スクラップ計画Ψ
平等ってなんだろう。誰か教えてくれないかしら。等しく与えられるハズのモノは、皆等しいなんて考えることも無く、そんなモノがあることも忘れて羨んで毎日を過ごす。そんなことを考えながら、オシャレなカフェのテラスでコーヒーを飲んでいた。天気が良くて、そよ風が青々とした木々の葉を揺らす。
店員が持ってきたベリーソースが添えられているチーズケーキにフォークを刺したら、それが何かの合図だったかのようにプツリと映像は消えた。
「おはよう。調子はどう?」
「……どういうことよ」
「どういうことって?」
「どうして、私だけここに居るのよ!ここで生きてるのよ!」
生きるという表現が合っているのかもわからない。だけど……そう言うしかなかった。あんな平和な夢から覚めても、何が起きたのかは予想がついた。あの夢での穏やかな気分など欠片もない。私は何かが熱を帯びていくのを感じた。急速に。
「私は!私は、自分で生命機能の停止をさせたはずよ!?」
「想定内だったから」
「想定内だったから何よ!なんでこんなことするのよ!」
「まぁ落ち着きなさいよ」
「落ち着け!?バカ言わないで!なんなの!なんなの!どうしてこんなことするのよ!彼はどこなの!?どこにいるの!?」
私は無機質な機械ばかりで灰色の部屋の中に自分の声が響きわたるのも気にせずに喚き続けた。
確かに私は、夫の傍で生命機能を停止させるボルトを抜いた。ふたり一緒に廃棄処分してもらうはずだった。
見渡してもこの部屋には私しかいないし、ここは反社会勢力の管理する研究所で見覚えのある部屋。だけど、このタイプの部屋は他にない。私だけが……
「だって、あなたはこの組織に欠かせないメンバーなんだもの」
「どこまで私を使うつもりなのよ。もう十分でしょ?これ以上、やることなんてないでしょ?」
静かに一切の感情が無いかのように話す研究員の女性。彼女とは長い付き合いになる。だから、解ってくれると思っていたのに。
裏切られた気持ちでいっぱいだった。憎しみしか感じない。このオンナも、この組織も、この世界も!
「そんなに睨んでも何も変わらないわよ。ボルトを抜いても、またすぐ私が差し込み直すわ。この研究所の何かを破壊して阻止しようにも、そんな武器になるものはひとつも無いの。解ってた。あなたが彼の為に無理して生きていること」
「無理なんてしてない!」
「やめなさい、爪を噛む癖」
「彼はどこにいるのよ……」
彼女は答えない。私はこの世界で、ひとりで存在するしかない。あの人が私の全てだったのに……
何よりもあの人が大切だった。自分のことなんてどうでもいいから、あの人の為だけに存在していたかっただけなのに。それだけだったのに。私が一番大切にしていた等しく与えられたと思っていた幸せを取り上げられた。
帯びていた熱は冷えて。もう私には、何も無い。先程まで怒り狂った感情さえ、悲しみに変わることも無く、身体のどこかにある引き出しに横並びにキッチリと仕舞われた。
「……私に、何をしろって、言うの」
「別に」
「は?」
「別に、ここに存在していて欲しいだけよ」
「そんなくだらない理由で……」
「くだらないなんて、決めるのは私たちよ。主に私だけれどね。あなたが居なくなって、私が悲しくないとでも思ってるの?彼といつまでも一緒に居たかったのは解ってる。だけど、私だって、私たちだってあなたと一緒に居たいのよ」
「……」
「あなたはこの組織でそこそこ大きな歯車として機能しているくらいだと思ってるんでしょう?でもね、あなたが居なくなるのは、歯車云々じゃないのよ。私たちの組織は、機械化を反対しているわよね。ヒトとしての感情を大事にしていきたい、あなたもわかってるでしょう?」
「私の都合は、おかまいなしってことね」
吐き捨てるように言うと、彼女は表情を曇らせた。
「あなたが彼を失った気持ちと、同じ気持ちを私に味わえばいい、ということなの?」
彼女の言葉に、私はどう答えたら良いのか解らなくなった。だけど、確かに私たちはまだヒトとしての感情を大切にしていた。メンバーの一人でも危なくなれば助け合ってきた。欠けて欲しくない、欠けさせるものかと支え合ってきた。
表裏一体とはよく言ったものだけど。どちらも表でどちらも裏だったのなら、表も裏も判別がつかない。私の顔は……本当の私は……?目の奥がぼやけて私の中の自分と対話しようとした時、水をさされた。
「……もう少し眠るといいわ」
そう言われると、突然瞼が重くなり、意識がゆっくり暗く深い地球の中心に引かれるように身体の感覚と共に深い深い暗闇に落ちた。
「おはよう。調子はどう?」
「あれ……私、こんな所で寝たかしら」
目が覚めたものの、研究所の冷たい机で寝ていたからか少し頭がクラクラしている。
「疲れていたんじゃないの」
「そうかも……最近はパスコードが頻繁に変わるから、データを探すにも一苦労だわ」
「……助かってるわ、本当に」
「いいの。私に出来ることは少ないもの。今日のスケジュール確認しなきゃ」
「机で寝るほど、無理しなくていいわよ」
「珍しい。あなたがそんなこと言うなんて」
口元で笑顔を作りながら会話を続けるも、胸のあたりがドクドク音を立てて頭の中が少し落ち着いていないことがわかる。私には、まだ心臓と脳の連動システムが残っているから、脳が何かを察知すれば多少は心臓の動きから何かあったのか察することは可能。
何かされた。それしかない。だけど、一体何をされたかは見当もつかない。異様に疲れている気がしたし、別に構わない。まずはリカバリールームで変な疲れをとらなくては。
それからいつしか研究材料として様々な検体を研究所に預けるようになった。抵抗はない。いつか誰かの役にたつのなら。こんな私でも、力になれるのなら。「どうぞご自由にお持ちください」という張り紙と陶磁器やガラスを昔街角で見かけたことがあった。そんな感じ。
だけど感情が吸い上げられて、すり減っていくようで、奇妙な作り笑顔のままで与えられたことだけをした。楽しくもない、悲しくもない、嬉しくもない、寂しくもない。いつしか感情を仕舞いこんだ引き出しもなくなった気がする。平等も不平等も、どうでも良くなった。早くゴミになりたいと少し思った。メンテナンスをしてもどうにもならないこともあるんだろうか。定期的にヒトが間引かれるのには、メンテナンスをしても何か問題が残るということでもあるのだろうか。自分の身体で感じ始めていた。
きっと私はすでに故障したスクラップ間近のヒトなのだろう。冷たい研究所の机に座っていると、自動ドアの開く音と見慣れた顔が見えた。何故か不安げな様子に悲しげな瞳で見るから、私は目を細めてゆっくり瞬きするようにして笑った。欲しかった。ずっと。
───永遠が欲しい。
死がヒトに訪れる平等なモノなのだとしたら。そしてこの死に幸せを感じるモノなのだとしたら。やっと手に入れることが出来るのだと、アンバランスな世界で唯一の等しく与えられるモノを、やっと手に入れられるんだと嬉しくて嬉しくて。嬉しいという感情が残っていたことにも少し驚いた。
目を閉じると、そよ風の揺らす木々の隙間から見える空の太陽に手を伸ばし、眩しそうに見つめながらゆっくりと背中から遠ざかる映像が見える。浮遊感が心地よくて目を閉じようとすると太陽に伸ばした手を、誰かに優しく掴まれた気がした。
けれど私にはそれが誰かもわからないまま、手を繋ぎ眠りについた。
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