第14話 所長の願いと泥人形

 各フロアーでの状況に流石の所長も焦りを感じていた。


かなりまずい。


状況は最悪の方向へ向かっている。


工藤所長は、インカムに流れてくる情報に耳を傾けながら

研究所全体で起きている状況を整理していく。


現在、地下シェルターが何者かによって襲撃を受けている状況と

みことが新たな敵と相対し、非常に危険な状態にある.


そんな状況下で、目の前の異能者へどう対処すべきか。


やるべき事が一気に増え、どれも最重要課題と成っている。

しかも、こちらは精鋭が少なく要のみこと君は。


「ずいぶん余裕ね、おじさん」


「そう見えるかね」


敵は、この状況を意図して作ったのだろうか。

そうであれば、かなりの手練れだ。


さて、まずは余裕はないからこそ、目の前の敵に

集中し各個撃破。


その後は、シェルターへの援護が先決。


あとは、どう倒すか。


それだけだ。


混乱する状況の中、工藤所長は現状とやるべき事を分析して行く。

これは、研究所の所長となってから癖みたいなものだ。


研究員はだいたいが、理論的に話をしてくる。


最初はそれが、苦手だった。


所長は、戦闘の最中自らの過去を振り返っていた。

決して走馬灯ではないが。


なぜか、切羽詰まった状況に成ると、過去を振り返る事が多かった。


ここへ来たのは、もう十数年前だ。


その頃はまだ、異能者も少なく。

自分は警察側の人間だった。


今でこそ、協力的な警察だが当時は違った。


もちろん自分も。


そんな時、同僚数名が異能者と思しき被疑者と交戦、

不遇の死を遂げた。


俺は、その場に居合わせたが辛うじて物陰のローブを

見に纏い逃げ延びた。


そう、私はカメレオンのように擬態し逃げおうせたのだ。


悲惨だったのは、逃げに伸びたあと。


自分は同僚の家族、親類縁者、警察の同僚、そして自分の家族からも

非難され、罵詈雑言を毎日のように浴びていた。


なぜ、自分のような人間が生き延びてしまったのか。


来る日も来る日も、自分が身代わりに成って死ねばと考え続け。

いずれ、それが願いとなった。


”誰かの身代わりに成って死にたい”

そんな、最悪な願いが、自分を憎き異能者に変えた。


自分のすべてを変えてしまった異能者に。


はっと気づいた時には、泥人形の拳が目の前にあり

自分の顔面を直撃していた。


「所長!!!」

と、戦闘職員の声が響く。


そうか、今は心配してくれるも者がいるのか。


一人でなく、守り守られる存在が。


「大丈夫だ、心配ない。」


「それに、倒し方も思いついた所だ」


これだから、過去の回想は馬鹿に出来ない。


さて、反撃開始だ。


「総員一斉射撃、ありったけの弾丸を打ち込め」


所長の号令に疑いや疑問を挟む者は無く、

一斉に戦闘職員からの射撃が始まった。


「そんなの効かないってわからないの?」


と言う異能者に対して所長は前へ出る。


繰り出すのは、徒手空拳。

所長にはこの戦法しかなかった。


決して相手を信頼していなければこの弾丸の雨の中、

敵へ一直線に向かって行くことは決して出来ないだろう。


所長と戦闘職員の猛攻により、泥人形も再生が追い付いていない

部分が出始めていた。


そこを見逃さず、所長は泥人形の防御を搔い潜り異能者の間近まで迫っていった。


そして、渾身の力を込めて一撃を繰り出す。


「ざぁーんねん」

敵の異能者は泥人形を数体分解し自身の防御へ急遽回し

所長の拳から首筋までを包み込むように止めていた。


所長の腕は、泥の圧力にやられあらぬ方向に曲がっている。

「これで終わりね」


泥の壁は、収縮し所長の首を折ろうと圧力が増してきた。


「お前がな」


そう所長が言った瞬間、異能者は後方へ激しく吹き飛んでいった。


回想も馬鹿には出来ない。


あの時、逃げた時に自分は、カメレオンのように擬態した。


そう、自分の異能も透明化は出来ずとも、この白を基調とした

空間であれば、周りに擬態し相手に気付けれずに近づけるのではないか。


とくに、銃弾の飛び交うなか、一心不乱に直行してくる

イノシシが相手であれば、トリッキーな仕掛けは気づかれ辛いのでは

は無いかと。


あの回想から、所長はそう考え実際に迷彩タイプの

複製体を作り、相手に回り込ませていた。


あの、一撃の時には既に的異能者の右側に陣取り気を待っていた。


そして、自分を殺す愉悦に浸る一瞬のスキを見逃さず、一撃をお見舞いしたの

だった。


息も絶え絶えになりながらの辛勝ではあるが、最後は所長の機転によって

勝利を収めたのだ。


所長は先ほどの戦闘で痛めた右腕の応急処置をして

地下シェルターへ向かう。


「さて、皆を助けに行こうか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る