第二章

1.ヒロインとゲームスタート?(1)

 朝日に照らされた窓を開けると、春の暖かな風が通り過ぎていく。今の私には眩しすぎる穏やかな陽気に包まれながら、今日から始まる新生活のため、真新まあたらしい水色のワンピースに袖を通す。少し落ち気味だった気分も、うっかり上昇してしまう。


 わざわざ今日の門出を祝うが為に領地から出てきてくれた父と、学院滞在中に社交をする為と理由をつけて私を一人にしない為に付いてきてくれた母と共に、新たな生活に馴染なじめるようにと少し豪華ごうかにしてくれた朝食をいただいた。


 入学式の時間に合わせて学院のローブをまとい、玄関ホールで馬車の支度したくを待っていたら・・・・・・奴がやって来た。え、聞いてないけど。



「おはようレティ」

「・・・・・・おはようございます、リオネル様」



 冬薔薇ふゆばらの夜会後、年明けから先日までの間に度々たびたび訪ねてくれた殿下。あの告白合戦のような赤面事件は、あれ以来治まりつつある・・・・・・私が慣れてきたのもあると思う。


 両親とも挨拶が終わった殿下は、当たり前のようにエスコートして馬車に乗せてくれた。ルシールさん、知ってたなら教えて欲しかった・・・・・・。落ちていくはずだった気分も、殿下のおかげでどこかに行ったから良かったのかもしれない。




 殿下と護衛二人の四人で王家の馬車に揺られて学院へ向かうと、学院の門のかたわらにたたずむ女生徒がいた。何か困っているのだろうか。百面相しているため、周りの生徒から遠巻きにされている。何してるんだろう?



「・・・・・・リオネル様。あの方、何かあったのでしょうか?」

「ん? どの人だい?」

「あの門のそばに立たれている、綺麗なダークブロンドの真っ直ぐな髪の方です」

「・・・・・・本当だね。どうしたんだろう? 声をかけてみようか?」



 しばし考えてから、もし平民や下級貴族の方なら上位貴族の自分達二人で話しかけるとそのまま去ってしまう可能性もあると思い、一人で声をかけることにした。まだ、落ちかけた気分も帰ってきてない。



「リオネル様。もし寮住まいの方たちだった場合、私達二人で声をかけると萎縮いしゅくされてしまうかもしれません。それではお話も聞けませんし、病気や怪我をされているならそのままお隠しになるかもしれません。・・・・・・女生徒のようですし、馬車を降りて、私一人でお声がけしてもよろしいですか? 何かあれば、必ずリオネル様をお呼びしますから」



 やや思案しあんしたが、女生徒に殿下みずから声をかけるわけにもいかず、私に念押しして許可してくれた。



「わかった。必ず呼ぶんだよ? 私も降りるが、少し離れた場所で見守っているよ。必ずだよ?」

「はい。ありがとうございます、リオネル様」



 微笑むと、仕方がないと言わんばかりの表情で馭者ぎょしゃに伝えて馬車を停めてくれた。ルシールさんが扉を開けて、殿下にエスコートされながら降りた。百面相女は、まだこちらに気付いてない。


 行ってきますと殿下に目配めくばせして、ルシールさんと共に彼女の方へ歩いていく。当然、周りの方達も遠巻きにしていた方達も道を譲ってくれた。百面相の不審な女と公爵令嬢・・・・・・そりゃ開けるよ、私でも。それは、殿下がラウルさんと共に、馬車の側で待っていてくれているのがわかる程にね。


 彼女へ近づくにつれ、何かブツブツ聞こえてきた。確かに百面相しながらブツブツ何か言っていたら、近くに行きたくはないわね。普通に怖いわ。だが、病気や怪我なら困るので、勇気を振りしぼって近づいていく。あ、れ?これって・・・・・・日本語?



『・・・・・・あぁ、・・・・・・った。本当にけられな・・・・・・』



 避けられな、い? 何が? 懐かしい日本語につられて、ゆっくりと側へ寄るとはっきり聞こえてきた。



『本当、なんでがハマってた乙女ゲームなんだろう・・・・・・。どうせ転生するなら、悪役令嬢がざまあするラノベの世界が良かった・・・・・・ヒロインじゃなくて、モブで悪役令嬢をおがみたかったのに・・・・・・』



 と聞こえてきて、自分が忘れそうになっていた落ちかけの気分がどんどん押し寄せてきた。多分、彼女がこの乙女ゲームの世界のヒロイン、アリス・ロゼ・タイヤールで間違いない。聞いてた雰囲気とは少し違うが・・・・・・それよりもって――これは確かめるしかない。彼女が言う『ニカ』が私の知る『仁香にか』と同一人物の可能性が出てきた。気持ち的にちょっと警戒はけそうにないけれど・・・・・・よし!行こう!


 彼女の斜め向かいから、少しのぞき込みながら話しかけた。



「あの。こんな所で立ち尽くして、何かありましたか?」



 私の声に驚いた彼女は、目をあふれんばかりに見開いた・・・・・・なんだか懐かしいわ。



「――!! あ、えっと、その・・・・・・ちょっと」



 いきなり声をかけられて戸惑とまどう彼女にさらに近づき、耳元で小声でささやいた。アルバに来て初めて日本語を話すが、思ってた以上に普通に話せてうれしくなった。



で玉子にたっぷりの黒胡椒くろこしょうが入った玉子サンドは好き?』

「黒こしょ・・・・・・って、えぇ!? 『その・・・・・・隠し味は?』」

和辛子わからし蜂蜜はちみつなんてどう?』

「!!」



 あわてて口を押さえる彼女。ビンゴだ。私が知ってる『仁香』の関係者で、しかも彼女自身も私は。前世、我が家の玉子サンドは茹で玉子にたっぷりの黒胡椒が入ったマヨネーズ和えの玉子サンド。隠し味は和辛子と蜂蜜を少し入れる事で、マスタードソースの様な風味になる玉子サンドは、妹・従妹仁香従姉いとこの大好物。それに反応した。そして、妹ならハマってたと言うはず。さら従妹いとこの仁香を知ってる。間違いなく、従姉の涼香すずかだと思う。ただ、このままここで話し込むのは、囲まれたままの今の状況的によろしくない。私の心情的にも。


 殿下とは在学生代表挨拶がある為、この後直ぐに別行動予定。ルシールさんやラウルさんとは、学院内は騎士科生や騎士科担当の講師が現役騎士で常駐じょうちゅうしている為、送迎の時間以外別行動。学院内の別場所でお仕事があるらしい。


 更に今日の予定は、入学式後に魔力内包量の測定だけ。クラスは魔法科・騎士科・官吏かんり科の各科に所属なだけで決まった場所がなく、授業も選択制の為にクラス発表もない。よし! このまま新入生同士という事で、会場まで一緒に行くよう誘えば殿下に不審がられない!・・・・・・はずよね?



貴女あなたも新入生でしょう? 実は、私もなの。よかったら、会場までご一緒しても?」



 その言葉に、周りをチラッと見回したヒロインのアリスは、状況を理解したのか直ぐに欲しい返事をくれた。若干じゃっかん芝居しばいがかってたけど、私はそれどころではない。



「――!! 勿論もちろんです! 私も新入生で、心細くて・・・・・・ぜひ、ご一緒させてください!!」

「アリス?」



 返事をくれて直ぐ、ヒロインをはさんで私と反対側から、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。声がした方を見ると、ダークブラウンの髪に緑がかった綺麗な青い瞳を持つ、ヒロインとそっくりな顔立ちの女の子が男性にエスコートされてやってきた。って、エスコートしてる人に見覚えあるんだけど・・・・・・隣国ネモフィルの王太子じゃん!! ちょっと覚えてるゲーム画面の顔と違うけど、間違いなく隠れ攻略対象だわ。彼が、もう留学してるの?! 前世の妹が話してくれた設定の中では――確か、留学は秋以降だったはず。


 驚いている私の横から、ヒロインの鈴の鳴るような可愛らしい声が聞こえてきた。



「お継姉ねえ様! ディオン様、おはようございます。私が緊張きんちょうして戸惑とまどっているところに、こちらの方が自分も新入生だからと声をかけてくれたところです」

「こちらって・・・・・・」



 スッと私の方へ目を移した二人は、私を見て目を見開いた。またか・・・・・・と思っていると、しびれを切らしたのか、待っていたはずの殿下がやってきた。勿論、腰抱き入りました――これ、いる?? あ、でもおかげで少し、ほんの少しだけ落ち着いたわ。殿下、ありがとうございます。



「レティ。ここでは皆の邪魔になってしまうから、とりあえず中に入ろうか。式までまだ時間があるし、会場近くに休める場所があるからそこへ行こう。君たちもどうだい?」



 確かにここ、門の前ですごく邪魔。そして、皆口にしないけど、まさかの大物二人の登場。うん、移動しよう!


 殿下の誘いに、ネモフィルの王太子は直ぐにこたえた。



「ええ、是非ぜひ

「では、行こうか」



 殿下にうながされるまま、門の中へ進んでいく。私たち五人は、会場近くの少し奥まったところにある中庭へ向かった。





 降り注ぐ暖かな日差しとは別に、生温なまぬるい冷や汗がゆっくりと私の背を流れていった。

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