③ 初デートの思い出(1)

 そういえば、あの時に初めて領地まで付いてきたんだったな・・・・・・この人。



***


 婚約者になってからの平日は、午前中は王宮で妃教育を受け、午後は王都の西公爵邸うちで相変わらずのお勉強。休日になると、何故か殿下がやってきてお茶をともにする・・・・・・。幾度いくども季節を共にしているうちに、そんな生活にも慣れてきた。


 毎年、夏の魔物活性シーズンに合わせて妃教育を休ませていただいて、領地で魔法実戦の練習をしていた。マリオン先生も待っているので、当然今年もそのつもりで帰る準備をしていたのだが――何で目の前にいるの? この人。



「・・・・・・あの、殿下? 本日は、休日ではない・・・・・・ですよね?」

「ん? そうだね?」



 何故、そんなにいい笑顔なんですか。これは何を言ってもんだろうな・・・・・・。何とも言えない表情のまま、殿下に私的にはサクサク感が今日イチの出来栄えのルルの実ブルーベリージャムパイをミントティーとともに差し出す。彼を一人にするわけにもいかず、残りの準備をジゼルに任せて、ニナにミントティーをお願いした。


 とりあえず席に着いた私に、満面の笑顔でパリッと表面を割り、中のサクサクの生地から覗くルルの実ジャムを器用にフォークですくって切り分けられた欠片かけらに纏わせたくだんのパイを差し出してくる――私が口を開けるまで、永遠と圧がかけられる「あ〜んってして?」のポーズ。ぅ・・・・・・、甘酸っぱいルルの実ジャムの甘ったるい匂いとパイ生地の香ばしい匂いが、鼻をかすめる。食べたい・・・・・・でも――いや、この際、羞恥を捨てなければ! 永遠とさらされるよりいい!!


 意を決して、パクッとフォークに食らいついた。あ、サクサクの生地の中からバターの甘みとジャムの甘酸っぱさがじゅわっと口内に広がって、香ばしい香りと朝摘みのルルの実の爽やかな香りが鼻から抜けていく・・・・・・あー、美味しい。


 一瞬でニコニコになった私を、殿下は満足そうに見つめていた。あれ? 餌付けされてる? 美味しい――でも、何故か腑に落ちない・・・・・・百面相し出した私に、殿下は珍しく今日来た理由を素直に教えてくれた。



「先日、公爵からレティがそろそろ実戦に入るって聞いてね。せっかくだから、私も行こうかと思ってね」



 んん!? 物凄く、聞き捨てならないワードが聞こえたような・・・・・・マリオン先生とじゃないの? もう明日にはこの屋敷を出て領地へ向かうので、今から領地にいる父に手紙を送ったところで返事なんて返ってこない――討伐してて忘れると思うし。そして、今ならもれなくある程度情報をお持ちであろう殿下がいらっしゃる。もう、聞いたほうが早いよね? 


 せっかく詳しそうな人がいるため聞いてしまおうと、まずはニナが淹れてくれたミントティーで口の中をさっぱりとさせてた。



「・・・・・・父が、実戦と言ったのですか?」

「うん。実戦と聞いたね」

ではなく、ですよね?」

「あぁ、マリオン女史も居るが、間違いなく実戦と言っていたよ」

「・・・・・・そうですか」

「ん? 初めての討伐は、レティでも不安?」



 私がマリオン先生と実験料理しているのを知っている殿下だから、「レティでも」と聞いてきたのだろう――勿論不安である。このアルバで育ち、たくさん魔法に触れてきたが・・・・・・『対魔物』はなのだ。


 ・・・・・・すごく顔に出ていたんだと思う。殿下がいつの間にか隣に移動して、手を握りながら「大丈夫」と囁いてきた。大丈夫って?



「大丈夫だよ、レティ。私も十になって直ぐ、騎士団長らに連れられて各公爵領で討伐実戦を経験している。今では、公務の一環で年四月よつき程各領地の討伐に参加している。西も、君が知らないだけで討伐に出ているよ」

「え!? いらしてたのですか!?」

「あぁ。だから、君の初討伐も心配しなくていい。何かあれば助けるよ」

「それは、心強いですけど・・・・・・」



 「だからついて来るのか」とあきれるのもおかしな話か。初討伐の不安は、少しでもないほうが嬉しい。それに、殿下が自ら助けてくれるためにと仰っているので、素直にこの話を受けるほうが絶対に良い。


 殿下の被せてきた手の中で、知らないうちに更に握りこんで拳を固くしていた私に、優しい声が降ってきた。



「レティ、助けるよ。はレティシアを気に入っているんだ」



 初討伐の不安と殿下のくれた優しい声のせいで、その後のことはよく覚えていない。多分、殿下を見送った・・・・・・はず。




 そして。


 いくつもの行程を経て、殿下とともに西公爵領の屋敷へ帰った。着いて直ぐ、何の準備も無いままに父に野営地に連れていかれた――優秀な侍女ジゼルのおかげで、野営に必要な物は空間収納に入っていたのがよかったわ。


 野営地で基礎を教わりながら、テントを張って『障壁しょうへき』を展開する。終わって直ぐに、休む間もなく初討伐の――しかも対魔物用海兵隊レンジャーにとってのオークと対戦させられた。休む間がなかったのがよかったのか、オークはすんなりと倒せた・・・・・・問題だったのは、死体の処理のとき。


 処理自体には、意外にも前世でいうと魚を捌く感覚に似てると思ってしまったため、あっさりとできた。出来たけど・・・・・・倒してすぐに処理しなければ、食べ物としての鮮度が落ち領民に回らない。時間をると、素材として使える部分も劣化するため、加工もできなくなる。領民のためを思って行動しなければならない――そう演説を繰り返しながら捌く父。確かにその通りだと思うので素直に頭に入れておくが、好きなアニメや漫画をキラキラした目で喋る少年のように話してくる父がちょっと――いや、ものすごく鬱陶うっとうしかった。私も『レティシア』としては年頃なんだよ、お父様。ちょっとそのデカい図体で、目をキラキラさせながら来ると、ね? うん、そういう事だよ。


 若干ウザい父がチラついていたが、殿下が私の補助に回ると言ってくれたおかげでしっかりとの討伐で慣れていくことができた。



 元々この討伐期間は一週間ほどで、今日は最終日。今日が終われば一週間休みが入り、休み明けから海討伐が待っている。今日は引き締めないといけないなと思っていたら、なんと!この練習用の討伐は、私だけではなかったらしい。他にも今年入隊した新人対魔物用海兵隊レンジャーが沢山いて、彼らは二週間前から練習用の討伐をおこなっていたらしい。あれ? 私だけ短くない!? この短さに気づいたのは、休みに入ってからだったけど。


 最終日は新人たちを班に分け、ベテラン対魔物用海兵隊レンジャーたちがリーダーとなり引率しながら新人のチームワークを確認する練習用の討伐日な・ん・だ・け・ど。なぜリーダーなの!? ベテラン対魔物用海兵隊レンジャーじゃないじゃん!! 練習してからなら、領主家の人間だからわかるけど・・・・・・なんでよ!!


 父に無理矢理リーダーとして引率を強制させられたので、仕方なしに新人とともに出発した。殿下も不安を感じ取ってくれたのか、耳元で「討伐場所、近くにするから」と近場での参加を約束してくれた――耳元は余計でしたよ。



 殿下のおかげで気を引き締めなおし、チーム討伐練習へ出かけた。向かった先にいたのは、父と殿下に仕込まれていたオークやボアの小さな群れだったので、チームワークのぎこちなさを感じながらも順調に討伐を行っていった。回を重ねていくと、初めのぎこちなさも薄まっていき、次第にチームとして動いていけるようになった。


 本当に近くで討伐してくれていた殿下のチームと一緒に昼休憩をはさみ、情報交換を行ってから再び各班に分かれて討伐を再開した。今日の練習はあと三時間。気が緩みやすい時間だと新人対魔物用海兵隊レンジャーたちと確認をしている時に――それは、現れた。



 初めは何が起こったのかもわからないくらい、一瞬で向かいにいた新人対魔物用海兵隊レンジャーたちが


 状況を理解したのは、赤い色に光るが眼前に迫ったから。間一髪で避け、飛んで散らばった新人たちに向かって広範囲結界を展開した。午前中から討伐で魔力もかなり減っているところには少しきついが、本来のブルの襲撃に新人たちが反応できるはずもなく、皆傷を負いながら倒れているため仕方ない。


 私が避けた突進は、木々が受け止めたらしい。角が引っかかって身動きが取れずにジタバタするブルが見えた。今のうちに結界から外れている新人を結界内に連れて行こうと、足音を立てないように素早く動く。幸い、私はまだ怪我を負っていなかった。


 ブルがジタバタしている間に一人二人と運んで行き、最後の一人を迎えに行こうとしたとき――火が舞った。そうだった、ブルは『魔法属性』で『色』が変わる。今、火を纏い木々を燃やしているのは、赤かった。


 火に気を取られたのがいけなかった。木から脱出した赤いブルは、火を纏ったまま残された新人に目標を定めた。危ない――っ!!


 倒れたまま気づいていない新人まで風魔法で勢いをつけて飛び、手が届いた足首をつかんで結界の方へ魔法任せに飛ばした。その反動で、彼が倒れていたところを――案の定ブルの目の前を通過した。通過の際、ブルの角に少し引っ掛かってしまい、近くの木に勢いよく飛ばされてしまった。



 ドンッと伝わる木の衝撃。


 正直、何が何だかよくわかっていない。


 目が開いてるのか閉じているのか、何を見ているかも定かではなかった。


 ・・・・・・肉の焦げるニオイが、鼻につく。


 傷口なのか・・・・・・ドクドクと脈打って出て行く血が見える。嗚呼ああ、ちゃんとこの世界アルバで生きてるんだなぁ。そんな呑気に考えていたら、眼前に火を纏ったブルの尾が迫っていた。


 魔力もほぼ無く、こんな傷では立ち上がれない・・・・・・。


 血が流れすぎたのか、眩暈めまいで視界が定まらない。


 クラクラする・・・・・・体は、重力に逆らえそうにない。





 覚悟の上で目をギュッとつむった――。

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