② 見習い卒業の日
お嬢様と私が出会ったのは、お嬢様が初めて視察で孤児院を訪問されたときだった。
子ども達の間では
ある日、そんな噂しか聞かない御令嬢がうちの孤児院に来ることになった。私が一番の年長者で、来年には働きに出るための予行練習だと言われ、領主家御令嬢の案内に付くことになった。
「あら? 貴女が、今日私に教えてくれる方かしら?」
よろしくお願いしますねと頭を軽く下げられたその方は、どこからどう見ても、話に聞いていたような我の強い御令嬢ではなかった。
(天使か!?)
本気でそう思った。ふわふわした髪が邪魔にならないように左右で纏めてあり、汚れてもいいようになのか、仕立ての良い紺色の服にシンプルなエプロンを着た天使がいた。
天使は私の案内で進んでいくが、何一つ不満もなくむしろ丁寧に
興味深そうに聞いていた天使は、確りメモを取っていた手をふと止めた。見た先にあったのは、読み書きのために置かれていた本棚。
「・・・・・・ここ、
やっぱり噂通りの御令嬢なのかな? すぐ新しいものなんて言うのは、散財し放題の貴族だからか。大切に扱っていた本達を
「新しい物、新しい物って・・・・・・貴族はそうやってすぐに!」
涙で
「収めなさい」
「しかし!」
「子ども同士の喧嘩です」
「ですが!」
護衛の人は食い下がるが、赤く目が光り出した御令嬢の周りを急激に風が吹き始めたため、渋々下がった。え? この子、魔法使えるの??
「ケヴィン? 子ども同士の喧嘩です」
「・・・・・・はい」
護衛の人はすごく不満そうにこちらを睨んでいたが、私もそれどころじゃなかった。一歩間違えば、殺されていても文句を言えない、相手はお貴族サマ。彼女が彼女であったからこそ、切られなかっただけだし、魔法で攻撃されなかったのだ。
「貴女がどうして怒っているのか、聞いても?」
怒りと驚きで涙が絶えない私の目元を、ポケットから取り出した綺麗なハンカチで拭ってくれた御令嬢。もう目も赤く光ってない。訳がわからなくなっていた私は、ありのまま思ったことを話した。
「ぅぐ、きっ貴族サマは! 恵まれてぃっいるから! すぐっに、新しいのにかえるって。わったしたちはっ、ずっと!ぼぼっロボロに!!なっるまで、読んで・・・・・・ぅう」
「あぁ!『新しい物を寄越す』って話ね?」
護衛の人に濡れタオルを頬に当てられている御令嬢は、一切怒ることなく泣きながら話す私の話に耳を傾けてくれた。「
「ごめんなさいね。言葉が足りなかったわ。擦れている本は回収して、修復していただこうと思ったの。その間、読める本が無くなってしまうでしょう?」
「あ・・・・・・」
そう。彼女はただ、本を預かっている間に使う本を寄越すと言ったのだ。恥ずかしかった。ただの勘違いだ。
「ねえ。貴女、来年には働きに出ると聞いたんだけど・・・・・・よかったら、
「お嬢様!?」
護衛の人が静止するも、御令嬢は真っ直ぐに私だけを見ていた。何で私?
「貴女。大人の話を聞いて自分なりの意見から、先ほどの行動に出たのでしょう? 確りしてるわ。年長者ってだけじゃなく、確りと周りをよく見て判断している」
自分より小さな子に、褒められたのには驚いた。でも、
手をとりあぐねていると、理由を教えてくれた。
「私の噂を聞いたのでしょう? 我儘で、横柄でって。確かにそうだったの。でもね? 『このままじゃいけない。変わろう!』と思って、勉強を始めたの。ここに来たのも、その一つ」
「・・・・・・」
「大人達は、取り合ってくれなかったでしょう? 私がやりたい放題では、この領地が潰れると言っても。子ども達だけなのよ? 私の態度に反感を持ってくれていたのは」
「・・・・・・子ども達、だけ?」
「ええ、そうよ。おかしな話でしょう?だから私には、私に確りと意見をしてくれる助手が必要なの」
「助手・・・・・・?」
「だって! 領主が間違っているなら、確り叱らないと駄目じゃない!」
ね?と茶目っ気たっぷりにウィンクをしてきた御令嬢は、傲慢でも横柄でもない、本当に
後から聞いたが、ケヴィンさんは公爵家の執事だそうで、お嬢様が領内視察の際は講師役兼任で護衛としてついていくらしい。使用人って戦えないと駄目だっけ?と思ってたら、「そこら辺の奴とは、鍛え方が違うんですよ」と笑顔で言われた。公爵家の使用人って怖い・・・・・・と思った。
そうして公爵家に行くことになった私は、まずは見習いとして、先輩侍女さんに付いて働き始めた。働き始めて数ヶ月。思ったのは、うちのお嬢様は少しズレているだった。
真面目に机に
「レティ! もう少し弱めないと、梨ぐっちゃぐちゃになっちまうよ?」
「はい! もう少し弱めに・・・・・・ウィンドカッター(気持ち
魔法って攻撃に使うんじゃなかったっけ・・・・・・とりあえず、邪魔にならない端に控えて、梨飛沫から身を守る。魔法の先生が付いているから、梨自体はこっちまで飛んでこない。今、気持ち弱って聞こえなかった?
その横でジゼル先輩は、大きめのボウルを用意してはお嬢様が梨でいっぱいにしたボウルと交換していた。え? これ普通なの? 違うよね?
以前図鑑で見た中央大陸にあるチャベットだか、ツベットだかにいる狐の魔物の様な顔になって唖然としていたら、ジゼル先輩に梨でいっぱいになった方のボウルを厨房へ持っていく様、押し付けられた。
「よいしょっと。しかし、これどうするんだろ・・・・・・」
厨房の調理台にボウルをのせると、横でたくさんの四角い型にバターを塗っていた料理人に声をかけられた。確か、料理長のヤンさん。
「なんだ、知らねーのか? これは今月分の孤児院に贈る焼き菓子だ」
「え? お嬢様が作ってるんですか?」
「あぁ! お嬢が売れない物の利用法はないかって考えて、日持ちする焼き菓子にして孤児院に贈ることになったんだぜ」
「魔法の使い方、面白かったろ?」って豪快に笑いながら、大量の
「お嬢の『助手』になったんだろ? ちょーっと変わってっかもしれんが、領民思いの御令嬢だからさ。ま!がんばれや」
ニコニコしながら背中を思いっきり叩かれ、ちょっと恨みがましく睨み返した。痛かったんだよ、ヤンさん加減しないから。文句も言いたかったが、お嬢様の『助手』として働くために、まだ梨と格闘しているお嬢様がいる庭へ戻った。
そんなこんなで、毎日が過ぎ。
この日は来春から国立学院へ行かれる第二王子殿下の最終側近候補選びと、その婚約者であるお嬢様の側近候補選びという名目のお茶会。だが、既に双方側近が決まってるのでただのお披露目会になるらしい。付いていくのは、専属侍女のみ。
「ついに専属デビューだね!」
あの時と同じ天使の微笑みで、私を祝福してくれるレティシアお嬢様。見習いの時はお嬢様の行動に驚いたり、花より団子のお嬢様にうっかり「王子様方もメロメロですね!」なんて言って白い顔にさせてしまったりもした。婚約者に正式に決まってから、この日までの第二王子殿下の溺愛ぶりに引いたり。仕事をしながら魔法学園に通いつつ、何故か護身術以上の体術や剣術まで教わり・・・・・・。少しの事では動じない侍女と言う名の『助手』として、大きく成長させてもらった。若干、護衛に近づいてる気がするが、気のせいだと思いたい。
貴族社会の
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