第13話 運命の相手
一ヵ月、二ヵ月……
領地の生活はつまらなかった。
王都のような華やかさも、娯楽も無い。ドレスやアクセサリーもセンスが古くさいし。気晴らしにと母に連れられた社交にも、出てくるのはお年寄りか、芋みたいな子女ばかり。
こんなんならあの男爵令息の方がまだましだわ……
──そうね、恋人の一人くらいならいいかもしれない。
領地に来てお父様たちがお金の工面に苦労しているのも気付いていたし、生活も段々質素になってきている。
お金が無いのは嫌だわ……
仕方がない、あの令息に恋人ならいいと言いにいってあげましょう。
ああ、そういえばお姉様から届いた婚約解消の書類にサインしたんだったわね。あの時はまだ怒りが収まっていなかったから。……でもまあ何とかなるわよね。
王都に帰りたいとお父様たちに話したら、二人共喜んで下さった。一家の総意が纏まって良かったわ。それじゃあ王都に戻りましょう。
けれどそこでも問題が発生した。
王都へ向かう復路にて、宿の確保が出来なかったのだ。
行きは家名を出せばそれだけで一等客室を用意されたていうのに……同じ宿の、同じ従業員でも首を縦に振らない。伯爵家の私たちが泊まってあげるというのに、と思わず声を荒げれば、人目を集めてしまい、仕方がないので別の宿に泊まった。
一番良い宿の、一番良い部屋が良かったのに。
お父様たちはひそひそと、ラッセラード家との縁が切れたからだと難しい顔で話し合っている。
そんなに良いパトロンだったとは知らなかったわ。
やっぱりキープを決めて正解だったかな。
とはいえ帰りの宿の質はどんどん落ち、私の心は苛立ちに満ちていった。
一体何故こんな事に──?
そう考えれば、自然と浮かぶのはお姉様だ。お父様も渋面を作っている。
私たちが領地で惨めに暮らしている間に、一人王都の屋敷で勝手に振る舞っている姿を想像すれば、怨みも募る。
(お姉様は、自身の結婚が上手くいかなかったからって、私をやっかんでいるんだわ。何て狭量なのかしら)
質の悪い宿に疲れが溜まり、段々と無言になる馬車の中で、私たちはお姉様への嫌悪感だけを募らせて行った。
沢山ものを投げつけて。
少し下げただけの溜飲では、まだ胸が悪い。
ああもういっそ買い物にでも行って気分を晴らそうかと。いらいらと廊下を進んでいると、窓から馬車の到着が窺えた。
「あれは──ラッセラード家の……?」
家紋入りの馬車を見て、もしかしたらフェンリー様が私が帰った事を知り、会いに来たのかもしれないと気分が高揚する。
けれど馬車から降りる綺麗な白銀の髪に目を奪われ私は動きを止めた。
(どなた──?)
光を受けてきらきらと。
すらりと高い身長は、離れたここからでも良く分かった。そうして、ふと振り仰いだ黒の眼差しが、私を見つけて嬉しそうに細まった。
(……っ)
ああ、やっと出会えた──
私は胸に手を当てたまま、その場から離れられない。
「運命の、王子様……」
愛しい者を撫でるように、そっと。目の前の窓ガラスに触れた。
◇
レキシーに会えない……
そんな日がかれこれ二週間も続いている。
そもそも彼女は信心深い人だから、週に何度か参拝に来ている筈なのだ。
それなのに……
言付けばかり貰うようになり、彼女と全く
……レキシーも忙しいのは分かる。
けれど、これでは気持ちを伝える時間が無い。正直甥の婚約より自分の結婚の方が遥かに重要だ。そんな逸る気持ちを抑えられずに、ブライアンゼ家に押し掛けてきてしまったけれど。
ここまで来るとふと冷静になる。もしレキシーに迷惑な顔でもされたら心が折れるかもしれない。
屋敷を見上げ足踏みしていると、躊躇いがちな声が掛けられた。
「レキシー様?」
彼女とよく似た声だったから。
けれど振り向いた先には全く別の令嬢が驚きに立ち竦んでいた。
「……失礼、知り合いと声が似ていたもので」
非礼を詫び僅かに腰を折る自分に、令嬢は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「まあ、ではお姉様のお知り合いの方?」
「……」
──お姉様?
ああ、じゃあこれが。
貼り付けた表情が剥がれないよう、顔に力を込めれば、何を勘違いしたのか、その妹とやらは私の腕に手を置き滑らせた。
「初めまして、私はビビアと申します。よろしければお名前を教えて頂けませんか?」
ざわっと背中に悪寒が走る。なんだこの女は、馴れ馴れしい。
近すぎる距離には不快感しか湧かないし、何やら、けばけばしい服装には気品の欠片も感じられない。
それは甥も嫌がる筈だと、妙に得心した。
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