スクラップ計画B
夫のことを愛しているから、私も長く生き過ぎた。未来も希望もないと思う。何十年目かの結婚記念日も、夫はわからなくなってしまっている。
私たち夫婦がしているような、包丁やハンマーなどで殺し合うことがお遊びだと夫も知っているだろう。あんなお遊びでしか夫を刺激できないし、それももう慣れてしまっていた。
夫が私に見えないように確認している仕事道具を見ると「雑なやり方をしているな」と思う。あんなやり方じゃ、数少ない自然から与えられ残されている心というパーツが壊れてしまう。私たちのボディはシリコンゴムのような肌色のカバーが金属部分を覆っているけれど、痛覚は残されているのだから。
ハンマーでボディの動きを鈍らせて、脳の繊細なチップ付近をドライバーで無理矢理傷つけて修理不可能にさせて回収しているのだろう。一介の雇われに、余計な知識はつけるほど優しい世界じゃない。夫の仕事は、替えのきくネジみたいだと思った。それでも、そんな仕事でも私のために自我を保つ必要なことだと言い聞かせていたはずだ。
廃棄リストに名前が載った時、夫はどうなるか詳しく知らない。脳へのアプローチでチップを破壊し回収するのだと思っている。実のところ、私は三つの回収方法があることを知っている。
何度でも言える。夫のことは愛している。けれど、もう何年も、何十年も一緒に居すぎた。生身のヒトだった頃から一緒に居て、一世紀経つか経たない頃合には夫のメンテナンスが増えた。代わり映えのしない街並みに行き交う人々。
毎日趣向を変えた殺し合いも、もう刺激にはならなくなった。彼のために何ができるのか、昔のように考え続ける日々。万策尽きた頃合だった。
寝ている間は暗黙の了解で手を出さないことになっている。でももう時間が無いから、早く済ませてしまおう。もうすぐ日付が変わってしまう。
そもそも、私は何もわからず流されるフリだけをした反社会側。機械人間なんて作って、幸せな未来なんてもう描けない。限られた自然は、ほぼ死に絶えてビジョンで味わうしかない。液晶の近くには多様な備品がくっつけられているから、その場にいるような感覚は味わえなくもないけれど。
人工知能が人類を管理したところで、今と大して変わらない気もするし。あまり興味もないから怖くも無かった。成人間際あたりから死にたがりだった私は、機械になって寿命が延びてもやりたいことも無ければ目標もなく。「なぜ死ねない仕組みを作らならければいけないのか」と爪を噛んだ。
ただの死にたがりで深く考える頭を残念ながら待ち合わせていない私は、反社会勢力の幹部という大層なポジションにいる。
意外と気が付かれないことだけれど、ただのキャラクターのおかげだ。ちょっとおバカな愛されキャラをボロを出すことなく演じることができれば、役にも立つし重宝されるもの。
難しい話をしてもコイツにはわからないだろう、だけど脳に残ってしまった承認欲求を満たすために自分の知識の披露をしたい、暇つぶしにこの頭の悪そうなオンナに話しておくか。と、各所のお偉いさんは口を滑らせてしまうわけで。私なりに上手く立ち回ってきた。彼らは自慢げにペラペラと話す。定時自動遠隔破壊、ヒトを使った脳破壊で消されるそうだ。それだけじゃないクセに、中途半端なヤツら。私だってそんなヤツらに愛想を振りまくのも限界だった。違う。ずっとずっと前から、何もかも嫌だった。夫だけの為に、生命活動の維持をしていた。
私はベッド下から小さな機具を取り出すと気持ちよさそうに眠る夫の脳にハックしてボディの感度を鈍くした。触っても気が付かれない程度に。
これは一部にしか知られていない。首の裏側、脊髄の上部分にある手触りがひとつだけ周りと違うボルト。この辺には何本ものネジやハーネスがあるけれど。コレを抜くだけだ。ボディのカバーがここだけ実は少し爪を立てればペラリと剥がれる仕組みになっている。余程過敏なヒトでない限り、寝ている間なら起きることも無い。
夫には念の為、鈍らせておいただけ。秘密を持っているのは、いつも自分だけじゃない。誰にでもある。「秘密じゃない、言ってないだけ」も同じことで、手の内を全て見せていない。
私はそういう関係が嫌いだ。ストレートに全部さらけだして欲しい。だけど、そのくせ私は夫に秘密を作っていた。そんな自分に自己嫌悪。
秘匿されている廃棄リストに夫の名前を見つけたのが三日前。リストが作成されたのは一ヶ月前。改ざんしようにも、さすがにデータセキュリティも厳重だ。見つけるのが遅すぎて諦める他なかった。どうしても専業主婦のかたわら何をしていたかも、夫に言えなかった。リストに記載されていた方法は、定時自動遠隔破壊。すでに設定済みで、真夜中零時に生命活動に終止符を打たれる。この方法にさほど苦痛はないけれど、目を覚ます位のピリッとした感覚がある。横で眠る私を目に映して声をかける時間もなく、見知らぬ誰かにひとり間引かれることを知った時、夫はどうなってしまうのか。約束を守るためには、もう方法はひとつしかなかった。
私は安楽死と言っていいのかわからないけれど、一個体全ての機能を無痛で停止方法を知っていた。機能停止、ただの鉄クズになる方法。
コレだよ、コレ。今、私が手に持っているボルトのことだよ。痛くなかったでしょう。まぁ、もう聞こえないか。
「私をひとりにしないでね?死ぬ時は一緒よ」とすがったのは私だった。今まで秘密にしててごめんなさい。バチが当たったのかな……でも、お願い。私をひとりにしないで。
左手で夫の手を握り、右手で自分の首の後ろをまさぐりながら「愛してる」ともう寝息もたてていない動かぬ夫に話しかけると声だけが震えた。中指でカバーをめくって親指と人差し指で特徴的な手触りのボルトをつまんで強引に抜くと、瞳を覆う液体がポトリと落ちてシーツに小さなシミを作る。
朝が来たら、夫を回収に来る予定の誰かが私たちを見つけてくれるはず。玄関のドアに鍵はかけていない。リビングのテーブルにメモも置いた。
「必ず、ふたり一緒に、廃棄処理をしてください」
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