④ 初デートの思い出(2)
動けなくなった私は、覚悟の上で目をギュッと
――が、一向に衝撃が来なかった。
クラクラする頭でゆっくりと目を開けていくと、見慣れた真っ黒な軍服が目に入った。
剣先に氷魔法を纏わせた見知った背の攻撃は、魔物たちを斬った端から氷漬けにしていく。
繰り出される攻撃から漏れ散った氷の粒に陽の光が反射して、キラキラと彼を輝かせているように見えた。
「消えろ」
誰もが恐れる様な、とてつもなく冷え切った声だった。
たった一言なのに――。
それも魔物を
いつも怖いと思う笑顔と同じ眼をして発せられる声なのに、とてつもない安心が押し寄せてきた。
その安心感に包まれた私は、そのまま意識を手放した。
・・・・・・焦げている傷口のニオイで、ちょっと焼き肉食べたいな――なんて思いながら。
目を覚ましたのは、討伐から三日目のお昼過ぎ。暑い日差しが傾き、陰になった窓から入ってきたカラッと乾いた海風に誘われるように。看病してくれていたのは、
心配そうに覗き込んでくる殿下は、壊れ物でも触るかのようにそっと優しく手を包んでくる。あぁ、私――。
「レティ」
名前を呼ばれるだけで、トクンッと跳ねる心臓の音に
この時は「ダメ。何が起きるかわからないのに――巻き込みたくはない」という気持ちが
「・・・・・・何でしょうか」
笑顔が逆に無理しているようにでも見えたのか、殿下は一瞬眉をひそめたがすぐに戻し、優しく包まれている手に目を落とした。握られている手の温もりが、私の心を締め付ける。
「・・・・・・君のリハビリがてら・・・・・・その二人で、出掛けたいんだけ、ど」
あ、この
殿下は医療系の勉強もされてるって聞いたことあったから、この時は怪我した足を気にして言い
思えば、助けてくれたあの時には恋に落ちていたのかもしれない。でなければ、いつものように二人で話しているだけだったのに――こんなにドキドキしなかった・・・・・・と思う。
***
「どうした?」
作ってきたばかりの昼食を並べている手が止まったからか、私がぼーっとしすぎていたからか、眼前に不安そうな顔で覗き込んでる殿下の顔があった――近いわ。お茶の準備に行ってるニナと、なぜかベルナールと一緒に
そんな殿下を手で制しながら、手に持ったままだったサーモンのカルパッチョを並べた。
「いえ、何も。ただ――リハビリに付き合ってくださった時も、
そう。結局デートには行ったけれど、リハビリと完全に思っていた私の中には、あまり思い出として残らなかった。残っていたのは、やっぱり食べ物の事。リハビリデート後、お礼として振舞ったのが旬だったサーモンのお味噌汁だった・・・・・・胃の方もリハビリが必要だったから、汁物にしたっけ。寝込んでたしね。
「レティ」
有無を言わせない笑顔と唇に触れる指先から、殿下の体温がじわりと伝わる。どうやら、いつも以上に私の顔は赤いと思う・・・・・・近すぎるせいよね?
「まっまだ、ふふ二人きりだとしても、口調をかえるのは・・・・・・」
「じゃあ『リオ』って呼んで」
「はっハードル、上がってません!?」
「お願い」
もうすぐ十八歳になられる殿下の上目遣いでの『お願い』は、成人もしているせいか大人の色気が出始めている。う・・・・・・その顔は、ズルい。イケメンって、ほんとズルいよね。ゲームで見た殿下よりも、確実に私のどストライクに近づいている殿下に勝てるはずもなく・・・・・・敗北した私は、頑張るしかなかった。
「ぅ・・・・・・りっリ、オさ」
「リオ」
「・・・・・・リ、オ・・・・・・」
「よくできました」
少し照れながらも、嬉しそうに頭を撫でてくるリオ様。『惚れた方が負け』っていう人がいるけど、アリスのおかげでゲームの強制力は多分ないと考え出した私は、本当に負けているのかもしれない。リオ様に「男性としても好きになっていけたら」なんて、宣言しなければ・・・・・・よかったわ。もう落ちてるよね、
あ、ついにルシールさんが産休入ります。お世話になってる人のおめでたって、すごく嬉しいよね! おかげで、今後ろに交代要員として護衛についてるのが、ゲーム内とは印象の違うアランくんだけど。よくこの場で、ニナみたいに無表情で立っていられるよね。すごいわ・・・・・・。あ、私の護衛になりたいと一生懸命のクロエは、例の新人討伐に行ってるよ・・・・・・豚汁事件から懐かれてしまった騎士科生たちと、何故か目覚めた?ダメダメ先生も付いて行ってる。なんで?
アランくんは、私の一つ上だから一緒に学院に行く分にはいいんだろうと思う。どうせ学院内には、豚汁騎士科生やそもそも現役騎士である先生方だっているし。行き帰りも殿下が迎えに来るので、強制的に一人じゃないし? 警備面では、すごく安全だと思う・・・・・・
本当に何が起きても万全な体制になりつつあるので、もう安心してあの『乙女ゲーム』について忘れることになった。というか、頭の奥底にしまって、料理に熱中してるほうが楽しかったからだけど。え? 「ここ、楽しいっすね!」って、ダメダメ先生が言い出した?
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