第12話 どうしてそう思うんでしょう


「ビビアなら今出て行きましたよ……」

 今度は何だと溜息混じりに告げれば、二人はそんな事よりと話を進める。


「それよりレキシー、領地でお金が無くなってしまったの」

「いつもはこれくらいの時期にラッセラード家から援助金が送られてくる時期なんだ、お前受け取っているんじゃ無いか? 早く出しなさい」

「……はい?」


 急いたように母が言った台詞を父が引き取り、その当然といった態度に耳を疑う。

 何を言い出すのだこの人たちは……


「頂ける筈が無いでしょう、婚約解消ですよ? もはや縁を切ったというのに。どんな慈善事業家が縁もゆかりもない相手にあれだけの額を寄付すると?」

 苛立ちを込めて告げれば、二人は今度は怒気を強めた。


「何だと?! 何の為にお前に任せたと思っているんだ!?」

「レキシー、あなた私たちを飢え死にさせたいの? それとも惨めにも古着で社交をしろとでも言いたいの? あんまりだわ、私もビビアもそんな生活は耐えられないの。私たちをあなたと同じにしたいと言うの? 身繕いをする事もなく、殿方のような働き方をするなんて……そんな事、淑女のする事ではないでしょう」

「……」


 私は言葉も無く首を振った。

 そう……お母様には、私は淑女に見えないのですね。

 そうせざるを得ない環境にいた事を、労う事も憐れむ事もなく、蔑んでいたのだと……

 頭の片隅では理解していた事なのに、こうして突きつけられると言葉に詰まる。


「──お父様、お母様、私は何度も言いました。我が家のお金には限りがあると。ビビアの婚約は運の良いものだったけれど、頂いたお金はあくまで結婚支度金なのです。結婚後に継続されるものではありません」


「そんなもの! 結婚し縁付いたのなら何とでもなるだろう! お前のような恩知らずに頼った私たちが馬鹿だった! もういい、私が直接男爵に話に行く!」

「えっ、ちょっ、止めて下さい、お父様!」


 折角の縁が破談してしまう──

 脳裏に寄り添うフェンリー様とアリーゼ様を思い浮かべ、私は必死に父へ手を伸ばした。

 けれどその手は凄い勢いで振り払われる。

「うるさい! 親不孝者!」

「お嬢様!」

 父の怒号とエルタの悲鳴を聞きながら、私は体制を崩し、床に倒れた。


 ◇


 蝶よ花よと褒め称えられ、育てられた自分は、いつしか王子様を待つようになっていた。

 緩く巻かれた金の髪、淡く潤む水色の瞳。

 柔らかな弧を描く頬に通った鼻梁、赤く熟れた唇。

 まるで花の妖精のようだと、見るものを魅了するこの容姿は、物語のような恋に落ちる為のものに違いない。その時世界は自分たちの為だけに回るのだ。

『ビビア……』

 やがて運命の相手にそう愛を込めて呼ばれる事を、私はずっと待っている。


 私は由緒正しい伯爵令嬢の血を引くで、それを望めるだけの美貌を兼ね揃えている。

 実際、多くの令息が私を囲んでは愛を囁いた。

 けれど彼らは最終的に私の元を去っていく。婚約者がいなかったら公然の恋人になれるのにという嘆きを口にして。


 引き留めるほど惜しいと思う人たちはいなかったから、私はやがて訪れる王子様を、とにかく待った。

 

 それなのに、名ばかりの友人の一人、伯爵家のマシェラが私の理想の王子様を射止めてしまったのだ。

 私は愕然とした。

 何故──? 

 大した見栄えも無いくせに!


 彼は名門エレント公爵家の嫡男で、金髪に深緑の、それは綺麗な顔をしたご令息。社交界において、紛れもなく一番人気の令息だった。それなのに……


 何をどう上手くやったのよ──!

 

 同じ爵位、けれど私の方が美しい。

 センスだって身体だって磨いて、例え王族の隣に並んでもおかしくない程の輝きを、私は放っているというのに……


 納得できない私はマシェラをダシにして、彼に何度かアプローチをしてみたけれど、その扱いは婚約者の友人の範疇はんちゅうを出ない。その上彼からは段々と距離を取られるようになってしまい、私はマシェラを恨んだ。


 きっと今に縮まる私たちの仲を嫉妬して、彼に妄言を吹き込んだのだ。

 許せないと、何とか彼と二人きりで会いたいと、ある夜会で彼が一人休んでいる休憩室に乗り込んだ。


「クリフ様!」

「はっ? 何だ君──が、どうしてここに?!」


 やっと思いを伝えられると、私たちの仲が深まるのだと喜んだのも束の間、居合わせた侍従に取り押さえられ、私は城の騎士に連行されそうになった。


「ちょっと何? 離してよ! クリフ様──!」

「穢らわしい……婚約者のある身で。マシェラの友人であるから今まで見過ごしてきたが、余りにも酷すぎる」

「そんな……」


 冷たく袖を払うクリフ様に愕然とする。

 私の方が貴方に相応しいのに……


「クリフ様!」

「マシェラ……」


 騒ぎを聞きつけたのか、突然部屋に飛び込んできたマシェラと、それを受け止めるように抱き合うクリフ様。私は呆然とそれを見つめた。

 そんな私を一目見て、驚きに、けれど気まずげにマシェラは告げた。


「どうかご慈悲をクリフ様。ビビアは少し……その、幼いのです……」

「ちょっ、何よ! その言い方は!? 私を馬鹿にしてるの?!」

 暴れようとする私を侍従が締め上げる。

 もっと言ってやりたい事が沢山あるというのに、胸が締まって声が張れない。

 忌々しげに侍従を睨みつけるも、彼はどこ吹く風だ。私はあなたの主人の、将来の妻よ!


 私に向かってわざとらしく怯えたような仕草をするマシェラ。そんな彼女を優しく撫でるクリフ様の手も、眼差しも、本来なら私に向けられるべきものなのに。


 どうしてそんな目で見るの……


 あんたのせいよ!

 私たちの邪魔をして!


 私の叫びを聞いて震え上がる彼女を抱きしめ、彼はもう二度と自分の前に顔を出すなと私を追い払った。


 ……私は辛くて悲しくて、でもその話を収めたのが、ラッセラード家だったらしくて。

 お父様は普段私の嫌がる事は強要しないのだけれど。名ばかりの婚約者である、そこの息子にお礼を言うようにとあの席を設けたのだ。

 

 この私が将来男爵夫人なんて信じられない。

 だからきっと我が家は男爵家を都合良く利用しているだけ。そのうち婚約は解消されるのだと理解していた。

 現に今回役に立ったのだから、労いの言葉を掛ければ充分だろう。


 それなのにその家の令息が求婚に来てびっくりした。

 挨拶くらいならいざしらず──

 だから、どうして、私が! 男爵夫人になんて、ならなきゃならないのよ!


 黒髪に黒目で、どうしたって地味な色合いで……多少顔の造作が良くたって公爵家のあの方ほどでも、失恋したばかりの私の目を奪う程でも無かった。

 付き合ってられないとばかりに飛び出す私に、皆が驚きの目を向けてくる。

 もう放っておいて欲しい。私は御者を捕まえて領地に行くよう命じた。

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