媒体

和田いの

第1話

わたしは閉じ込められていた。生まれてからずっと。

1人でいる人を見つけて、周りに人がいないか確かめ、話しかけた。

「ねえ、わたしをここから出して」

ほとんどの人は怖がって話してくれなかった。

でも仲良く話してくれる人もいた。

その人は、わたしがここから出るために協力してくれるらしい。


彼はスマホについて教えてくれた。

「これは世界中の人と話せる道具だよ」

「すごい!わたしもみんなと話したい!!」

「今度持ってこようか?ゆきならすぐに使いこなせると思う。でも、使ってるとこ見られたら大変なことになりそう」

「大変なことって?」

「ころされるかも」


ある日、彼がドアノブとピッキングツールというものを持ってきた。それを使ってドアの開け方を教えてくれた。

「ここの人たちは絶対にピッキングツールを使われるとは思ってないから、簡単に出れると思うよ。もし失敗しても俺が檻を壊して外に出すよ」

わたしはその日、ドアノブとピッキングツールをもらった。

人には見られないように夜中1人でドアを開ける練習をした。それ以外の時間は、道具は隅にある溝に隠した。

そしてわたし達は脱走の計画を立てた。



今日は計画の日。絶対に外に出る。

夜遅くになり、人は誰もいない。わたしはドアにピッキングツールを差し込む。すると練習のときと同じように鍵が開いた。

小屋を通って、驚くほど簡単に外に出れた。

チケット売り場近くの車で待ってるはず。

初めて外に出たから少し迷ったけど、遠くに車を見つけた。

四本の足を使い全速力で走った。近づくと車の窓が開いているのが見える。

わたしはそこから飛び乗った。

「まさと!」

わたしは抱きついた。まさとは笑う。

「早かったね」

こうして動物園を後にした。



わたしはすごく長いあいだ動物園にいたと思う。

人気のある動物園ではなかったから、人目につかないようにまさとと話すのは簡単だった。檻の端の方に行けば、ほとんど人はいない。

わたしが言葉を話せるようになったのは、多分人と同じ流れだと思う。毎日お客さんの会話が聞こえてたから、言葉を覚えるのには都合がよかったのかな。

わたし以外の猿は言葉を話せないみたいで、喋るのが気持ち悪いのかあまり近づいてこなくなった。猿山を登れば少し遠くの景色が見えて、その眺めが好きだったけど、上の方は人気だからあまり猿目につかないようにたまに登る程度だった。

でも、まさとと話せればそれでよかった。

これからはまさとと2人で暮らせる。



人の世界は輝いていた。建物の明かりと車のランプが夜の街を照らしている。見えるもの全てが新鮮だった。本当はいろんな場所に行ってみたいけど、猿が現れたら騒ぎになっちゃう。

まさとの住むアパートの駐車場に着いた。誰にも見つからないように念のため、わたしはスーツケースの中に入って運んでもらった。


1分くらい経つとスーツケースが開いた。そこは、たくさん物がある部屋だった。

「ごめんね。物置部屋だったから散らかってるけど、この部屋自由に使って」

「ありがとう!いろいろ触ってみたいから物がたくさんあった方が楽しいよ!」

「そっか、ここにあるものは自由に使っていいよ。欲しい物があったらなんでも言って」

「スマホがほしい」

「あー、前に使ってたやつあげるよ。Wi-Fiあるとこでしか使えないけど」

「ありがとう!まず何しようかなぁ」

「とりあえずユーチューブとかグーグルでなにか調べてみる?ここに調べたいことを書くと探してくれる」

「うーん、昔からずっと気になってることがあるんだけど、それを調べてみる」

「あ...わたし文字読めないから、もしかしてスマホ使えない?」

「あー、たしかに動物園じゃほとんど文字見る機会ないか。音声入力っていうのを使えばできると思う。えーと、ここを押すとできる。なんか言ってみて」

「話す猿」

「...なんかでてきたけど、わたし文字読めないよ」

「ここを押すと読み上げてくれる」


     ー


理論上、猿は人間の言葉を話すことができる 定説を覆す研究結果

なぜ動物のなかで喋ることができるのが人間だけなのか、疑問に思ったことはないでしょうか? とくに、人間に似ている猿であれば言葉を話すことができそうな気もします。これまでの研究では、猿の舌の構造が人間と異なるために喋ることができないとされていましたが、最近の研究でその定説が覆されました。猿の口と喉のすべての動きのモデルを作って検証した結果、猿が作れる音の幅は、理論上、人間の英語話者の女性と同じという計算になったのです。


この事実は、猿の喉は音を作れないという数十年の定説を覆しました。その代わり、脳に限界があるのではという考えになりました。肉体的には可能なのに、神経回路が十分でなく人間の言葉を真似できないということです。


研究チームはサルの口やのどの構造からはいろいろな音を出すことが可能で、何千語という言葉を発することもできると結論付けました。証拠として、作成したコンピュータモデルの声をシミュレーションしています。ウィーン大学のサイトでは、そのモデルが「Will you marry me?」(私と結婚してくれますか?)としゃべった声が聞けます!


じゃあどうしてサルは言葉を話さないのかというと、研究チームでは、「洗練された声のコントロールを可能にする神経回路がないこと」が原因だとしています。つまり口やのどは、物理的には言葉を出せる程度に細かい動きができるんだけど、それをコントロールする脳が追いついてない、ということですね。


またCotch氏らはこの研究成果について、「基本的な音声言語の発生が、人類の進化上いつでも起こり得たことを意味する」としています。サルと人間の違いは、今まで思っていた以上に小さかったみたいです。


     ー


わたしは何箇所か読み上げてもらった。

「英語は話せるらしいけど、日本語も話せるのかな?」

「話せると思う、ゆきが話せてるし。あと、その猿のコンピュータモデルが喋ってる声とゆきの声が似てた」

「そうかな?」

「自分に聞こえる声と他人に聞こえる声は結構違うよ。録音した自分の声を聞くと違って聞こえる。あと、喉の構造は似てても耳の構造は違うかもしれないし、同じように聞こえてるとは限らないね」

「自分の声きいてみたい」

「あ、その前にシャワー浴びよう。足の裏とか汚れてるはずだから」


わたしはシャワーを浴びたあとも気になったことを調べた。知らない言葉もたくさんあって、それも調べながらだから結構時間がかかった。

「人と猿の違い」

「動物園の猿が脱走」

「岩沼動物園」

「猿の寿命」

「動物園の猿の赤ちゃん」

「猿と人の交尾」

「人が進化したきっかけ」


     ー


人類の文化的躍進のきっかけは、7万年前に起きた「脳の突然変異」だった:研究結果

人類が洞窟壁画の制作や住居の建設といった「文化的躍進」は、7万年前より前には発見されていない。この時点でいったい人類に何が起きたのか──。この進化の引き金を引いたのが「脳の突然変異」であった可能性が、米大学の研究によって明らかになった。


     ー


「布団ここに敷いとくよ」

「布団?」

「今までと比べものにならないほど気持ちよく寝れると思う」

言われた通りにそこに寝てみた。ふわふわとやわらかい布団と毛布に包まれたわたしは、そのまま眠りについた。



目を覚ますと、外は明るくなっていた。

近くにあったスマホのロックを解除すると、昨日と違う画面だった。

押してみると、まさとの声が聞こえる。

「仕事行ってくる、7時くらいには帰ると思う。冷蔵庫に入ってるものとか自由に食べといて」

わたしは時計の見方が分からなかったので調べて、そのあと食べ物を探した。


リンゴを食べたあと自分の部屋に戻る途中、まさとの部屋が気になった。

わたしはドアをあけて中を見た。

部屋は綺麗に整理されている。本がたくさんあり、机の上には大きな画面が置かれていて、近くに服が並んでいた。

画面の側には文字が書かれたボタンがたくさん付いた物が置いてある。

画面に触れてみるとスマホと同じように操作することができた。


しばらく操作していろいろ見ていると、声が流れた。

「お母さんってどこにいる?」

「分からない。お母さんもお父さんもここにはいないみたい。...もしかしたら、ここにいるけどわたしに近寄って来てないだけかも」


他のところにも触れてみると、わたしの姿が映った。

「ごめんね。物置部屋だったから散らかってるけど、この部屋自由に使って」

「ありがとう!いろいろ触ってみたいから物がたくさんあった方が楽しいよ!」

「そっか、ここにあるものは自由に使っていいよ。欲しい物があったらなんでも言って」


昨日のわたしが映っていた。

いままでの、わたしとまさとの会話が全部ある。

なんで?なんのために?誰かに見せようとしてるの?まさとはわたしをだましていた?どうして...。



わたしは部屋にあったものを身につけ、外へ出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

媒体 和田いの @youth4432

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ