12/21

10:00

もう胸の高鳴りが抑えられないよ。


私は、昨日の夜にたまに食事を誘ってくれる彼方 夏かなた なつさんという夏始めに運命的に出会ってお世話になった人の彼女さんから、また服を作ってほしいという依頼を受けて今にでも学校から1時間かかる行きつけの手芸洋品店に行きたくてうずうずする。


けれど、学校は昼まであるので私は大人しくまだ誰もいなくて冷えている家庭科室で1人デザイン案をアイデア帳にメモしていると優しく扉を開ける音がした。


その音は力任せな同学年のみんなには出せない音で私はそれだけで初恋の相手だと分かる。


天「おはようございます。尚春なおはる先生。」


尚春「あ、おはよう。今日も早いね。」


と、少し目にかかる前髪から琥珀玉を見せる尚春先生は教室の暖房をつけて、手に持っていた教科書や資料を教壇に置き、私のそばにやってくる。


私は先生が一歩一歩近づくたびに心臓の鼓動が強くなり、緊張で好きを吐き出しそうになる。


尚春「今回は大物だね。」


天「はい!ジャケットなんですけど、筋肉質な方なので明後日までに仮縫いで一旦試着してもらおうかなって考えてます。」


尚春「なるほどね。じゃあこのウエスト周りを絞ってあげたほうがその人の体型が活きそうだね。」


そう言いながら尚春先生は私のアイデア帳に描かれたジャケットのウエストラインを指で削るようになぞり、新しいアイデアをくれた。


天「なるほど!ありがとうございます。」


私はすぐさまそのアイデアを取り入れて、尚春先生からあったら嬉しい機能を色々出してもらっていると廊下の方から生徒たちの賑やかな声が聞こえ始めた。


天「…尚春先生は冬休みも本借りに行きますか?」


全く脈略もない質問を失礼承知で聞くと尚春先生は直当たりする温風より暖かくて優しい笑顔を見せてくれた。


尚春「もちろん。もう少しで終わっちゃうからねー。」


と、不思議なことを言った尚春先生はその言葉の質問を私にさせない速さで教壇に戻り、自習用のプリントを各班ごとのテーブルに配り始めると同時に中休み明け3分前にわらわらとクラスメイトがやって来た。


私はクラスメイトに見られないうちにアイデア帳をスクールバッグに入れて尚春先生にもらったプリントを席ごとに置いているとあいつらが席にやって来た。


2学期始まってすぐにあった家庭科の時間で班替えのくじを引いたけど、これが本当に大凶過ぎた。


私をいじめている今の首謀者の夏來とその取り巻きに入ってしまった元親友の宮園 杏みやぞの あんと私の女子3人と、元首謀者の渡辺とその取り巻きの三島 爽太みしま そうた深実 風喜ふかみ ふうきの男子3人、計6人の地獄班。


そんな班の中の席は自由なのでわざわざ1番端っこの席を1番に取って隅っこで作業しているのに、渡辺はわざわざ私の隣に座って時々プリントや作業のカンニングをするために話しかけてくる。


それをテーブル挟んだ向こうにいる夏來がすごい顔で見るもんだから家庭科で穏やかに進むはずの授業なのにこの班だけぎこちない空気が流れる。


その空気感が嫌で今日は自分の背後にある棚をテーブル代わりにプリントを進めようと、話なんかしたくない人たちに背を向けてブレザーのポケットに入れていたシャーペンを取り出そうと手を入れると腕に何か当たった。


渡辺「なんでそっち向いてんの。」


と、渡辺が少し席をずらし棚を肘掛けにしながら天井を見上げる。


私は数センチ席をずらし、渡辺から距離を取ってプリントの問題を解き始めると渡辺が体をこちらに向けて私の顔を覗き込むように首を傾げた。


渡辺「あとで答え教えてよ。」


天「…やだ。」


渡辺「なんで?」


天「尚春先生はやらなくてもいいって言ってたし、私に構わないで。」


渡辺「成績上げたい奴はやれって言ってたから教えてよ。」


天「だったら自分で解きなよ。勉強は自分でしないと意味ないよ。」


深実「こーたんっ。塾前のおやつ、なに食べるー?」


三島「今日は時間あっからファミレスもあり。」


渡辺「お前ら、ガチで飯のことしか考えてないじゃん。」


と、渡辺は私を視界から外しいつもの仲間の元へ戻っていった。


私はやっと片側の肩の重荷が取れたと同時に背中に悪寒が走るのを感じながらしっかりスクールバッグをお腹に抱えて時間をやり過ごした。



環流 虹向/天使とおこた

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