私が吸血鬼になった日
夜桜
私が吸血鬼になった日
『もう、一緒にいる事は難しいわね』
ベッドに横たわる老婆が、目を閉じなが静かに声を発する。
『そんなこと、言わないで』
ベッドの傍らにいた高校生ぐらいの少女が老婆の手を握りながら言う。
『ふふ、私がいなくなっても幸せに生きなさいよ。エリカ』
老婆は最後の言葉を言い残し、月明かりに照らされたベッドの中で、静かに永遠の眠りについた。
一人残された少女は一筋の涙をこぼし、その場を立ち去った。
人間なんて脆い生き物だ。
我々、吸血鬼のように丈夫じゃないから、すぐ怪我をしたり、病気になったりする。
寿命の長さでいえば、先に死ぬのは人間だ。
昔の私は人間との交流が好きだった。だが、仲を深めれば深めるほど、人間の寿命が尽きたとき私の心は耐えられない苦しみを味わうことになった。
その苦しみを味わうくらいなら、二度と人間と親密になろうとは思わなかった。
これからはひっそりと暮らしていくつもりでいた。アイツが来るまでは。
月の明かりだけで照らされた部屋で、私は一人で読書をしていた。そんな時に今までの静寂を破る大きな声で、私は名前を呼ばれた。
『おはよう、エリちゃん!』
元気よく部屋に上がり込んで来たコイツはダリアという名の人間だ。私の住処を誰から聞いたのか知らないが、毎度図々しく部屋に上がり込んでくる。迷惑だということを伝えているのに。
『…ダリア、帰れ』
私がいつものように、ダリアにこの場から消えるように言う。が、そんなことお構い無いという様子で私の隣に腰を下ろした。
『帰らないよ、一緒にいたいから』
『私は、人と関わる気はない』
ダリアはムスッとしたように口を尖らせ、こちらを見つめる。
『そう言う態度だから、高校で友達できないんだよ』
…余計なことを。
私は人間との関わりを完全に断ち切った訳ではない。ただ親密にならないようにしているだけだ。だから自分の見た目でしっくりくる年代、高校生のフリをしてざっと300年以上は生きてきた。その300年の間、私は人と最低限の言葉を交わすことなく入学も卒業も繰り返していた。なのに、今回の高校ではダリアにものすごく話しかけられる。
『ねぇ、人の話聞いてる?』
私が無視をしているのにも関わらず、永遠と話しかけてくる物好きだ。
『ねぇってば!』
『耳元で大声を出すな、うるさい』
私が一言喋っただけで、嬉しそうな顔をする。私はコイツが苦手だ。
『ねぇねぇ、エリちゃん。こんな廃墟で暮らしてて、ご飯とか食べてるの?』
そもそも吸血鬼だから人間のご飯なんて食べない。と言いたいが、私の正体は隠しているから言えない。
続けてダリアは聞いてくる。
『てか、家ないの?』
家なんてあるわけがない。なんなら私にとってこの廃墟が家みたいなもんだしな。
にしても、今日はやけに質問してくるな。
私が答えていないのに気にせずに次々と話しかけてくるし。
『だって、聞こえてるから』
『は?』
『私ね、心の声を聞くことができるんだ』
コイツ、本当に頭がやられてたのか。
いや、まてよ、これが人間で言う厨ニ病というやつなのか。
『違うよ、厨ニ病じゃない。本当に聞こえてるの』
『…本当に私の心の声は聞こえてるのか?』
『うん!』
自信満々に頷くダリアをみて思う。
コイツは嘘をつくほど馬鹿じゃないし、本当の事なのだろう。
『信じてくれたの?』
『あぁ、実際に聞こえてるみたいだしな』
と言うことは、私の正体も気付いていたということか。
『…うん。気付いていたよ。エリちゃんって吸血鬼なんでしょ!』
目をキラキラとさせながら言ってくる。
『そうだ、吸血鬼だ。それがなんだって…』
『私の血、吸ってよ』
…本気で言ってるのか?
吸血鬼に血を吸われると人間は吸血鬼になってしまう。それが私たち吸血鬼の性質だ。
だから、血を吸ってしまうともう二度と人間には戻れなくなる。
『なぜだ?どうして血を吸われたいんだ。永遠の命が目当てか、それとも永遠の若さか?どれも良いとは思えない』
私が言うのもアレだが、吸血鬼なんてなった所で永遠をさまよい生きていかなければいけない。孤独な生き物だ。私なら進んで吸血鬼になんてなりたいと思わない。
『私はずっとエリちゃんの隣にいたい』
こちらを見るダリアの目は、私の目をしっかりと捉えていた。
『私の隣にいたって何もないだけ…』
『それは私が決めることでしょ!私は…エリちゃんの悩んでいたこと、どうして人と関わらないのか知ってる。だから、寄り添いたいの』
『私のことを哀れんでいるのか?そんな感情で吸血鬼になるな』
『…エリちゃんのバカ!』
それだけ言い残すとダリアは部屋から走り去ってしまった。
バカ、か。
少しずつだったが私はダリアに興味を持っていた。いや、惹かれていたのかもしれない。
人と関わろうとせず、空気のような存在だった私に、興味をもって根気強く話しかけてくるやつがダリアぐらいだったから。
…もしも、吸血鬼としてダリアを迎えられたら、私は楽しい日々をおくれるだろう。今までの孤独から解放されるのだから。でも、その代わりダリアは友人や家族から離れなければいけなくなる。
それを考えると、1歩を踏み出すことができないでいた。
『私はエリちゃんと一緒なら他はいらないよ』
『なっ!聞いてたのか』
ドアから帰ったと思ってたダリアは、ドアのすぐそばで私の心の声を聞いていたらしい。
意外にもずる賢いやつだ。
『…たとえダリアがそう言ってくれても私はその選択をしてしまうのが怖いんだ』
『エリちゃんって結構怖がりだよね』
そう言われるとそうかもしれないと納得してしまう。
もう何も失いたくない、それをダリアに経験させてしまうことを恐れている。
誰よりもその苦しみを知っているから。
『大丈夫だよ。だって吸血鬼になったら一緒に生きられる。そばにだっていられる。だから』
私に近づき、ダリアは私の手をとり握りしめる。
『エリちゃん、私の血を吸って』
ダリアは覚悟を決めてこの言葉を言っているのだろう。それなら私も答えるのが礼儀だよな。
『…後悔しても知らないからな』
そう言い、ダリアの白く儚げな首筋に噛み付く。
『いっ!』
あまりにも久しぶりの吸血で力加減が分からず、ダリアが痛そうにしていた。
申し訳ない。
『大丈夫だよ、だからちゃんと飲んでね』
ダリアにしては珍しい優しい声で言われ、私はそのまま血を飲んだ。
ダリアの血は甘くて美味しかった。
『はー、これで私も吸血鬼か〜』
私が血を飲んで数分後、ダリアは眠りについた。眠りから覚めた今、彼女は立派な吸血鬼となっていた。
『本当に、よかったのか?』
私の問にダリアは満面の笑みで答えた。
『もちろん!』
私はその笑顔で少し安心することができた。
『大丈夫だよ。私は自分でこの道を選んだんだから。それにもしも悲しいことがあっても、エリちゃんがそばにいてくれるでしょ?』
『あぁ、そばにいるよ』
ダリアが私の隣に腰を下ろしてくる。
『なんか、さっきの言葉さ。恋人ぽかったね』
『はぁ?何考えてんだよ。バカ』
『あっ!エリちゃん、照れてるでしょ』
『照れてないし』
月が照らす部屋で、二人はいつまでも幸せに暮らすことだろう。
『ダリア、何してんの?』
『え〜、秘密〜』
私が吸血鬼になってもう400年が経つ。
あの時、嬉しすぎて書いた本。
心が読める私ならではの自信作だ。
まぁ、私だけしか読まないんだけど。
エリちゃんにこんなの見つかったら、怒られちゃうだろうし…。
『おい、ダリア。出かけるんだろ?早くしろよ』
『はーい』
私は本を机の引き出しにしまい、鍵をかけた。
鍵はネックレス上にして首からかけるようにしている。
私がすべてを捧げ、吸血鬼になった日をいつでも思い出せるように。
私が吸血鬼になった日 夜桜 @yozakura_56
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