間幕1

① 第二王子の執務室

 婚約者になると宣言してからの、絶望に染まった顔が凄かった。きっと心の中で叫んだんだろうなぁとは思うが、お茶菓子を差し出したら目の輝きが復活。いや、より一層輝いている。


 とりあえず彼女の中で折り合いがついたのか、諦めたのかはわからないが、美味しそうに食べるレティシア。完璧だった淑女の仮面はすっかりなりを潜めて、年相応の女の子の表情だった。



(本当に、見ていて飽きなくなったな・・・・・・)



 一体何が彼女をそうさせたのかはわからないが、当初の我儘娘よりもずっと今の彼女の方が自分好みだった。




 彼女と初めて出会ったのは、四公爵家のうちの一つである西公爵の愛娘のお披露目会であった。



「かあさま! アレほしい!」

「あれはヴァリエ家のお嬢さんのよ?」

「かあさまは、レティがかわいくないの??」

「いいえ、可愛い私のレティ。でも、あれは彼女のよ?」

「公爵夫人、こちらはどうぞレティシア様に」

「それじゃあ、悪いわ。ヴァリエ夫人」

「いいえ。この子もレティシア様にお渡しするために、持参したようですので」

「ありがとーヴァリエ夫人!」



 そんなやりとりが聞こえてきた方を見ると、わざとらしい笑顔でお礼を言う少し小さな女の子に泣かぬよう涙を必死に堪える僕と同じくらいの女の子、その母親らしき人達が談笑しているところだった。


 まあ、家格上の御令嬢のお披露目会にわざわざ自分の物を持ってくるのも自慢のためだろうから、自業自得の気もするが。それを取ってしまうあの子もあの子だなと思う。僕にはどうでもいい話だけど。



「この髪、素敵でしょう? これで王子様もメロメロよ!」



 趣味の悪そうな髪型を見せつけて、これでもかと装飾を凝らしたドレス。ああ、そうか。彼女が報告に上がってる、例の婚約者候補ね。どの子も似たような子ばかりだから、お祖父様の弟君がいらっしゃる西公爵家ここだけだろうけど。


 王子と名乗らずに参加した会場での初めての邂逅かいこうは、趣味の悪そうなワガママ娘にしか見えない、そんな印象しか残らなかった。





 二年後。



「それが、かの御令嬢とは和解されたようで」

「は・・・・・・?」



 耳を疑うような事実が入ってきたのは、そろそろ本格的に婚約者候補を選定しなければいけなくなった頃だった。



「なんでも、謝罪のためだけに西公爵家の晩餐ばんさんに招いたそうで。御令嬢に謝罪の後、かの御令嬢の持ち物の返却及び気に入った物を譲ったみたいです」

「待って。西公爵家のレティシア嬢の話だよね?」

「はい。間違いございません。レティシア様が自ら謝罪をし、御令嬢にご返却なさったそうです。そして自身の部屋に招き、宝石からドレスまで全ての中から好きなのをお一つプレゼントなさったと」

「ますますレティシア嬢の事には、聞こえないんだが・・・・・・」



 あの我儘をで行くような子が? でも、報告書には不備はない。王家の影の彼等の報告は、間違いがあってはならない。聞けば聞くほど、別人のように聞こえる。



「更に」

「まだあるのか!?」

「かの御令嬢に『私物をプレゼントするのは、今日限りです。これは私のせいで貴女の大切な物を取ってしまった反省と、貴女への謝罪のためです。ですから、次回この屋敷に来たとしても何もお譲りはいたしません。そんなことをしては、貴女自身のためにもなりませんからね?』と仰ったそうで」

「相手に貰い癖がつかないように配慮した?」

「そのように報告を受けております」

「ねぇ、ラウ。本当にレティシア嬢の事だよね? あのちょっとどこがいいのかわからない縦ロールを気に入ってる、西公爵家のレティシア嬢であってるよね?」

「ええ、勿論です。私も初めは疑いましたが・・・・・・アルマンの報告なので、間違いありません。因みに、縦ロールはやめたそうです」



 アルマンは、影の中でもトップクラスので仕事をする要員だ。そのアルマンの報告か。



「あんなに気に入っていたのに? ますますわからなくなってきた・・・・・・何がしたいんだ? まさか、あの子は王子妃を狙っているのか?」

「いえ。報告によると王子妃の話は、一切出てないというか・・・・・・嫌がっているようです」

「嫌がってる? あんなに婚約者候補だと言い回っていたのに?」



 他の候補者同様、いやそれ以上にように王子妃になりたがっていたあの子が?



「これは、本人に会ってみないとわからないな・・・・・・よし! 候補者たちのお茶会が近々開催される。行って確認してみるか」

「ええ、そうですね。ルブーフからも同様の報告がありますが、私も殿下ご自身の目でご覧いただくの方がよろしいかと」

「では、手配を頼む。私はこちらの仕事を終わらせる」

「畏まりました」



 それから彼女自身を見極めるために候補者たちのお茶会に出向いたものの、彼女は一切出席しなかった。西公爵家でのお茶会も開催されることもなく、やっとの思いで彼女を見つけたのは王家主催の候補者と親睦しんぼくを深めるためのお茶会であった。



(本当にやめたんだな・・・・・・あの縦ロール。ドレスも目が痛くなるようなドレスだったのに、大人しい色合い・・・・・・いや、目立たないような色合いになったな。というか、やっと出席したと思ったら、ずっと菓子を眺めてないか?)



 不思議に思ったのも仕方がないと思う。彼女は挨拶を終えると早々に一番離れた席に座り、お茶菓子を隅から隅まで眺めていた。この時は他の御令嬢たちの相手をしなければならなかったため、真意を図ることは出来なかった。


 別の日。やはり、彼女は王家のお茶会以外参加していなかった。参加しては、軽く挨拶を済ませたのち、隅でお茶菓子を眺めては食す。それの繰り返し。ある時は、近くにいた給仕に声をかけて「ついに他の令嬢のように話すのか?」と思えば、給仕が呼んできたのは厨房にいるはずの料理人。彼女は見たことがないほど目を輝かせて、菓子と料理人を交互に見ては話し続けていた。結局、その日もそのまた次の機会も、また彼女と話をすることなく終わった。


 後に給仕や料理人たちに話を聞くと、彼女は永遠と菓子の出来や素材の仕入れ、作り方について彼らと話していたようだった。給仕や料理人たちは「あれほど裏方の我々の仕事について、お詳しい御令嬢は中々いません!」と嬉しそうに語っていた。


 そんな彼女に興味を持つな・・・・・・という方が難しいだろ? これが彼女の作戦なら、見事王子が釣れてしまうが――それならそれで、彼女は戦略を立てるのがうまいのだから使。もし本当に私に興味がなく、ただ会いたくないがために王家の公式お茶会以外参加していないのだとしたら・・・・・・そこまでして私を避ける理由をぜひ知りたいものだ。



 そして、ようやく彼女を捕まえて話すことができたんだ。思った以上の収穫に驚いたが、いい相手を見つけたと思う。



「ご機嫌ですね、殿下」

「・・・・・・」

「殿下?」

「・・・・・・」

「殿下、いかがなさいま」

「・・・・・・ジル?」

「え? あ。はぁー。・・・・・・どうしたんだ? リオ」



 最近側近候補に正式に決まったばかりの幼馴染のジルベールはどうも頭が硬いようで、私の執務室では前と同じようにと言っても、中々そうしてはくれない。王子としてではなく、幼馴染として接してくれる貴重な人材なのに。



「いやぁ、ね? 婚約者に、いい子が見つかって良かったと思ってさ」

「貴方の・・・・・・んんっ、お前の好みの子でよかったな。一時はどうなるかと思ったが」

「あぁ。彼女が私好みになってくれてよかったよ(矯正しなくていいし)」

「矯正しなくてもいいとか思ってそうな顔だな。やめろよ、怖いから」



 ただ、偶に口が過ぎるとは思うが。



「何のことかな?」

「ハイハイ。何もみてません! 何も見てないよ」

「殿下、他の者はそのまま各家に潜り込ませたままでよろしいのですか?」



 王家の影。現在、第二王子の私が統率を任されている諜報員たち。五歳の時に兄について行くと決めた私は、早々に王位継承権を放棄を申し出たため、父王から「扱いこなせるのなら、臣籍降下を許す」と言われて預かった。今は様々な部署、家、諸外国と潜り込ませている。



「あぁ。そのままでいいよ、その方が使いやすいし。それに、婚約者殿はだからね? その辺は理解してくれてるから、大丈夫だよ」

「・・・・・・なんだか悟ったみたいな顔してたような」

「何か言ったかい? ジル」

「いえ! 何も!」



 言いたいことがあるなら聞くんだけどなー。振り返ると、何事もなかったように休めていた手を動かし始めているジル。


 少し伸びてきた前髪が鬱陶うっとうしいな・・・・・・後ろに流させるかな。そうすればジルの綺麗なヘーゼルの瞳が見えて、顔立ちもはっきりするから、令嬢たちのキーキーうるさい声も少しは引き取ってくれるんじゃないだろうか。



「ジルは置いといて、行こうかラウ。婚約者殿との大切な時間が過ぎてしまう」

「御意」

「え、ちょっと」

「ジル。その仕事を終わらせて、例の仕事を片付けたら、今日は上がっていいから。じゃあ、よろしく」

「リオ!?(・・・・・・この鬼畜ヤロー)」



 確かにこの仕事はジルの仕事だが・・・・・・午後を多少すぎた今からでは、日付が変わる前になりかねない。若干押し付けた仕事に対しての怒りから、「何か言ったかい?」と引き返したら拳をこっそり握りしめていたのが見えた。心の声は聞こえてないから、安心してよジル。


 今度こそ「よろしくね〜」と出て行った私の手には、婚約者殿に渡す為にジルに買ってきてもらったケーキの箱がある。さあ、今日はどんな顔を見せてくれるかな?





 執務室から伸びる白亜の廊下を、先日従者兼護衛騎士候補から正式に護衛騎士になったばかりのラウルと共に、足速に進んでいく。

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