第2話
後日連絡が入り、私は伝えられた日と時間に面接のために会社に向かう。
…予定だった。
連絡は来た。確かに、連絡は来た。しかし、面接予定日というものは一切書かれておらず、ただ“採用”という文字だけが目に入った。
ん、どういうことだ?
一瞬思考が停止する。何かの間違いだろう、送信先を選び間違えたのでは、と色々な考えが浮かんだが、そこに書かれてある私の名前を確認して気付く。どうやら私宛てで間違いないらしい。
そのメール曰く、私は採用されたとのことだ。次は来年の四月から出社してください、という旨だけ書かれており、拍子抜けだった。いやもうそれは拍子抜け所ではない。開いた口が塞がらないとはこういうことかと身をもって体験したのだ。
そういう経緯があり、トントン拍子にことが運び、その結果私は無事に希望の会社に就職する事になった。
そして、桜が舞う季節、私は着慣れないスーツをビチッと決めて、会社へと足を運ぶ。
中に入ると、目の前に現れた受付の女性を見て忌まわしき記憶が呼び起こされる。ばちっと目線が合い、私に気付いたのか優しい微笑みをこちらに向けてくる。
あぁ、恥ずかしいな。
俯いて早足で横を通り過ぎようとすると、受付の女性に声をかけられた気がしたが、恥ずかしさのあまり思わずスルーしてしまった。いや、やっぱり無視するのは良くないよな、と後悔が押寄せると同時に目の前のブザーが鳴る。
「え、?」
どうやらこの会社に関係していますよということを示す関係者カードが必要みたいだった。
「白瀬様、こちらのカードをお使いください。上のものから渡すように言われておりました」
横から急に声が入り、驚いてびくっと肩を動かす。
「えっ、あっ、はい!ありがとう、ございます…」
今度はいじらしく微笑まれる。マヌケだとか思われているんだろうな、なんて思いながらもそれを有難く受け取り、中へと入っていく。たしか、6階のミーティングルームに集合だったはずだ。
中に入ると、清潔感のある男性が資料の整理をしているところだった。
「お、白瀬さん?」
「はい、白瀬悠です!今日からよろしくお願いします」
「そうかそうか、君がね」
面接を受けずに採用になったのだから、私のことを知っている人なんているわけがない。目の前にいる人もまた初対面だ。
「これ、この会社のことが書いてある資料ね。分からないことがあったら、周りの先輩に聞けばみんな教えてくれるから」
「ありがとうございます…」
「白瀬さん、緊張してる?」
「えっ、まあそうですね…」
「俺らの部署はみんな優しいから大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」
先輩に連れられて、大きな空間に入る。そこには、カチカチとパソコンを叩く人、印刷する人など様々だったが、いわゆるオフィスというものをそのまま表す場所だった。まあ、会社だから当たり前なんだけど。
「はい、みんな注目〜!こちら、今年から配属された新入社員さんです。自己紹介よろしく」
「はい!えっと、白瀬悠と申します。今日からここで働かせていただきます。よろしくお願いします…!」
パラパラと拍手が聞こえてきてひとまずほっとする。みんな口々によろしくー、と迎え入れて下さって、ここはあたたかい職場だなと直感でそう思った。
「じゃ、白瀬さんの席はあっちね」
指をさされた先にある空いているデスクに私は荷物をおろす。周りの方々にペコペコとお辞儀をして挨拶をすると、しっかり返事がかえってきた。
「俺、庄司達彦っていいます。うわー、同年代の子が増えて嬉しい〜!」
「こらこら、美人だからって白瀬ちゃんにちょっかい出したらダメだぞー!」
「沖田さんちょっと静かにしてもらっていいっすかー?」
「白瀬ちゃん、こいつに何かされたら何でも相談していいからね。私は沖田美波。よろしくね」
「庄司さんに沖田さん!これからよろしくお願いします」
面白そうな方たちで安心する。
さてと、私はさきほど貰った資料に目を通すか。できるだけ早くこの会社に慣れて、皆さんの役に立ちたい。
ひと通り目を通し終わり、私はパソコンを立ち上げる。WiFi設定やら、それに伴い機密事項が色々と書かれており、設定するのが面倒くさそうだ。でも意外とこういう複雑な資料を読み解くのは好きだったりする。
一段落ついたところで、私は朝に案内をしてもらった先輩の元へ行く。
「あの、資料全て目を通しました。この後、私は何をすればいいんでしょうか?」
「あぁ、もう終わったか。設定はできたか?」
「はい、完了しました」
「おお、すごいな。あれ複雑だったろう。一人でやるのはなかなか難しいんだがな、よく出来たな」
「いえいえ、恐縮です」
「あ、そういや名乗るの忘れてたな!俺はここの課長の大久保だ。よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「もうひとり係長が本当はいるんだが、今日は外に出ているみたいだ。帰ってきたら挨拶すると良い」
「分かりました」
「じゃあ、時間もきてるし、お昼にしていいぞ。昼からは少し慣れてもらうためにタスクを出そう」
「はいっ、ありがとうございます」
デスクに戻ると、キラキラした目でこちらを見つめる庄司さんと沖田さんがいた。
「えっと、どうされました?」
「ねえ、昼休憩だよね?」
「そうですけど…」
「お昼一緒に食べない?食べようよ!」
「えっ、良いんですか?」
「えー、いいに決まってんじゃん!行こいこ!」
「俺も行く〜」
「ふふっ、ありがとうございます。行きましょう!」
二人に連れられて、カフェにやってきた。初めての私をこんなに気にかけて下さって本当に嬉しいな。やっぱりこの会社に来てよかったとつくづく思う。
「ねえ、白瀬ちゃんってあれでしょ。面接受けずに採用されたっていうあのバケモノ新入社員」
「バケモノ新入社員…?」
なんですかそれ!
そんなあだ名で呼ばれてたの…?
え、どういうこと?
…やっぱり少しおかしいと思ったけど、特例だったんだ。
「いやー、この会社普通に面接厳しいのよ、 白瀬ちゃんのこと聞いてビックリしちゃったよね」
「俺も驚きましたよ、だってそんなことあるとは思わないし、しかもそんな子が俺の部署に来るだなんて」
「いやいやいやっ、そんな大層なものじゃないですよ、私自身…なんで採用されたのか未だに分かってないですし」
そう話すとゲラゲラと笑われた。
「あははっ、そんなことあるんすか?」
「白瀬ちゃん何にも知らないの!?」
「え、どういうことですか!」
「ほら、遅刻したって聞いたよ、面接に。でも、あれでしょ、助けてたんでしょ?おばあさん」
「ええええ!?なんでそれを知ってるんですか!」
「そんなこと、この会社じゃ有名っすよ」
「そのさ、白瀬ちゃんが助けたおばあさんから連絡があったらしくて、それを聞いた部長がもうそれはそれは気に入っちゃったらしく、一発合格…みたいな感じって聞いてるよ」
うわあ……そんなことになっていたのか
「…全然知りませんでした」
「実際、葵さんもすごく可愛らしい子だったっ!て興奮してたもんね」
「葵さん…?」
「あー、今日いなかったな。係長の人っすよ」
「え、私その人と会ったことあります?」
「あると思うけど…」
全く記憶にない。
「しかも葵さんもまた美人なんだよね」
「いやもうあれほど美しい人、見た事ないっすよ」
二人が言うには、葵さんという人は仕事はバリバリ出来るわ、顔面が国宝級だわ、で会社の中に知らない人はいないほど有名な方らしい。しかも、そのせいあってか、うちの部署に異動を希望する人が後を絶たないとか。
「人の顔見て、それで異動するなんて馬鹿らしいって思うけど、まぁあの顔見たら分からんでもないっすよ」
「庄司はツイてたよねえ」
「いやー、まじで有難いっすね。入社したころから俺のサポートしてくれて、もう幸せでした。まだ若いのにもう係長っすよ、凄いですよね」
へえ…そんなに凄い方なんだ。早く会ってみたい。
「そういえば、おふたりは同期なんですか?すごく仲良いですよね」
「いやいや、私の方が一個上。なのに生意気なんだよなあ」
「何言ってるんすか!俺、沖田さんのこと尊敬してますよ!」
「うるさいうるさい」
話によると、二人は私より二年、三年先に入社したらしい。そうなると、私の部署って若い人が多いのかな、なんて思ったけどそうでも無いみたい。
「若い人なんて私らと葵さんくらいで、後はもうオッサンオバサンばかりよ」
確かに、私の周りには二人が座っていたから気付かなかったけど、他の席に座っているのは歳をとっている方が多い印象だった。
「でも、他の部署と関わるのが結構多くてね、若い男の人だって沢山くるから、恋愛に関しては問題なしよっ」
テンションを高くしてそう話す美波さんを見て、微笑ましく思う。こんなにも元気な美波さんだったら、彼氏くらいいても良いような気がするけど。
「あ、白瀬ちゃん、今なーんだ彼氏いないんだ〜なんて思ったでしょ!」
「思ってないですよー!彼氏いそうだな〜とは思いましたけど」
「うぅ、優しいねえ。こう見えていないのよ…」
「大丈夫ですよ、美波さんお綺麗ですから」
そう微笑むと、そんな私の顔を見て、美波さんの耳がほんのり赤くなった気がする。
「そんな白瀬ちゃんに言われても説得力無いけどね〜。でもありがとっ」
少し照れながらお礼を伝えられて、やっぱりそんな姿も可愛らしいな、なんて思ったことは敢えて言わないことにした。
隣の庄司さんは、俺は俺は?って前のめりになって話に参加してきた。庄司さんも顔は整っている方だと思う、多分。
そう考えると、うちの部署はかなり顔面偏差値が高いのでは…なんて思ったけれど、この世界は顔じゃないからね。大事なのは心の部分だ。
そんなこんなで、二人には会社のことや人間関係のこと、沢山のことを教えて頂き、お昼休憩が終わる。
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