式神少女の思いがけない災難

 中津宮近郊にある廃工場に式神少女、篝は現在進行形で捕まっていた。具体的に言うと糸のようなもので捕縛されたのだ。

「私を捕まえて何の得がありますか……それに私は買い物という大事な使命があるのです。早く解放してください」

 篝は監禁相手を睨みつける。しかし監禁相手は不敵な表情を崩さなかった。

「御託はいい……俺はお前のご主人様が葛葉姫のお守り役だと知ってるんだ。ひどい目に遭いたくなければ、早くお前のご主人様を呼び出すことだな」

「ぐぬぬ……」

 うすうす気づいていたが監禁相手の狙いは古河遊聖だ。将を狙う前にまず馬を狙えと古いことわざに書いてあった。マカロニグラタンで浮かれていて油断していたところを狙うとはただの監禁犯ではない。

「言っておきますが、私は式神。このような要求に簡単に屈せるとは思わないことですね」

「ほう……ご飯に浮かれた駄式神と思っていたが、式神の矜持を持っていたとはな」

「くっ! あなた、私のことをずっと監視していたんですね!プライバシーの侵害です!」

 ――敵相手に浮かれた姿を見せるなんて! 篝は赤面した。だが監禁相手は下卑た笑みを隠さない。

「もう一度言うぞ、解放されたいのなら、お前のご主人様を呼び出すんだ……そうすれば無事に解放してやる。もっともお前のご主人様は無事で済まないがな」

 再び監禁相手は篝に遊聖を呼び出すことを要求した。しかし篝は沈黙で応答した。交渉する気がないのだ。

「強情な式神だな……口を開かないなら俺にも考えがあるぞ」

 監禁相手がそういうと監禁相手影からどこからともなく小さな蜘蛛が湧き出て、縛られている篝ににじりよってきた。

「こいつらは俺の命令に忠実に従う子分だ……子分どもよ、この強情な式神に食らいつけ」

 小さい蜘蛛たちは監禁相手の命令を聞くと篝の肉体を這いずり噛みついた。篝は声を押し殺し痛みに耐える。

 ――監禁相手の正体は土蜘蛛に違いありません!

 土蜘蛛とは蜘蛛の怪異であり朝廷に恨みを持つ危険な妖怪である。土蜘蛛に葉名の身柄が渡ったらこの世界の均衡はたちまちのうちに崩壊してしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならないと篝は思った。しかし篝の肉体は糸で拘束されており反撃の糸口がつかめない。篝には土蜘蛛が諦めるまで耐え抜くしか手段が残されていなかった。

「俺の子分の味はどうだ?これでご主人様を呼び出す気になったか?」

「くっ、このような責めなんて痛くもかゆくもありません!……あなたが諦めるまで耐え抜いて見せます!」

「見上げた忠誠心だ……しかし、いつまで耐えられるか見ものだな」

 土蜘蛛は篝の忠誠心を嘲笑する! 大ピンチだ!


 二人は気づかなかったが、土蜘蛛の式神少女に対する尋問を密かに見つめる者がいた。

「まさか、協定破りの妖魔が現れるとはな……千方様に知らせなければ」

 囁くように呟くとそれは水に溶けるように姿を消した。

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