っていうか、あんだけ散々な目にあったのに、まだ女の人にいくわけ?」
「……」
「好きになってしまったらそれは仕方ないと思うけどさ、俺はもうはるの傷付く姿は見たくないんだよ」
「…分かってるよ」
「特に、一般の女の人を狙うだなんて、絶対やめておいた方がいいぞ」
忠告の言葉は少し耳障りだったけれど、私のことを心配してくれた上での意見だ。有難く受け取ることにする。
「…ありがとう。なんとなく分かった気がするよ」
きっと、涼平の言う通り、好きという段階にまでは達していない。気を持たせるようなことをするのが得意な彼女だからこそ、ただ気になってしまっている、そう言われてどこか遠くで受け入れてしまった。
「わざわざありがとね」
「おう、また何かあれば連絡しろよ」
涼平の言う通り、彼女のことは気にしすぎないようにしようと思う。それより、私は入りたての新入社員なのだから、周りに迷惑をかけないように馴染むのが先だ。恋だの愛だのにうつつを抜かす暇は無いのだ。
涼平のおかげで随分スッキリした面持ちで私は休日を迎えることが出来るような気がする。月曜日から、また頑張ろう。
そう意気込んで私はまたベッドにダイブした。
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