間幕2

① 私と悪役令嬢と

 最期さいごに聞こえたのは、愛しいかぞくが言ってくれた「美味しいものを食べに行こうね」だった。





 前世から美味しいものは大好きで、特にお隣の幼馴染と従妹いとこが作るものが好きだった。幼馴染は私たち従姉妹よりも少し年上で、世話好きのお姉さん。彼女が作るものはどこか懐かしく、誰でもおふくろの味ってこうなのかなぁと思わせる安心感のある料理だった。私たち従姉妹いとこにとっては、実母の料理よりもおふくろの味と言っていいほどに毎日食べに行ってた。ある日突然、彼女が帰って来なくなるまでは。


 幼馴染が行方不明になってからは、従妹の莉香れいかが覚えてる限りの彼女が作っていたレシピを再現するようになり、莉香の腕は比例するように上がっていった。いつしか幼馴染の料理だけではなく、莉香自身のオリジナル料理も従姉妹わたしたちのおふくろの味になった。


 大人になっても従姉妹同士で集まる機会は多く、友達と遊ぶよりもみんなして莉香の家に押し寄せては、彼女の手料理を食べていた。仁香にか和香わかとゲームをし、涼香わたしは莉香が料理してるのを眺めながら、自作の化粧品たちのトライアルをする。ずっとそんな関係が続くと思っていた――あの地震が起きるまでは。


 莉香を失い、和香は実家の部屋から出てこなくなった。仁香は怪我けがで起き上がれなくなり、私は心に穴が開いた・・・・・・。正直、当時の彼氏――のちの夫となる人がいなければ、生きることもやめてしまっていた。毎日押し寄せる「どうして神様は大切な人たちを順番に連れて行ってしまうの」と答えのない問いに、押しつぶされていたと思う。


 子供ができなかった私は、夫のおかげでそれなりに幸せに暮らした。だけど、還暦かんれきすぎてからわずらった病気で死ぬ寸前に思ったのは「やっと、大切な彼女たちにえるのね」だった。夫のことは愛していたけれども、彼と同じくらい『大切な家族』を愛していたから。




 前世の記憶を取り戻したのは、やっぱり愛しいの家族を失った時だった。あの時は「また連れて行ってしまうなんて、神様は私のことが嫌いなの?」とちていきそうになった。だって、今世は前世の夫あの人が横にいてくれるわけではなかったし。今回持ち直せたのは、目まぐるしく変わる環境の所為せい。母が亡くなって考える間もなく実父に引き取られて、継母はは継姉あねとわだかまりなく過ごすために躍起やっきになっていたおかげ。もう大事な人を失いたくないから、やけくそに私の心を守ってくれる家族ひとを増やそうとしていたのもあるけど。


 新しい家族とも仲が深まり、一緒にいて楽しいくらいに人生を再び歩みだしたけれど・・・・・・まだ心のピースは欠けたままだった。そんな時、急に仁香がはまってた『乙女ゲーム』について思い出した。もう何十年も前のものを。そのゲームは唯一、が知っているゲーム。薔薇ばらでも百合ゆりでもなんでも来いの仁香や乙女ゲームマニアの和香は勿論、仁香に仕込まれたせいでラノベが好きになった涼香わたしやゲームをしなかった莉香さえも知っていた乙女ゲーム『花舞う国で恋をする』通称『花恋はなこい』。


 日々過ごしていく中で、そのゲームと違う部分もあるがシンクロ率がひどく、学院入学直前には絶望に染まっていた。だって、折角せっかく第二の人生を歩みだしたのに、ゲームの世界で強制的に自分が『ヒロイン』として動くのって人形みたいで嫌じゃない? テンパり過ぎて、入学式に一人で行っちゃったけど。乙女ゲームあるあるのイベント発生がなくてよかったわ。


 おかげで、あるあるイベントの代わりに『大事な人』にまた逢えた。彼女は、が可愛いと言っていたゲームの悪役令嬢としてあらわれた。本当は本人が認めなかったけど、莉香ちゃんにそっくりのキャラクターだったから、仁香も和香も涼香わたしも好きだっただけ。ゲームのようにドリル装備してない姿は、万年ショートヘアだった莉香ちゃんをロングヘアに変えただけ。本人そのもの。


 私たちが好きだった彼女が生きてる――失ったピースがはまりだした世界で、ゲームが強制的に起こるなんてもってのほか。あの子を人形として動かしたくないし、何より今度こそ失いたくない。そんなことを思っていた所為か、入学時の魔力内包量測定で「大事な人を守ってあげてね」なんて女神セラータ様に言われてしまった。莉香ちゃんには内緒だけど、このアルバは本当にただ『ゲームの素になった』だけの世界と教えていただいた。強制力もないと女神セラータ様のおすみ付きで。ただ、私にその記憶ゲームを思い出させたのは、仕出しでかす人がいるかもしれないと。だから、シナリオ通りにならないように彼女を守りなさいと。もう手放したくないのなら・・・・・・。


 そんな愚行ぐこうをおかすやつは今のところいないし、ゲームの進行とは中々違う日々を過ごしているので、莉香ちゃんはまだ「多分ね」ぐらいにしか思ってない。今度は魔法が使える世界だから、何かあっても多少無茶をしてでも助けるからね。


 私のそんな決意を全く知らない彼女は、今日も元気に私とじゃれてくれる。大切な人が生きている幸せを噛み締めながら、悪ふざけに便乗する――しすぎて、この間のデートを根掘り葉掘り聞かれてるけど。



「それで? その後、ベルナール様と手でもつ」

「それよりさぁ! この味って・・・・・・」

「え? あぁ、それ。テレビCMで外国人が作り方説明してた、某紅茶のクラフトティーっぽいでしょ?」

「え、めっちゃ美味しいんだけど!?」

「こっちの素材の方が日本で再現するよりも、似てるんだよねー」



 話を中断したにも関わらず、料理の話でニコニコの彼女は、今日もあの頃と同じように美味しいものを私に出してくれる。



「本当はね、夏の定番の某乳酸菌飲料が飲みたくてね」

「あぁ、子供の頃のお中元に瓶入りできてたアレね」

「再現を試みたのよ。家とか魔法とか駆使くしして」

「権力と魔法の使い方、間違ってない?」

「でね、出来なくて・・・・・・諦められなくて」

「綺麗にスルー。まあ、いいけど。ていうか、諦めなかったのね」

「クラフトティーなら出来るわ!って思って、やっちゃった!」

「さいですか」



 あの頃とかわらず、お金の使い方がおかしいけど。今は西公爵家権力もか・・・・・・。



「だって、夏の定番も飲みたかったけど・・・・・・クラフトティー片手に乳酸菌飲料入りのしっとりクッキー食べたかったんだもん!!」

「えらい、可愛い理由だなーおい」



 普段は私がいじられっぱなしなのに、料理の話だと逆転するのよね。可愛いからいいけど。



「やっぱり、あんた可愛いわ。レティシアになっても」

「いや、意地いじはってるだけでしょ?」

「・・・・・・やっぱり可愛いわ。これで、領地改善のために勉強もしてるとか――そりゃあの腹黒がのがすわけないわな」

「呼んだかい?」

「!! ・・・・・・いえ(いつからいたんだよ!?)」

「あ、リオネル様! 今ちょうど焼き上がったところなんですが、リオネル様も召し上がります?」

「レティの手作りだろう? 勿論、いただくよ」

「ちょっと! それ、私の分なんですけど!?」

「おや、居たのかい」

「殿下より先に居ましたけど!?」



 ちょっと鼻につく攻略対象だった人第二王子は邪魔だけど、彼女が幸せなら全力で応援する。待って! それ、莉香ちゃんが私に焼いてくれたバターリッチなパウンドケーキ!! 返してー!!


 今日も今日とて、何も起こらないように祈りながら殿下とレティのパウンドケーキを取り合う。私もレティに劣らず食い意地張ってるな――他人ひとのこと言えないわ。





 拝啓、前世の愛しいあなたへ。


 涼香わたしは死んでしまったけど、アリスわたしは今日も元気に、愛しい悪役令嬢かぞくと美味しいものを食べてます。彼女に逢えたから、きっと仁香や和香だけでなく――今一番逢いたいあなたにも逢える気がするんだ。


 またどこかで逢えるのなら、一緒に美味しいものを食べに行こうね。


 アリス・ロゼ・タイヤール

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