④ 冬薔薇の夜会(2)

 西大陸での服装は、大体四種類くらい。普段は生地などの素材が違うだけで、平民〜貴族まで大体ワンピース。男性はシャツに、地球のチノパンに近いパンツ姿。たまに男女関係なく、ベストを着てる人もいる。季節によって、上着を羽織るくらいの誤差。


 身内だけで集まる時は、脱ぎ着しやすい簡易ドレス。男性は普段着にジャケットを羽織り、クロスタイを着ける人が殆ど。


 お茶会で着るティードレスは、地球で言う他所行きのワンピースやスーツに近い。男性はスーツ姿だが、首元に家紋入りの止め具を使ったループタイを着用する。


 夜会で着るのは、みんなが想像する『ザ・ドレス』ね。あ、アルバの男性はね、フロックコートが正装ね。お呼ばれした平民や学生達は、フロックコート着用。どの国も商店街の中心部には貸衣装屋さんがあって、低価格で高品質の物を貸しているから、上位貴族の人でも仕立てるより借りたほうがいいって言う人もいるんだよ。


 でもローズ国の要職にく男性は、大概たいがい仕事着を正装として着る。王宮官吏は官吏紋かんりもんが入ったフロックコート、魔法省はフロックコートの上に魔法省のローブを羽織る。騎士は騎士服で、各公爵家は自領の対魔物討伐兵士レンジャーの軍服になる。家によって色が異なり、西公爵家は黒を基調とした軍服だ。


 何でこんな話をしてるかというと、本来なら王家はフロックコートに王家のマントを羽織ってるなのに! 何でこの人は、もう西を着ているんだろうね! いいのかね!?王家よ!! まぁ、付けてる薔薇は王家の赤だからいいんだろうけど・・・・・・いいのか? もう、わかんないや。西公爵家わがやの軍服着た殿下、不覚にもかっこいいと思ってしまったし。




 えぇ、今日は夜会当日です。あれから、乙女ゲームの素になった世界だから強制力はないかな?って考えつつ、うなりながら過ごした。一応、殿下に対して向き合うようにしようとは思うようになったけど・・・・・・キラキラ世界の殿下と、王家主催以外社交しない引きこもり気味の中身アラサー。ちょっとまだまだ時間が必要なので、それとなく伝えようと送っていただいたドレスに身を包み、意気込んではいたんだ。いたんだけどね? まさかのここで、西公爵家わがやの軍服で登場で驚きすぎて固まってしまったのよ。それが今。


 硬直して動かなくなった私を見つけるや否や、殿下は真っ直ぐ向かってきた。いつもと違って、キラキラした瞳で。



「レティ! 待たせてすまない。少し公務が長引いてしまってね。あぁ、やっぱりこのドレスにして良かったよ。良く似合ってる・・・・・・綺麗だよ」



 最後だけ耳元で言うの、反則じゃない?! 固まったまま、どんどん顔に熱が集まってくる。きっと殿下の胸に光る、王家の薔薇と同じくらい真っ赤になってるわ・・・・・・。


 俯いて小声で「ありがとうございます」って言えただけでも、私偉いよ! よく頑張った!自分で褒めとく!


 こんなやり取りの後、微笑ましいとニコニコした父や母は、西公爵家わがやの馬車で先に出発。私は終始ご機嫌の殿下と、殿下が私に付けた護衛のルシールさんと一緒に、王家の馬車に乗り込んだ。


 馬車の中で先日の続きなのか、耳元でささやかれまくってる私は、途中でルシールさんに助けを求めた。もう恥ずかしいやら、何やらで涙目で。何で普通に話せないの?



「・・・・・・殿下。今はその辺りにしておかないと、到着早々逃げられてしまいますよ」

「私が逃す訳がなかろう?」



 いい笑顔の殿下は、囁くのはやめてくれた。代わりなのか、到着までずっと手は握られていたが。ご機嫌な殿下と沸騰寸前の私、溜息ためいきを押し殺すような表情のルシールさんを乗せた馬車は、この後直ぐに王宮に着いた。


 ルシールさんが外の確認の為に先に降り、周りに警備担当の騎士しかいない事がわかり、殿下にエスコートされながら降りた。そりゃそうよね、王族が最後だもの。みんな、もう会場入りしてるわ。


 到着の声と共に、中へ入る。ザワザワしていたのに、急激にシンと静まり返る。目立つ! 嫌よー。外面そとづらの仮面をかぶって、逃さんとばかりに腰に手を添える殿下にエスコートされながら進む。何で腰なの!? 普通に手でエスコートしてよ!!


 左端に見慣れたアッシュブロンドが見え、殿下に伝えてそちらへ向かう。



「クロエ!」

「レティシア、久しぶりね! それにしても・・・・・・独占欲丸出しですこと」

「何のことかな? ヴァリエ嬢」



 そう。クロエの指摘通り、今日の私のドレスは殿下の色。殿下の漆黒の髪の色のドレスは、裾にかけて幾重いくえにも重なるオーガンジーでグラデーション・・・・・・もちろん殿下の瞳の青灰色になる様に。この世界で、ここまで自分の色でドレスを送るのはとても珍しく・・・・・・とても目立つ。未成年がつける白薔薇を、髪につけてるだけでも目立つのにね。因みに、クロエは殿下と同じ歳だから、成人の紫の薔薇を身に付けてる。クロエ、成人おめでとう。すごく似合ってる! 出来るキャリアウーマンの様な、綺麗な大人のお姉さんだわ。


 クロエと話をし出したら、周りも釣られ、先程のざわつきが戻っていった。



「ごきげんよう。殿下、何か聞こえまして? ところで・・・・・・何故、既に西公さいこうものを?」

「この方がわかりやすいだろう? レティの為にも」

「あぁ・・・・・・なるほど」



 殿下との会話で、何かを察したクロエ。え、何? 何でわかるの? ていうか、周りもやっぱり殿下の服装の話をしてるみたい。「西の」とか「いつのまに」とか。「あのドレスは」とか「まだチャンスは」とかまで聞こえてくる。流石、優良物件・・・・・・性格以外。ああ、西公さいこうは西公爵家ね。公爵家は、大体『方角』か『方角・公』と略される。て、誰よ?ドレスの話してるの・・・・・・。お願いだから、殿下の話だけで盛り上がってくれ!



「ところで、ヴァリエ嬢の婚約者は未だ選定中かい?」

「ええ。おかげで、本日は兄がエスコートを」

「おや、兄君の婚約者殿は?」

「先日からの風邪が長引いているそうで、本日は欠席だそうです。兄も心配のようで・・・・・・挨拶が済み次第、私を両親にたくして彼女のお見舞いに行く様ですよ」



 あら、クロエはお兄様といらしたのね。あぁ、あちらの柱の陰でソワソワしてらっしゃるわ。きっと、早く会いに行きたいんでしょうね。社交界に時々しか出ない私ですら耳にする程、ラブラブカップルだからね、クロエのお兄様と婚約者様。仲の良い様子は、若い子達の憧れの的よ。


 私がクロエのお兄様を見つけている間も、殿下とクロエの話は続いていたようだわ。



「・・・・・・れるつもりはありませんから。現在、配下で探しているのですが、これが中々」

「私もさぐっておくよ」

「あら、よろしいんですの? 御自分の側近は?」

「あぁ。あいつなら・・・・・・」



 余所見よそみしてて何の話ししてるか聞きそびれたけど、丁度陛下方がご入場されるというところだったので、皆中央へ向き直り静寂せいじゃくに包まれる。


 両陛下と成人を機に立太子なさった王太子殿下にエスコートされた婚約者様の四名が、壇上だんじょう其々それぞれの席へ着席され、両陛下のお言葉によって夜会は始まった。あ、西大陸は国の成り立ちから、センパスチル以外は王様と王妃様を『陛下』と呼ぶの。センパスチルだけは王妃様を『殿下』と呼ぶんだけど・・・・・・歴史のお話だから、また今度ね! 王女様は未成年のため、まだお昼の挨拶だけよ。




 冬薔薇は特別旧新年の挨拶が含まれる為、始まりの合図と共にまずは四公爵家が王家へ年度報告と共に挨拶をする。


 次に、各国からの使者の挨拶がある。大陸毎の横断はないが、中央大陸は使節団を組んで回るらしい。西大陸は各国に大使が常駐しているため、大使ら家族の挨拶になる。彼等は挨拶が終わり次第報告の為一度国に帰り、次の春の桜祭りに戻ってくる。


 その後勲章や褒章授与などがあれば、貴族平民関係いなく授与式が始まる。今年は授与式がない為、各国大使の挨拶後、殿・四公爵家当主夫妻(・授与者が居れば授与者)によるファーストダンスで本格的にパーティーが始まる。ファーストダンス後は、貴族達が爵位ごとに挨拶に呼ばれたり、自由にダンスをしたり、年最後の夜会の為に開かれた隣接するサロンにある食事を楽しんだり。挨拶さえ済ませてしまえば、直ぐにでも帰宅してもいい特別な夜会。


 理由は、季節毎に魔物の活性シーズンが違う為だ。守り手を出来るだけ増やしたいと、五代前の王様が決めた事で、当時は夜会中に冬の魔物のスタンピードが起きたからだ。かと言って、欠席にしてしまえば援軍を送るにしても状況把握が出来なくなるため、四公爵家の報告込みの挨拶が最初にある様になった。


 お気づきですよねー。西公爵家で挨拶後、私は殿のファーストダンスのメンバーに入ってましたよ。一応臣下に降ると言っても、王子様であるリオネル様の婚約者ですから。早く終わんないかなぁ――誰かさんのせいで注目されすぎて、頭が糖分欲してる・・・・・・。


 私が何を思ってるのか筒抜けなのか、クロエと別れて挨拶に向かい、ファーストダンスをこなした私に、殿下は耳元で「おいで」と言ってそのまま手を引いて王族専用テラスに向かった。耳元必要だったかな!? 私は真っ赤になるし、そこかしこから悲鳴が聞こえてきて、怖かったんだけど!




 着いたテラスには、私が王家のお茶会に行くと必ず食べる様になったチゴの実いちごタルトと軽食が置かれたテーブル席が用意されていた。


 殿下と初めてで話した時以来、すっかり私のお気に入りになったチゴの実タルト。ちゃっかり把握されてる・・・・・・そりゃ次に会う時、真っ先に「チゴの実タルト・・・・・・」って呟いた私も悪いと思うけど。それだけ気に入っちゃったんだもん!


 タルトを前に先程までの事をすっかり忘れた私は、肩を震わせながらもタルトを見つめる私と何ら変わらないキラキラの瞳の殿下にエスコートされて座る。ソファ席で確りと隣に座らせれてるが。食べにくいんだけど・・・・・・密着しすぎじゃない??



「レティが作る物の方が好きだけど、今日はこれで許してね?」



 そう言って、密着したままチゴの実タルトを差し出してくる殿下。何故「『あーん』ってしないの?」みたいな顔で見てくる?? しませんよ、恥ずかしいから! こちとら、やっと殿下の事を考えようと奮起ふんきしたばっかり――あ、言ってなかったか。だから攻めてるの? え、そういう事?


 タルトは一先ひとまずよけて、意を決して殿下に向き直る。近くない!? 近すぎて照れて俯いたけど、殿下の手にそっと自分の手を添える。深呼吸して整えるが、心臓はバクバクだ。



「はぁー・・・・・・。あの、リオネル様。せっ先日の話ですが――ぇっと、その」

「うん」



 殿下は添えた手を握り返し、反対の手で俯いたままの私の頭をそっと撫でた。表情はわからないが、声は穏やか。あ、握る手が少し震えてる? 何で?


 殿下の震える手が気になったおかげで、私自身は少し落ち着いた。



「婚約者としてもですが――だ、男性としてもす少しはその・・・・・・好きになっていけたらと」



 今自分的に伝えれる範囲で、頑張って応えてそのまま目をギュッとつむる。緊張と告白?で顔が熱い。何か言われるだろうと思っていたが、中々殿下の声が聞こえない。あれ、頭の上もいつのまにか軽くなってる?


 そっと目を開けて、殿下をこっそり覗いてみたら・・・・・・頭に乗せいていた方の手を口元に当てて、ライトアップされた庭へ目を向けていた。テラスに伸びる庭の光のおかげで、殿下の耳が真っ赤になってるのが見えた。えっ震えてたのって、殿下も緊張してたの? 嘘?!



 暫くの間、顔の熱が冷めない殿下とさらに赤くなる私は、給仕もなく柱の陰で護衛に立つ騎士達の生温かい視線の中、黙って食事を共にした。




 私は未成年のため、食事の後殿下に送られて帰宅。公爵家まで送ってくれた殿下は、愛おしそうに見つめて「また来年。公務が落ち着いたら、入学までに会いに行くよ」と指先に挨拶のキスを落として王宮に戻っていった。


 雪がちらつく中帰っていく殿下の背を、向き合い始めた恋と始まるのかわからない乙女ゲームへの不安が入り混じる感情で見つめていた。素になった世界だから始まらないのか、ゲーム通りに進んでいくかはわからない。私が知るのは、ただレティシアと主要キャラクターの顔と性格くらい。


 馬車が見えなくなるまで見送った私は、恋と不安に挟まれながら部屋に戻る。来年は――いよいよ学院に入学だ。シナリオを知らない私に出来るのは、好きな料理をして殿下やクロエ達と一緒に食べるだけ。





 深々しんしんと雪が積もっていく暗闇の中、複雑な想いを抱えたまま暖かい公爵邸の中で新年を迎えることになった。

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